四限目(4-2)職場体験学習でも、お兄ちゃんがいっぱい!?

「――――というわけで、急な話なんだけど、もしお兄ちゃんたちの誰かの日程が空いていれば、夏休みに職場体験学習をさせてもらえると嬉しいの。私、これまでお兄ちゃんたちに甘えてばかりで、何も知らなくて……。でも、これからは自分でちゃんと勉強しなきゃいけないって思ったの。だから、まずはお兄ちゃんたちのことを知ろうと思って。あっ! でも、本当に急なお願いだから、無理だったらいいの! 学園指定の体験場所もあるから。ど、どうかな……?」


 リビングで各々くつろいでいる兄たちの元へ、私はおずおずと近寄り、ぴょこんと頭を下げながら、自分の決意と職場体験学習の件を切り出した。

 職場体験学習については本当に急に出した話なので、半分以上は『無理だろうなぁ……』とは思っているのだが、九人もいる兄たちなので、『もしかしたら、一人くらいは“大丈夫”って言ってくれるかも……』という淡い期待もほんの少しだけ持っていた。

 とにかく、自分から動き出そうと決意したからには、今回の件がダメであっても、また冬休みなど別の時にお願いしてみよう。

 そんなことを考えたまま、頭を下げて数十秒。

 しかし、リビングの空間はしんと静まりかえり、いつもは煩すぎる九人の兄たちから、何の反応も示されなかった。


 あ、あれ? おかしいな。

 私、何か変なこと言っちゃったのかな。

 それとも、やっぱり迷惑だった……?


 急に不安になった私は、下げていた頭を慌ててバッと上げる。

 すると、口はピタリと静かだった九人の兄たちは、体全体を“ガッツポーズ”の姿勢にしたままポーズを決めていた。

「お、お兄ちゃん……?」

「……えっ!? それ、マジでっ!?」

「ほ、本当……?」

「Wow!」

「光が、光が……、オレのことをそこまでっ!?」

「直ぐに調整しよう。全スケジュール、光優先で」

「やっばっ! 来月のシフト編成見直さないと!」

「よしっ! キャンセルメール送信完了っ! オレはいつでもいいぜ! 何なら、明日やるか!」

「担当さん申し訳ないですが、締め切りを延ばしてもらえませんか?」

「――ああ。それは、キャンセルにしてくれ。いや、重大案件が急遽入ったんでな」


 固まったままだった体を急に動かし、狂喜乱舞する九人の兄たち。

 そして、自分のスマートフォンやノートパソコンを手に取り、どこかへと一斉に連絡をし始めるのだった。

 先ほどまでのんびりまったりとした空間が広がっていたリビングは、一気に熱味を帯びていく。

 ただ、それとは反対に、私の気持ちは真っ青に急降下し始めるのだった。


 ちょ、ちょっと待って。

 この反応、まさかお兄ちゃんたち全員分をやるってこと……?


 確かに今回のことはこちらからお願いしたことだけど、それはお兄ちゃんの誰か一人、可能であれば、二人くらいの職場体験が出来ればいいなと思っていたこと。

 が、流石に九人全員は無理。

 一人一日計算として最低九日間必要になり、せっかくの夏休みが一週間以上潰れてしまうことになる。

 夏休みは他にもやりたいことがたくさんあるし、何より、家庭科部の活動を充実させたい。

 ……まあ、家庭科部メンバーの他の二人には、あの生誕祭以来、校内で顔を合わせても無視されているんだけど。

 そういえば、あの合同生誕祭の後、花さんは私のスマートフォンに謝罪のメッセージを送ってくれていた。

『ごめんね、光ちゃん。大事な生誕祭を台無しにしちゃって。あのTwinsに、これ以上余計なことをしないようにアタシから忠告しておくから、安心してね。でも、あの子たちも色々あってね。できれば、光ちゃんには、これからもあの二人のことを見ておいてくれると嬉しいの。……アタシじゃ、役不足だから』

 家へお泊りした翌日に、少し寂しげな表情を浮かべていた花さん。

 私としては、あの件は別に何とも思っていなかったし(生誕祭は翌日に盛大に開催されたし)、むしろ自分が今まで何も見てこなかったことに気づかせてもらったから、『一央ちゃんたちから教えてもらって良かったぁ』なんて思ってたんだけど、花さんは凄く申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 私としても、これからも一央ちゃんと二央くんとは一緒にいろいろ関わっていきたいと思ってる。

 だからまずは、何も知らない私自身を変えなくては。


 と、それはともかく、テンション爆上がりの溺愛兄s’とは対照的に、先ほどまでの強い決意がすぐさま萎みそうになっている私。

 もう、前言撤回していいかな……。


「あ、あのね、お兄ちゃん! 私のお願いを聞いてくれてありがとう。で、でも、あのね。流石に申し訳ないっていうか、全員は無理っていうか……」

「無理ではない。遠慮するな」

「光のためなら、いくらでも協力は惜しまないさ」

「愛する光ちゃんのためなら、ね♡」

「No problem!」

「お兄ちゃん。光りんのためなら、いくらでもお願いを聞いてあげるよ」

「光は、全案件の中で最優先事項ですからね」

「でも、光が僕のところで『体験する』っていうのは、何かいい響きですよね……」

「はい。アウト」

「それ以上はストップ」

 私が取り下げの言葉を続けようとしても、それを無視してはしゃぎまくる溺愛兄s’。

 八月のカレンダーを見ながら、さっさと予定を埋めようとしていた。


「じゃあ、俺が先な!」

「何言っているんだよ。こういう時は、長兄から順番にするのがセオリーってものだろ?」

「明ばっかずりーぞ!」

「そうだ! そうだ!」

「薫は、来月アメリカ行くんだろ? 無理じゃね?」

「空も、ウィーンの音楽祭に呼ばれてるんじゃなかったっけ?」

「光ちゃん連れてくから、ヘーキ♡」

「させるか!」

「いえ、どうせなら、一ヶ月世界一周しながら体験学習というのはどうでしょうか。一人一日なんてことはせずに、夏休み全ての期間を使うというのは」

「「「賛成〜!」」」

「何言ってるのよ! むちゃくちゃなこと言わないでっ!」

 

 例年よりもさらに、もの凄くめちゃくちゃウザったくなる予感がする、今年の夏休み。

 九日間どころか、夏休み中ずっと職場体験学習をするはめになるかもしれない。

 でも、流石にそれは勘弁してもらいたい。九日間で何とか手を打ってもらえるよう交渉しなきゃ。

 九日間でも、凄く大変なんだけどなぁ……。


 でも、やるきゃない。未来を知るために。

 『少し未来の、先の状況を読む』といった少し変わった私の力を使うのではなく、自分自身で未来を知ることができるように。

 ちょっとしかない私の力でも、大好きなお兄ちゃんたちのために役立てられるように。


 

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(長編物) 溺愛生活断固反対!!〜お兄ちゃんs'に愛され過ぎて困ってます〜 たや @taya0427

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