課外授業:お兄ちゃんs'VSテーラー花②
すぅすぅと、安らかな寝息を立てている可愛い光ちゃんを、でれっでれの激甘な顔つきでベッドルームに運び入れるポンコツ九人兄弟。
きっと、今日一日の騒動で体の疲れが出たのね。
アタシの“正体”を知った光ちゃんは、キャパオーバーになってダウン。慌てふためくポンコツ共を落ち着かせ、とりあえず客間のベッドルームに運ぶよう指示。
光ちゃんを起こさないよう、飴細工を触れるかのような手つきで、その羽がついたような軽い体をアイツらはそっと運び入れた。
「お疲れ、アンタたち」
リビングルームに戻ってきたアイツらに対し、とりあえず労いの言葉をかけ、アタシは自宅にあるワインセラーから適当にボトルを数本取り出した。
「飲むでしょ?」
「ああ。頼む」
「はぁ〜、マジ疲れた」
「本当に。肉体的な疲労と言うよりも、精神的な疲労の方ですが」
「俺は、光を起こさないように運ぶ方がめっちゃ神経使ったけどな」
「ふふっ。まっ、とにかくお疲れ。乾杯」
各自グラスを傾け、キンッと音を鳴らす。
いつもはどんな難題でも軽くこなすコイツラでも、光ちゃんが少しでも絡む案件になると心身の疲労が出やすくなるのだろう。
まっ、昔みたいに能面ヅラで無感情だった『あの頃』よりは、今の方が“生きている”感じが見て取れるからアタシは好きだけど。
普段のペースより、かなり早いピッチでボトルを空けていく様子をみて、アタシは自宅用バーカウンターへ立ち、甘めのカクテルを作り始めた。
「花、ヤニ入れていいか?」
霧は飲み飽きたのかそう言って、キッチンの換気扇近くへ来て好みの銘柄を内ポケットから取り出す。
普段は、光ちゃんの前では飲酒・喫煙する姿を絶対に見せないコイツら。
ただ、光ちゃんと会うまでは不養生な生活を続けていたため、飲酒・喫煙量は相当なものだった。
ここ数年は光ちゃんのお陰で劇的な生活改善が見られるんだけれど、たまにストレスMaxになるとアタシの寝ぐらへとおもむろにやってきて、好き勝手やっている。アタシの家は、ストレス発散所じゃないってのに。
で、コイツらの中で一番の酒豪は、実は紫。二番目は、春。逆に一番酒類に弱いのは、夕。見た目では一番飲みそうな夕だけれど、すぐにアルコールに負ける体質で、甘い系のカクテルをちびちび飲むタイプだ。
九人兄弟の中で一番の愛煙家なのは、霧。あと、怜も定期的に吸っている。以前は医者の明が一番吸っていたみたいなんだけど、光ちゃんから『タバコ臭いのは嫌』と言われたことにショックを受け、以来禁煙を心がけていると聞いている。
霧と怜は、煙対策を抜け目なく行ってきたため、明のようなことは言われなかったらしい。そう考えると、明は結構抜けていることが多い。
その他のメンバーは、気分転換に適度に飲み、適度にケムリを入れているのだが、やはりいつもに比べて粗さが目立つ感じだ。
「でもさぁ〜。今回の件は、アンタたちだってあのTwinsが仕組んだってわかってたんでしょ? 何でホイホイと騙されてあげたわけ?」
アタシは作り立てのカルーアミルクを夕の前に置き、呆れるようなため息をつく。
すると、ポンコツ兄弟は同時に呼応し、乾いた笑いを見せた。
「まあ、な。あのメッセージは光からのものじゃないとわかっていたさ」
「光だったら、あんな長ったらしい文章を送るよりも電話かけてくるもんね」
「じゃあ何で、抵抗しなかったのよ」
「別にスルーしても良かったんだけど、“余計な噂”を振りまいている連中の確認をしたくてな」
「そっそー。誰が発信源かわかんないと、釘も刺しづらいからね」
「刺すのは、釘だけじゃすまさないけどな」
「でもまさか、あの二人の口から“余計な噂”が光に伝わってしまうのは想定外だったよ」
「アイツらって、光と仲悪かったんだっけ?」
「というか、これまでも会う機会はそんなになかったはずだから、可もなく不可もなくって感じだと思ってたんだけどな」
