ニ限目(2-1)夏休み中でも、お兄ちゃんでいっぱい!?

 残暑帯びる八月某日。

 もうすでに夕方の時間帯になっているはずなのに、日中にジリジリと照りつけていた暑い日差しが地面のアスファルトへ染み渡り、蒸すような熱気を放っていた。

 陽が沈むと、もう少し涼しさを感じられるだろうか。


 私は可愛らしい桜模様の鼻緒が付いた下駄をカランと鳴らすと、まだ姿を表さぬ待ち人の背中を探すように辺りを見渡した。

 待ち合わせ場所の神社の御神木の近くには、風鈴のトンネルが設置され、涼やかな音色と景色を映し出している。

 周囲は賑やかな人々や屋台で囲まれ、あと三十分ほどで開始される大花火大会への期待度が高まりつつあった。



 ――夜七時に、神社の御神木の前に集合な。



 確かに、そう言われたはずなんだけどな。

 私は所属する家庭科部で作った巾着バッグからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。

 画面に表示されている時刻は、すでに約束の時間を過ぎていた。

 ……やっぱり、からかわれていただけだったのかな。それとも、いつもの『王番地』の名前だけに取り入ろうとしたのかな。



 この地域ではその名を知らぬ者はいないと言われるほど、名門家である王番地一族。

 その一族に気に入られたいがために、ありとあらゆる手段を使って媚びを売ろうとする人たちを昔から何人も見てきた。

 特に、各分野ですでに有名人の兄たちはその対象の中心として、常にいろいろな視線を浴びてきたはずだ。

 だからこそ、私にも人との付き合い方にはよく注意しなさいと口酸っぱく言われてきたのだが。初めての男の子からのお誘いに、つい浮かれてしまったのである。


 だって、初めてだったんだもん。お兄ちゃんたち以外の男の人から、『美味しい』って言ってもらえたことが。



 この篠花学園に入学してから、私が選んだ部活は家庭科部。

 というか、それ以外の部活は全て兄たちが何らかの形で関わっていたため、選択肢はそれしか残っていなかった。

 ちなみに、今年の部員は私一人のみ。本来であれば、毎年五、六人ほどの新入生が入部してくるそうだが、他の新入生は皆別の部活へ入部してしまった。

 しかも、あろうことか前年度までこの部にいた先輩までが全員、転部をしてしまったとのこと。

 原因は、もちろん『王番地先生』。


 ベストセラー作家の霧お兄ちゃんは、書道部の顧問をしているが、学生時代には卓球部に所属していたことがあることから、助っ人で卓球部の指導もしている。

 ちなみに、卓球に関しても過去全国大会出場経験があるとのこと。普段は運動しているように見えないくらい雅繊細で和装が非常に似合うタイプだと思っていたから、意外だった。


 数学が専門の春お兄ちゃんは、実は運動面においても昔から才能を発揮していたようで、特にサッカーでは某プロチームから声がかかったこともあるとか。

 この学園ではサッカー部をメインに、バスケットボール部も掛け持ちで指導している。チームでうまく動けるように数学的理論を使いながら作戦を練っているらしいが、私にはさっぱり。だって、数学って難しいんだもん。


 マルチリンガルで多言語を巧みに扱うことができる薫お兄ちゃんは、英会話部を中心に見ているが、テニス部にもよく顔を出している。

 学生時代からずっと続けているテニスの腕前は、もちろん言わずもがな。毎回テニスコートからは黄色い歓声が飛び交っている。ホント、相変わらず凄い人気だ。


 医師である明お兄ちゃんは、陸上部や水泳部を中心にいろいろな運動部へ顔を出し、体の使い方など医科学的な視点からトレーニングメニューのアドバイスを出している。

 ちなみに、明お兄ちゃんは水の中にいると心が整いやすくなるらしく、前世は魚だったかなと以前笑って話していたっけ。


 弁護士の怜お兄ちゃんも、昔から運動は得意らしく、学生時代はアーチェリーにハマっていたと聞いている。適度な運動は人生の幸福度にも影響を与えるとか何か難しい話をしていたけれど、とにかく基本的にはどんな種目も概ねこなせるとのこと。

 今はバドミントン部を中心に、バレーボール部も掛け持ちしているんだって。何でもできて、凄いなぁ。


 剣道五段を取得している夕お兄ちゃんは、もちろん剣道部顧問。前に、道場でも指導しているのに部活も担当するなんて夕お兄ちゃんは凄いねって言ったら、大した事ないってぶっきらぼうに返事してたっけ。何か、耳の辺りが真っ赤になっていたようにも見えたけど。

 夕お兄ちゃんは体育担当ということもあって、野球部を中心にその他の運動部全体にも指導アドバイザーとして助っ人に入っている。


 音楽担当の空お兄ちゃんは、もちろん吹奏楽部と合唱部の顧問をしている。国際コンクールでも受賞経験もあるプロから直々に指導をしてもらえるとあって、入部希望者は過去最高の人数だったとのこと。

 そのため、吹奏楽部では初の大編成が組めることになり、楽器パートが増やせると先輩部員は大喜びだったとか。


 紫お兄ちゃんは、美術部と演劇部の顧問。こちらも数々の絵画コンクールで受賞しギャラリーで個展まで開催しているプロの画家。絵だけで生計を立てるのはかなり厳しい世界で、その分野で経済的に自立できている実力派とあって、こちらも入部希望者が殺到。

 もう一つの担当の演劇部では、主に舞台装置や舞台美術の指導に力を入れている。ちなみに、台本指導は霧お兄ちゃんが担当とのこと。


 葵お兄ちゃんは、パソコン部とロボコン部を担当している。もともとは遊びのようなお気軽部だったようだが、葵お兄ちゃんが顧問になってから一変。初歩的なことから自作ゲームのプログラミング作り、ミニチュアロボットの設計や試作まで、生徒一人ひとりの難易度に合わせた活動を行うようになった。

 現在は、各部のホームページ作成の依頼も受けるほどスキル向上が見られ、特に男子生徒に人気の部活になっているらしい。


 ……とまあ、こんな感じでどこもかしこもお兄ちゃんs'だらけ。

 まさに、全てを兼ね備えていると言っても過言ではない。

 どんな分野でもカバーできる『王番地先生』の活躍により、全校生徒の皆々がお兄ちゃんs'の虜になってしまったのだった。

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