一限目(1-2)テスト勉強中も、お兄ちゃんがいっぱい!?

 そもそも、どうして兄妹で同じ学校、しかも全員が教科担任になれたのか。

 兄たちから詳しく話を聞き出すと、それは昨今の教育現場とこの学園の状況が色濃く影響しているようだった。

 ここ近年の教員不足。それは、この篠花学園も例外ではなく、去年は遂に年度途中で授業を受け持つ担当者が不足する事態になっていたそうだ。

 文武両道を掲げ、しかも特色ある私立わたくしりつの学校としてはイメージダウンは避けねばならず、この慢性的な教員不足をなんとしても打破しなければならなかった。

 そんな時、この学園の卒業生であり、学園長の親族でもある王番地家当主から、こんな話が持ちかけられた。


『四月より、王番地家の末妹が篠花学園に入学するため、その守り役として一族の人間を教員として派遣したい。もちろん、末妹の学級を受け持ったとしても、評価評定は他生徒と同様、公平公正に行うことを約束する』


 傍から見るとトンデモナイ話だったが、学園長の親族、しかもこの学園創立に深く関わっている一族からの話のため無下にはできない。

 よくよく話を聞いてみると、教員として九名もの人材を派遣し、担当教科も家庭科以外の科目を教えることが可能とのこと。

 全員教員免許は取得していなかったが、『優れた知識や技能、経験を持つ社会人』として能力的に不足はなく、特別免許状を取得できる条件を満たしているとのことだった。

 なお、この学園に教員として働くために、兄たちはとりあえず今の職場を一年間休職するなどの対応をしてきている。


 確かに、『優れた知識や技能、経験を持つ社会人』であることは、妹の私が一番理解していた。


 国語担当は霧お兄ちゃん、二十五歳。

 最年少で超有名な文学賞を受賞し、新作が刊行されれば飛ぶように売れるというベストセラー作家。

 今は純文学をメインに執筆しているけれど、昔は推理小説を書くことが多かったとか。今度、読んでみたってお願いしようかな。


 数学担当は春お兄ちゃん、二十六歳。

 超一流外資系企業で働き、エコノミストとしてTVの経済番組にもレギュラー出演中。

 でも、数学の研究に没頭する方が好きで、今でも時々大学の研究室に顔を出して研究を続けているんだって。研究に没頭している姿、見てみたいなぁ。


 英語担当は薫お兄ちゃん、二十六歳。

 英語以外の多言語も話せるマルチリンガルとして、日本と海外を行き来する通訳者として活躍中。

 でも、海外での生活が長かったから、家に入る時に靴を脱ぐといった日本特有の生活文化を忘れてしまうこともあるんだって。


 理科担当は明お兄ちゃん、二十八歳。

 私たち兄妹の中で、最年長だ。大学病院で勤務医を経験後、現在はフリーランスの医師として主に王番地家経営の複数の病院を掛け持ちしている。

 昔は、獣医師を目指していたこともあるんだって。前に教えてくれたの。


 社会担当は怜お兄ちゃん、二十七歳。

 大学在学中に司法試験に合格し、今は企業内弁護士として王番地家一族が経営している会社に勤務している。

 本当は、弁護士よりも検事か裁判官になりたかったんだって。確かに、怜お兄ちゃんのイメージはそっちの方が強いかも。


 体育担当は夕お兄ちゃん、二十六歳。

 剣道一筋の道を極め、段位はすでに五段。今は道場で子どもたちに教える傍ら、王番地一族が経営している警備会社の役員も兼任している。

 学生時代は、高校野球に力を入れていたこともあるって、話していたこともあったっけ。


 音楽担当は空お兄ちゃん、二十四歳。

 バイオリンを専門とし、国内でもトップクラスの音楽大学を首席で卒業。その後は海外留学をして国際コンクールでの受賞を重ね、単独リサイタルも開催している。

 ピアノなど他の楽器を奏でたり、指揮者としてコンサートを開いたりすることもあるんだって。


 美術担当は紫お兄ちゃん、二十三歳。

 幼少期の頃から国内の有名な絵画コンクールで数多く入選している、洋画専門の画家だ。