「おい、花クソ。お前、あの二人にやって良いことと悪いことのルールくらい教えとけよ」
「そのネーミングはムカつくからやめて頂戴。それに、しょうがないでしょ。アタシは既にあの家を出ているんだし、勘当の身だからね。あの二人も、アタシのことなんて眼中にないわよ。言うことなんて聞かないわ。……でもまあ、あの家にいると過度な期待とプレッシャーを受けざるを得ないだろうし、結構追い詰められているのかもね」
そういったことは自分もとうの昔に経験済みなため、今のあのTwinsがどのような状態に置かれているか何となく想像出来てしまう。
そしてそれは、これから思春期や青年期の真っ只中に突入する光ちゃんにも、大きく降り掛かってくることになるのだろう。王番地家の籍に入っている限り、きっと。
だからこそ、この九人の兄弟たちはあの手この手を使って鉄壁の防御策を張り巡らせているのだ。
「まあ、今回のことは光ちゃんにとって、また違った変化をつけることが出来たんじゃない? 逃げようとしないで、受け止めようとする気持ちも感じられたしね。ねっ? だから、言ったでしょ。いつまでも『箱入り』なんて出来っこないって」
「でも、光には余計な雑音は入れたくない。いくらあの家から離れようとも、俺たちと一緒にいる限りはどうしても聞きたくない声は入ってきてしまう。でも、俺たちは光から離れる選択肢などない」
「だから、オレたちが光のために『綺麗な環境』を作って守るしかないんだ」
「無菌状態は、ヒトを弱くすると思うけど?」
「…………わかってる。でも、守りたいんだ」
「光がオレたちを守ってくれたように、オレがオレたちが――…………」
酔っ払っているのか、眠気に襲われたのか、そう呟いた夕と葵は、キッチンカウンターに頭を突っ伏してしまった。
まあ、可愛い『妹』を守りたい気持ちはわかるけれど、アタシの目から見てもコイツらはやや、いや、かなり度が過ぎているのよねぇ。
そろそろ『妹離れ』をしないと、ヤンデレ化に歯止めがかけられなくなる。もう既に、その世界に足を踏み入れてそうな連中が数名いるけど。
「……まっ。ほどほどにね。」
「ストッパーは、お前がやってくれるんだろ?」
「ちょっと、アタシはアンタたちの使いっ走りじゃないんだけどぉ〜?」
そう言って互いにふふっと笑うと、アタシたちは再びグラスの音を合わせる。
ストッパーは、お互い様。きっと、『梅野俣家』での問題の時は、彼らがその役を買って出てくれるのだろう。
「さあってと、ダウンしたのもいるし、そろそろお開きにしましょうかね。あっ、薫。この余ったやつ食べる? すっごく美味しいわよ」
そう言って、アタシはタッパーから取り出した余り物を適当にお皿に盛り付け、テーブルの上に並べていった。
「Thank you――旨っ。って、これお好み焼き? ん? この味、もしかして光の……?」
「そっ。今日アンタたちの生誕祭がキャンセルになったでしょ? だから、光ちゃんが捨てるのももったいないからって持ってきてくれたのよ。う〜ん、美味しい♡」
「ちょーーっと、待ったぁーーーー!」
空が急に甲高い声を上げ、眠りについていた二人もがばりと起き上がる。
「あ〜〜! それ、俺の唐揚げじゃねえか!」
「そっちは、僕のコロッケ!」
「……俺のハンバーグが、見当たらないのだが?」
「光りんの愛が詰まった肉じゃが、ほとんど食われてる……」
「オムライス……」
「花、てめぇ全部食いやがったな! せっかく楽しみにしてなのに!」
「ロールキャベツまで……。絶許」
「『食い物の恨みは
「ふんっ。このアタシに勝てるとお思い? やってやろうじゃないのさ」
結局、いつものバトル開始。
まっ、アタシたちの関係としては、これくらいがちょうどいいってとこかしらね。
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