二限目(2-4)家庭科部課外活動にも、お兄ちゃんたちがいっぱい!?

 紫お兄ちゃんから九つの焼き物の特徴を聞きながら、私は一軒一軒お店を覗いてそれぞれのご飯茶碗を探し続けていった。

 お店の人も気さくに話しかけてくれたり、実際に器を手に取らせてくれながら中学生にもわかりやすい説明をしてくれたりしたので、一つ一つの器の違いや、それぞれが持つ“器の姿”が何となく掴めるようになってきた。

 手に取らせてもらった器は、どれもじんっと重みと温かみを感じさせてくれる、個性豊かな物ばかり。

 あとは、“器の顔”とそれぞれのお兄ちゃんたちの様子を重ね合わせていく必要がある。

 一つ一つ。じっくりと。

 

「あっ、これ……」

「おっ? お嬢ちゃん、お目が高いねぇ〜。それは、信楽焼の茶碗だよ。いい色合いだろう」

 多くの種類の器の中で私の目に入った、信楽焼のお茶碗。

 赤と茶色が自然と混ざり合った土の風合いのような色が描き出されていて、全体の形がずっしりとした少し大きめのお茶碗だ。

「これは、夕お兄ちゃん用かな。どう?」

「ふむ……。信楽焼か。ちなみに、何故これを選んだか聞いてもいいか?」

「だって、実際に持ってみたら、器から感じられる力強さの他にも、こう――何て言ったらいいのかな……。そう、包みこんでくれるような温かさを感じたの。夕お兄ちゃんみたいに。だから、これがいいかなぁって思ったんだよ」

「そ、そうか……力強さと温かさ、か」

「ダメ、だった?」

「そんなことはないぞっ! 光が真剣に選んでくれた物だからな。一生、大切にする」

 照れくさそうな赤みがかった顔を見せた夕お兄ちゃんは、そう言うと慌てたように私が選んだご飯茶碗をお店の人に渡して会計をし始めた。


 すると、それを見ていた他のお兄ちゃんたちは一斉に私の腕を引っ張り、ひじょ〜に煩くせがみ始めてしまった。

「光ちゃん! 次はオレっ! オレの番!」

「はっ? ちげーだろ。俺だっつーの!」

「なぁ〜。夕ばっかりずりーよ。早く、オレのも探して〜」

「もー! うるさいっ! 静かに! お店の人にご迷惑でしょ! 黙らないと、お茶碗じゃなくてお猪口にするからね!」

「お猪口か。ふむ。光から晩酌してもらうのもアリだな」

「ふぅ…………、愉悦。最高」

「その顔、気持ち悪いですよ。ナニ想像したんですか」

「え〜? 黙らせるって、どーするの? お兄ちゃんは、光りんの――――って、イテテテテッ!」

「はい、アウト。光、お馬鹿な発言をする者は放おっておいて、次の物を選びましょうか。それにしても、さっきの信楽焼への視点は良かったですね。では、あの九谷焼はどうですか?」

 その華奢な体格からは想像できないほどのもの凄い力で明お兄ちゃんを締め上げながら、紫お兄ちゃんは別のお店に並べられている器へ視線を移していった。

 そこは、九谷焼の他にも美濃焼や瀬戸焼など多種多様な器が並べられているお店だった。


「うーん。九谷焼は、カラフルな色合いで豪華な絵が描いてあるのが特徴、だったよね」

「ええ。それぞれの作風で使われている色にも特徴があるので、その違いを見比べるのも面白いと思いますよ」

「じゃあ、これは紫お兄ちゃんにピッタリ! なんたって、『色彩の魔術師』だもんね。でも、どれも華やかな絵柄と配色があって迷っちゃうなぁ。う〜ん、どうしよう……」

「その“異名”は置いといて、僕は、何でもいいですよ。『光が選んだ』ってことが大事なんですからね」

「で、でも、紫お兄ちゃんは美術のプロだから、どうしても意識しちゃうんだもん……。だから、これは私一人だけで決めるよりも、紫お兄ちゃんと一緒に選んだ方がいいかなって思うんだけど。お兄ちゃんと一緒に考えた方が、きっと良い物が見つかると思うの。ダメ?」

「『一人で決めつけ』ではなく、『互いに一緒に』ですか……なるほど。いいですね。わかりました。僕も、光と一緒に選んだ方がより楽しめますから、そうしましょう。じゃあ、光と僕のイメージを合わせて、これなんかどうでしょうか」

