二限目(2-3)家庭科部課外活動にも、お兄ちゃんたちがいっぱい!?
少し本線から外れたところへ歩みを進めた私たち兄妹。
辺りを見渡すと、そこは陶器製の品々がメインに置かれているエリアに来ていることに気がついた。
「へ〜。茶碗だけでも結構な品揃えがあるんだな。蚤の市って実際に来たことなかったから、全然知らなかった。って、うわっ何これ? 箸置き? すげーいっぱいあるんだけど」
「俺もこういう場所へ来るのは初めてだから、こんな風になっているとは驚きだ。しかも、これほどの人出があるとは」
「マジで。こんな人混みじゃあ、光のスマホにGPS入れてても正確な位置が読み取りにくいから、紫が持ってきたその旗は効果ありだったな!」
「葵お兄ちゃん? 私のスマホのGPSって何……、って、あっ! それ! 私が小学生の時の図工の時間で作った旗じゃない! 何で持ってるのっ!?」
紫お兄ちゃんが嬉しそうに持っている黄色のツアー旗のようなものをよくよく見ると、それは私が小学校時代の図工の時間にデザインした飾り旗だった。
溺愛兄s’は、私が学校の授業で作った作品類を取っておく習性があり、これまでも密かに飾っていることは知っていたのだが、今回のお屋敷からの引っ越しで全て処分させたはず。
まあ、物凄く泣きつかれたんだけど。
「ちょっと! それは引っ越しの時に捨てたはずでしょ!? 何でまだあるわけっ!?」
「え〜? だって、光の思い出の作品を捨てるなんて出来るわけないじゃないですか。それにせっかく作った作品を処分するなんて、僕の仕事柄、信条としても許されない気持ちがありますからね」
「これは私の物でしょ! 紫お兄ちゃんが作ったわけじゃないじゃない! か・え・し・て!」
「え〜? あっ、じゃあこうしませんか? 今から家庭科部の課外活動としてこのエリアで『焼き物』について実際に器を見ながら講義をしようと思うのですが、光に『僕たち専用のご飯茶碗』を選んでもらおうと思います。体験学習の一環としてね。もちろん、代金は僕ら持ちです。で、それと引き換えにこの旗を返す――というのでどうでしょうか?」
紫お兄ちゃんからの思わぬ提案に、私は目をパチクリさせ、他の八人の兄たちは『お〜』と言いながらパチパチと拍手をし始めた。
「それ、いいな!」
「ナイスアイディア♪」
「光ちゃんからオレの物を選んで貰えるなんて、光栄だなぁ〜」
「光りんとの夫婦茶碗欲しい!」
「なるほど。ただ並んでいる器を眺めるよりも、実際に誰かへの贈り物として想定しながら探していく方が、より深い視点で見ることができますね」
「ふむ。食器などそれほどこだわりはなかったが、光が俺たちのことを思って選んでくれるのであれば有り難みも増すな。よし、家宝にしよう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でそうなるわけ!? 私、まだ納得してないんだけどっ!?」
勝手に話を進めようとする溺愛兄s’に対し、私は慌てて待ったをかける。
しかし、そこへ畳み掛けるように囁きの声を入れてくる理論派の二人の兄たち。
そう。春お兄ちゃんと怜お兄ちゃんだ。
「光。これまで黙っていたのですが、実は光が作った作品で残してあるのはこの旗だけではなくて、まだ各々いろんな物を隠し持っているんですよね」
「ええっ!?」
「だが、今回光が俺たち専用の茶碗を選んでくれるのであれば、その返却を検討してもいい。そうだな。九つの茶碗を選んでくれるのだから、こちらとしても九つ分の作品を引き換えにしようか」
「九つ!? まだそんなにあるの!? っていうか、それは私の作品じゃない! お兄ちゃんたちが交渉の道具にするのはおかしいでしょっ!?」
「おや? では、交渉決裂ですか。まあ、こちらとしては光の作品を永久に取っておけるので構いませんよ」
「ちなみに、作品は厳重に金庫の中に入れているからな。簡単には取り出せんぞ」
ぐぬぬ。ず、ずるいーーーー!