 ギャラリーで個展を開催しては描いた絵が法外な値段で取引されたり、有名なオークションにかけられたりしているらしいの。


 技術担当は葵お兄ちゃん、二十五歳。

 システムエンジニアとして某有名ソフトウェア開発を行い、AIを活用した新たなプログラムを組み込む仕事にも携わっている。

 たまに、サイバー犯罪捜査官へのアドバイザーを受け持つこともあるんだって。詳しいことは教えてくれないけど。



 ……うん。能力不足どころか、過剰なくらいだ。



 しかも、眉目秀麗の容姿も合わせ持ちなので、さらに言うことなし。

 この間なんて『華麗なる一族の九人兄弟』なんて雑誌の特集まで組まれていた。

 そこに私は含まれなかったけどね、うん。


 そんな神様が二物も三物も与えている兄たちを、学園中の生徒(主に女子)が放おっておくわけがない。毎日、物凄い黄色い声援が飛び交っている学校生活だ。

 もちろん保護者も同様の反応を示し、四月末の第一回授業参観希望調査をかけた時は過去最高の出席人数を叩き出したとのこと。

 余りに希望参加人数が多く、さらに、自分の子以外のクラス、つまりは『王番地先生の授業が見たい!』という強い要望があったため、学園の管理職は急遽オープンスクールと称して丸一日授業参観にし、保護者であればどの時間帯、どのクラスでも参観可能としたのだった。

 昨年度の教員不足の失態からくる汚名返上と、学園への好感触を持ってもらいたいという思惑も重なったようだ。


 ちなみに、前年度からいる他の先生方からの印象はどうかというと、これもすこぶる評判が良い。

 これまでの経歴と家柄から、てっきり専門家という立場を鼻にかけるような態度で来るかと思いきや、勤務初日から『今まで中学生相手に教えた経験がないため、不慣れでご迷惑をおかけするかもしれません。しかし、子どもたちの学びの不利益にならないようにしたいので、ぜひ先生方の素晴らしい指導案を参考にさせていただきたく、御指導御鞭撻の程よろしくお願いいたしたい次第です』と殊勝な心がけで接してきたとのこと。


 王番地兄弟は担任業務は受け持たないが、その代わり運動部と文化部の全てを含む部活動を担当し、休日の大会運営にも積極的に参加。

 学校行事の企画運営にも中心的に関わり、他の先生方があまりやりたがらない雑務も進んでこなす。

 さらに、校内での業務効率化のため校務支援システムを構築し、労働時間の短縮や空き時間の確保、更には教員の時間的余裕を生み出すことによる、教育の質的向上を図る、などなど。

 上げたらキリが無いほど、この四月の怒涛の働きぶりにより、先生方ですら(特に女性教員)はメロメロ状態になっていた。



 なお、私こと王番地光であるが、苗字が同じためすぐに妹だとバレた。

 けれど、私は兄たちとは違って、ただただ『平凡』なごく普通の中学生だ。特に優れた学力や才能があるわけでもない。

 そのため、入学式後一ヶ月で、私は周りの風景に同化してしまい、まったく意識されなくなっていた。



 ……うん。仕方ない。いつものことだ。


 もう昔からのことなので、こういったことは日常茶飯事。むしろ、私としては普通に中学校生活を送りたいから、願ったり叶ったりだ。

『王番地家の末妹』というだけで奇異な目で見られたり、嫉妬の眼差しを受けたりすることもある。風景に同化して気づかれないくらいがちょうど良い。



 ……なのに、お兄ちゃんたちは私をまったく離そうとしない。離れようとしない。

 四月は怒涛の忙しさだったはずなのに、とにかく毎日毎日構いまくってくる。

 本当に、ほんとーーに、勘弁してほしいっ!


 結局、テスト勉強期間中は家でも学校でも、兄弟全員が『オレが教えるっ!』と言って互いに譲らずひと騒ぎを起こしたため、私はまったく勉強に集中することができず、中間テストの結果は散々たるものになったのだった。

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