「凄く綺麗! あっ、これもいいかも!」

「お〜〜〜〜い。新婚夫婦みたいな二人の共同作業はそれくらいまでにして、そろそろ光りんから俺のも選んでほしいんだけどぉ〜〜」

「そうだぞ〜〜。オレもすっごい待ってるんだぞぉ〜〜」


 私の耳元で低いトーンを奏でながら急かしてきたのは、紫お兄ちゃんから羽交い締めされていた明お兄ちゃんと、紫お兄ちゃんの代わりに私の黄色い旗を持っている空お兄ちゃん。

 もともと『待て』が苦手なタイプの二人なのだが、今日は殊更に『早く早く』と見えない尻尾を振り続けている。

「もう。ちょっと待っててよ」

「そうですよ。余裕のない男は嫌われますよ」

「何だとっ!」

「はははっ。仲がいい兄妹なんだな。どうだ、お嬢ちゃん。そこの二人の兄さんたちにはこっちの美濃焼と瀬戸焼がいいんじゃないか?」

 ガハハッ大きな口を開けて楽しそうに笑うお店のご主人は、九谷焼の隣に置いてある二つの器を進めてきた。

 どちらもそれぞれに醸し出される風合いと色味があり、見た者を惹きつける逸品だ。

 美濃焼は平安時代から、瀬戸焼は鎌倉時代から作られているもので、どちらも近隣の地域で生産されているんだって。生産量もかなりの数が出ているみたい。


「そうですね……。この美濃焼の黄色の器は色合いが何か独特というか、ふんわりした感じなのに何か滲み出てくるっていうか、目が離せなくなる感じっていうか。うまく言えないんですけど、そんな感じがしますね」

「ほう……」

「柔らかい色合いなのに、どこかもの寂しいところがあるっていうか、同じ色の中に正反対の気持ちが入っているのかなぁ。何となく、明お兄ちゃんに似てる感じ」

「えっ、俺……?」

「本当に、何となくだけどね。明お兄ちゃんはいつもぐいぐいくるのに、急にふっと寂しそうな目で私を見てくることがあるんだもん。あっ、でも私の思い込みかもしれないから、違ったらごめんね」

「…………いや。“見えない”ところまでよく見てるんだな。やっぱ、凄いな……――――ははっ。光りんに隠し事は出来ないね〜。うん、この器は俺! 俺にピッタリだ!」

 私が選んだご飯茶碗を受け取った明お兄ちゃんは、何時にも増してキラキラと輝く瞳を浮かべながら、またまた見えない尻尾を振り続けていた。


「ホント、光ちゃんは外側だけじゃなくて内側まで自然と見ることが出来るから凄いよなぁ〜。こういう能力って、演奏する時にも大切になるんだよ。で、美濃焼が明ってことは、この瀬戸焼はオレかな?」

 次は『オレの番だ!』と主張するかのように、私と明お兄ちゃんの間に体を入れ込んでくる空お兄ちゃん。

 もう。そんなに焦んなくても、順番待てばいいのに。

「うん。これは、空お兄ちゃんのイメージかなって思うの。何ていうのかな。何も描かれてないのに白い色の印象が強く残るこっちの器とか、そっちの器は白の中にある青色の模様がくっきり出ている感じとかが、真っ白な楽譜に音をつけていく空お兄ちゃんみたいだなって」

「へぇー。それは上手い例えだね」

「あとは、白い雲の中に、青く広がる空みたいな感じ? 遠く高く、飛び羽ばたくって感じかな」

「遠く、高く……?」

「うん。これも私の勝手な想像なんだけど、空お兄ちゃんはいつも軽やかに見えるんだけど、でも自分に妥協しないで飛び続けている感じがするの。私だったら『無理っ!』って思うと立ち止まっちゃうけど、空お兄ちゃんはその無理な壁があっても高く越えようとする。その努力をずっと続ける強さがある感じがするの」

「…………。光は、本当に凄いな」

 そう言うと、空お兄ちゃんは私の髪を口元に当て、聞こえないほど微かな声で何かをゆっくりと呟く仕草を見せた。

 


 ――――…………(戻れる場所があるから。安心できる場所があるから、羽ばこうと頑張れるのさ)



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