こっちとしては、小さい頃の作品なんていわば『黒歴史』のようなものだから、さっさと処分してほしいのに。
溺愛兄s’がいつまでも私の過去の作品をニマニマ眺め続けるなんて、恥ずかしくて耐えられない。
「…………お兄ちゃんたちのお茶碗、選ばさせてもらいます」
大きなため息とともに、私は溺愛兄s’たちの要求に対して白旗を挙げざるを得なかった。
陶器、磁器、炻器、土器。
焼き物と言っても、大きく類別すると四つに分けることができ、食器だけではなく花器や園芸用品など、それぞれの特徴に合わせていろいろな物が作られている。
「――――と、いうわけなんです。陶器に関しては、使うごとにその器の味わいがより濃く出てくると言えばいいでしょうかね。長く使えば使うほど、最初に手に取った時とはまた違う“顔”を見せてくれるんですよ」
「へ〜。でも、何となくわかるかも。手触りっていうか、何かずっと使っていると自分にぴったりハマる感じがするもん」
「そうそう! さっすが光ちゃん♡ もちろん、お手入れも重要なポイントだよね〜。楽器もそうだけど、道具にはそれぞれ取り扱い方が違うから、それを知っておくのも大事なんだよ」
「そうですね。陶器は長時間の浸け置き洗いはよくないと言われていますし、そういう点では磁器の方が手入れはやりやすいかもしれませんね」
紫お兄ちゃんと空お兄ちゃん、霧お兄ちゃんの解説を聞きながら、一軒一軒お店を覗いていく私たち兄妹。
美濃焼や有田焼など、私も何とな〜く聞いたことのある有名な焼き物やあまり耳にしないものまで、全国から集められたであろう品々が、ところ狭しと並べられていた。
「しかし、こんなに一同に並べられている光景を見ると圧巻だな」
「ですね。ギャラリーとかで一品一品重厚に飾られているのは見たことありますが、普段遣いの物をじっくり見る機会はなかったので新鮮です」
「オレはフランスで仕事してた時にたまに蚤の市に行ってたから、何か懐かしい感じだな〜」
「でもさ、逆に多すぎて光りんが選びにくくなっちゃうんじゃない?」
「そうだな。しかも俺たち九人分の茶碗を決めてもらうのは、結構な作業になるからな」
「あ〜、確かに。しかも、手入れも大変なんだろ? じゃあ、やっぱ陶器じゃない方がいいんじゃないのか」
「う、うーん……。せっかく来たからいろんな種類の陶器をじっくり見たい気持ちがあるんだけど、でも確かに数が多すぎるから、今日中に決めきれるかちょっと自信なくなってきたかも……」
事前に見た案内広告では、今回の蚤の市は例年にないくらい全国各地から選りすぐりの品々が集められているとのこと。
なので、ご飯茶碗だけに絞っても本当に数多くの物が並べられているため、選択肢が多すぎて逆にどう選んだらいいのか迷う原因になってしまっていた。
お兄ちゃんたちから与えられた“課題”は渋々始めたものだったけれど、やっぱり教科書を読んだだけではわからないリアルな体験ができるのは凄くいい勉強になっている。そして、何より楽しい。
でも、う〜ん……。それぞれのお兄ちゃんたちに合うご飯茶碗かぁ。どんなのがいいのかなぁ……。
あまりの選択肢の多さに、深い迷路に彷徨い込んでしまった私。
そんな私の迷いを見た紫お兄ちゃんは、ふふっと柔らかい笑顔を見せながらこんな提案を出してくれた。
「じゃあ、こうしましょう。この蚤の市マップを見た感じ、信楽焼、波佐見焼、美濃焼、清水焼、瀬戸焼、九谷焼、有田焼、備前焼、萩焼が主に置かれているようなので、そこから僕たちに合う茶碗を選んでください。それぞれの焼き物の特徴については一つずつ教えますから、器を選ぶ判断材料になると思いますよ」
「わぁ〜、それならできそう! うん! やってみるね!」
紫お兄ちゃんの提案に、私はその場でぴょんと軽く跳ねながら大きくうなづいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます