二限目(2-5)家庭科部課外活動にも、お兄ちゃんたちがいっぱい!?

 選んでもらったご飯茶碗を持って上機嫌にお会計に行った二人の兄を残し、私は器選びを続けていった。

 残り、あと五つ。まだ結構あるなぁ。

 時間もない中、少し焦りの気持ちが出てきた私は足早に次のお店へと歩みを進めた。


 さっき来た時よりも、だいぶ人の波が大きくなってきたこちらのエリア。

 煩い溺愛兄s’とはぐれないようにしながら人並みをかき分けていくと、陶器産地が西側地域の物を多く並べているお店が目に入ってきた。

 確か、紫お兄ちゃんから選択肢を出してもらった焼き物で残っているのはそのあたりが生産地だったはず。

 私は早歩きになっていたペースを緩め、『清水焼あります!』の看板を掲げているお店の人に声をかけてみた。


「あの〜、スイマセン。このお店には清水焼の器がたくさんあるみたいなんですけど、これが全部なんですか?」

「おっ、そうだよ。京焼とも言われるけどな。職人がそれぞれの手法で一つずつ作っているから、共通の特徴ってよりは、作り手の色々な味わいを器から感じられると思うぜ」

「わぁ〜! それは素敵ですね。おしゃれな器がたくさん! あっ、これは和食だけじゃなくて洋食にも合いそう。じゃあ、清水焼のご飯茶碗は薫お兄ちゃん用にしようかな」

 私はいろいろな器の中でも、特に紋様が細かく描かれている物を薫お兄ちゃんへ差し出した。

「どうかな? 薫お兄ちゃんはまた海外に行っちゃうこともあるかもしれないけれど、この柄だったら和と洋の雰囲気が両方感じられるし、向こうで使ってもえるんじゃない?」

「うん、いいね! オレもこの柄好き。光が選んでくれたこの模様は、和洋折衷って感じだね。Thank you! あっ、おじさん、これって頑丈? 耐久性ある? 海外むこうに持って行っても壊れなさそうな物が欲しいんだけど」

「ええっ……? 兄ちゃん、無茶言うなぁ。器ってのは、繊細なんだぞ。まあ、だったらこっちの方が若干――」

「もう、薫お兄ちゃんたら。お店の人を困らせちゃダメでしょ。でも、ふふっ。気に入ってくれて良かった」

 いつもよりテンション高めな様子で、楽しそうにお店の人とやり取りをしている薫お兄ちゃん。

 私の選んだお茶碗は気に入ってもらえた感じだから、ホッとしている。


 すると、不意に私の左袖がピンッと張り、くいくいと合図をしてくる者が現れた。今度は、葵お兄ちゃんだ。

「なぁなぁ、光。早くオレのも選んでよ〜。オレさ、シンプルなデザインで使いやすそうな器がいいんだよな。あんな感じで」

 葵お兄ちゃんが指差す方向を見ると、そこには『波佐見焼』と書かれたプレートと共に、白と藍色で施された紋様の器が多く並べられていた。

「波佐見焼きって、こんな感じなんだね。初めて見たかも。これも、おしゃれな模様だね。お皿の周りの縁のところのデザインが、特にいい感じ! 説明書きには……え〜っと、時代に合わせてデザインも色々変えているみたい。『デザインと実用性を同時に追求してる』って書いてあるよ」

「おっ! じゃあ、オレのリクエストとドンピシャだな」

「だね。この説明書きを読むと、“葵お兄ちゃんみたいな器”って感じがするもんね」

 他の兄と同様に、自分と器を例えられたことにビックリしたのだろうか。

 葵お兄ちゃんは、口をポカンと開けながら私に聞き返してきた。


「えっ? そ、そうか? オレって、こんな感じ?」

「うん。だって、葵お兄ちゃん、パソコンだけじゃなくて、小物とかいろんな物を組み立てるのがとっても上手いんだもん。収納ケースとか、私が気付かない内に使いやすいように設置してくれてるでしょ? しかも、可愛いデザインが入った物を選んでくれることもあるし。『デザインと使いやすさ』が一緒になってるから、凄く嬉しいの。私、さり気なく助けてくれる葵お兄ちゃんには、いつも感謝してるんだよ?」

