四限目(4-1)職場体験学習でも、お兄ちゃんがいっぱい!?
「――――ということで、皆さんには予定通り、この夏休みの期間中に職場体験学習をしてもらいます。社会科見学のようなものではなく、お仕事をしている人たちの現場へ行き、実際に体験を通して将来の夢や働くことへのイメージを持ってもらうことを学習の目標としています。ちなみに、体験だけではなく、レポートにまとめてもらう作業と、発表用スライドの作成も課題に含まれます。今年からは一人ずつ発表してもらうことにしたので、しっかりとまとめること。わかりましたね」
「ええぇ〜〜〜〜……」
まだまだ猛暑が続く中、一学期終了間際に行われた七月最後の学年集会。
約一ヶ月ある長い休みの期間を有意義に過ごしたいと思っていた私たち二年生は、追加された課題内容を聞いて思わず嘆きの声を上げてしまった。
毎年、篠花学園では中等部二学年時に夏休みの期間を使って、職場体験学習を実施している。
体験場所は、学園があらかじめ決めたところを選んでもいいし、自分の家族が勤めているところを選択しても構わないとのこと。各自自由に設定できるのだが、ほとんどの生徒は、自分の親に頼んで体験学習をさせてもらうことが多いらしい。
部活動や各種大会に参加する生徒もいるため、体験日数はそれほど長くはないのだが、それでも、最低二日間はその体験学習が必須条件。
夏休みに行われることはもともと年間計画で設定されていたし、中間テストが終わった頃から総合学習の時間でキャリア教育の勉強も始めていたので知識としては何となくわかっているつもりだったが、『実際に体験する』となると中学生にとっては未知の世界になるため、緊張感が日に日に高まってくる。
しかも、昨年までの職場体験発表はあらかじめ決められた発表係だけが担当していたのに、今年から全員が『体験+レポート作成+発表スライドも作成』に急遽変更されてしまったため、二年生全員の声が漏れ出してしまったのだ。
「はぁ、マジかよ……。せっかく夏休み入って思いっきりゲームできると思ってたのに。あ〜、面倒くせぇ」
「でも、職場体験って実際に何したらいいの? その日に行ってから教えてもらうって聞いたけど、ぜんっぜん想像できないから不安なんだけど」
「だよねぇ。オレは親の職場に行くから、サボらないようにめっちゃ見られると思うんだよなぁ……」
「しかも、最低二日でしょ? 部活もあるし、せっかくの部活休みの日を潰したくないんだけどぉ」
「はい。おしゃべりはそこまで。これから教室に戻ったら、さっそく職場体験学習計画の最終調整を行いますよ。それと、夏休みの学習計画も。きちんと計画を立てないと、課題が終わらなくなるわよ」
小林先生の合図に、周囲のざわつきはピタリと収まり、その代わり、深いため息があちこちから漏れ続けるのだった。
「ねえねえ、王番地さん。王番地さんの職場体験って、結局どこになったの? やっぱ、王番地先生のとこ? それとも、王番地家のどこかの企業?」
「アタシも気になってた〜。王番地先生って、めっちゃ有名人だもんね。
「王番地家だって、すげぇ財閥なんだろ? そんなとこで職場体験なんて、ヤバくね?」
学年集会が行われていた体育館から自教室までトコトコと歩いていると、私は背後から数人のクライメイトに話しかけられる。
職場体験は様々な場所で行われるため、学園指定のところを希望しない場合は、夏休み明けの職場体験発表会まではお互いがどこで体験してくるかわからないことが多い。
なので、時々こうやって興味津々に聞かれていたのだが、私はその質問に対して毎回曖昧な笑顔を浮かべながら、言葉を濁してきた。
「え? う、う〜ん……。実は、ちょっといろいろあって、まだ調整中なの。お兄ちゃ――、王番地先生は今はこの学園で働いているから、前で働いていたところにお願いするのは難しそうだし、家の方は……い、忙し過ぎるから、職場体験なんて受け入れるどころじゃないんだよね。だから、小林先生にお願いして、体験場所はまだ保留にしてもらってるよ」
「えっ? そうなの? でも、それじゃあ、計画表の作成とか間に合わなくない?」
「う、うん。だから、私だけ居残りっていうか、夏休みに入ってからも計画表を作るためにしばらく学園に来なきゃいけないんだよね。あはは……」
「ふ〜ん。お金持ちの家も、いろいろあって大変なんだね〜」
実は、総合学習の時間でこの職場体験の話が出た時、私は真っ先に学園が指定した場所での体験を希望していた。
だって、あの溺愛兄s’にお願いすれば、これ幸いにと一日中まとわりつかれることは目に見えていたし、だからと言って、王番地家が経営しているところで体験学習なんて、お願いできるはずなんてないとわかっていたから。
可能であれば、花さんのお店で体験学習をさせてもらおうかなとも思っていたんだけど、どこで聞きつけたのか、『俺たちを差し置いて、
なので、夏休みの期間は二日間ほど学園指定の職場で体験学習をする予定だったんだけど……この間の合同生誕祭の後にその考えが百八十度変わってしまった。
だって、『知ること』に対して、もう一歩踏み出さなきゃいけないと思ったから。
頭の中だけでぐちゃぐちゃな思いを抱えるだけじゃなくて、動かなきゃいけないと思ったから。
何もわからないまま過ごすことで、『逃げる』ことになりたくなかったから。
『知らなかったから、しょうがない』にならないように、『守られているだけ』にならないように。
家のこと、お兄ちゃんたちのこと、自分のこと。
今の自分にいったい何ができるのか、きちんと考えなくては。
この体験学習がそれを探るための一つのチャンスになると思った私は、あの生誕祭の後すぐに担任の小林先生にお願いして、職場体験の場所を再考させてもらったのだった。
『我がままを言ってスイマセン。でも、できれば、お兄ちゃ――兄たちがやっていたことをちゃんと知りたいと、知らなきゃいけないと思ったんです。なので、もう少しだけ、時間をください』
学年集会が終わって帰宅した、その日の夜。
小林先生に伝えた言葉を思い出しながら、私は三回ほどゆっくりと深く呼吸をし、リビングに集まっていた九人の溺愛兄s’の元へ歩みを進めるため、ガチャリと扉を開けた。
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