「ははっ。なーんだ、バレてたのか。何か改めて言われると、結構恥ずいもんだな。でも、へへっ。ありがとな! あっ、せっかくだし、選んでくれた茶碗と光をセットで写真撮りたいからそこに居て!」

 そう言うと、葵お兄ちゃんは最大の照れを隠しながらスマホを勢いよく取り出し、何枚もパシャリパシャリと撮影し始めてしまった。


「こら、葵。撮影会は後にしましょう。すでに結構な時間が経っていますし、お店が閉まる前に光に選んでもらいたいですからね」

 いつもより声を大きくしながら、春お兄ちゃんは自分の腕時計を何度も確認して葵お兄ちゃんを急かし始める。

 すると、撮影の邪魔をされた葵お兄ちゃんは『へっ!』と言いながら、三人のお兄ちゃんたちに向かって矢継ぎ早にまくし立てていった。

「残りは、萩焼・備前焼・有田焼の三つなんだろ? じゃあ、順番に春・怜・霧でいいんじゃね? おっ、この萩焼ってやつ、『七化け』って書いてあるぜ。春、七重人格くらいありそうだもんなー。ピッタリじゃん。じゃあ、これで決まりだな。光、撮影会の続きやろうぜ〜!」

「おい待て」

「ふざけるな」

「……誰が多重人格ですって?」

 葵お兄ちゃんが早々に切り上げようとする台詞を、残った三人のお兄ちゃんたちが凍えるような冷気を出しながら一斉に締め上げていった。

「グゲッ、イテテテテッ! ギブギブッ! じ、冗談っ! 冗談だって!」

「ちょ、お兄ちゃんたち、落ち着いてよ。そんな機械的に決めないで、ちゃんと選ぶから。あっ、でも、その萩焼の『七化け』って言うんだね。うん。私も、“春お兄ちゃんみたいだな”って思うよ」

「えっ…………」

 私からの言葉を聞いた春お兄ちゃんは、顔色を強張らせて顔面蒼白になってしまった。

「ひ、光から見ても、俺……ぼ、僕は、そんな風に見えるのですか……? それは、何と言うか……物凄くショックです」

「えっ!? あっ、違うよ! そう言う意味じゃなくて、この萩焼の説明に『器を使い込んでいくうちに、色合いが少しずつ変化していく特徴がある』って書いてあるでしょ? 私、これを読んで春お兄ちゃんっぽいなって思ったの。別に悪い意味とかじゃなくて」

「し、しかし……」

「あのね、春お兄ちゃんって、最初に出会った時は『全然笑わないなぁ』って思ってたんだけど、一緒にいるうちに私が知らない顔をいろいろ見せてくれるようになってきたの。春お兄ちゃんは自分では気づいてないかもだけど、すっごく素敵な表情をする時もあるんだよ? だから、こんな風に私にいろんな顔を見せてくれるようになったことが嬉しかったし、もっと違う表情も見てみたいなぁって思ってたの。だから、この器が変化するところが春お兄ちゃんも同じだなっ思ったんだよ」

「……そうでしたか。もしかしたら、僕は光に嫌われているのではないかと心配しました」

「そんなことないよっ! 私、春お兄ちゃんのこと嫌ってなんかないよ! 大好きだよ!」

 しょんぼりする春お兄ちゃんもまたレアのだが、この世の終わりかというくらいに沈んだ声と表情を見せる姿に、私は慌ててフォローを入れまくりながら、淡い暖色と澄んだ青色が入った萩焼のご飯茶碗をお店の人に注文した。


 ぼそっと呟く、春お兄ちゃんの言葉には気づかずに。


「録音完了。『大好き』のフレーズいただきました。これも永久保存版ですね。……ふむ。『使い込まれて変化する自分』ですか。なるほど。“光から使い込まれる”ってのも、また一興かもしれませんね」

「…………ほらみろ。だから言ったろ。『七化け』って。間違いないじゃねーか」

「葵にしては、上手い例えでしたね。くれぐれも、光には内密に、ね」


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