一限目(1-1)テスト勉強中も、お兄ちゃんがいっぱい!?

 あの衝撃の日から、約一ヶ月。

 中学校生活にはようやく慣れてきたが、家でも学校でも毎日九人の兄たちと顔を合わせることは、未だに慣れない。いや、慣れたくないっ!


 中学校は小学校とは違って物凄く忙しい日々を送ることになると聞いていたが、本当にその通りだった。

 慌ただしい四月が終わったかと思ったら、あっという間に五月下旬に中間テストがやってくる。

 高校受験に中学校生活での授業態度やテストの成績、いわゆる内申点が関係してくるとのことだったが、それが中学一年生からすでに評定に含まれるとのこと。

 この私立篠花学園は中高一貫校なので一定の基準を満たせばそのままエスカレーター式に高校まで上がれるのだが、成績が伴わない場合は内部進学は不可となる。なので、いくら中高一貫校であっても、気を抜くことはできないのだ。


 今は中間テストの一週間前。部活動停止期間にもなっており、全校生徒がテストモードに入っていた。

 篠花学園ではこの時期に『質問期間』と称して、放課後にそれぞれの教科の先生から勉強でわからないところをじっくり教えてもらえる貴重な期間を設けている。

 各階ごとに教科エリアが設けられ、生徒たちはそれぞれの専門教科の教室へ移動して授業を受けるスタイルだ。

 なので、この『質問期間』の時は先生方も教務室ではなく、各教科エリアで待機して生徒たちの質問を受けることになっていた。

 今回の中間テストでは全教科ではなく、五教科のみが対象。しかし、すでに中学校の授業進度の速さに遅れ気味の私は、せっかくの機会なので、兄たちの先生からご教授願おうと試みた。


 ……しかし、結果は撃沈。

 行く階行く階、すべて『お兄ちゃん』だらけ。他の生徒はすでに帰ったのだろうか。見事に身内しかいなかった。


「〜〜何で、お兄ちゃんたちしかいないのっ!? 他の先生から教えてもらいたかったのにっ!」

「愛する妹のために、じっくりテスト勉強に付き合うことは別に変なことではないはずだか?」

「そうそう。光りんに“個別指導”できるなんて、お兄ちゃん張り切っちゃうなー!」


 理科エリアと社会エリアが隣に設置されている二階には、それぞれの教科担当の怜お兄ちゃんと明お兄ちゃんが、私を待ち構えていた。

 勉強のための質問をしたいだけなのに、何故こんなにも重い愛が覆いかぶさってくるのか。

 ここではまともに質問の回答をしてもらえないと思った私は、『俺が先に個別指導する』と互いに譲らない二人の兄を置いて、次のエリアへ行くことにした。


 国語と英語のエリアがある三階をこっそりと覗くと、そこには自分の世界に入り込んでいる霧お兄ちゃんと、珍しくツッコミ役になっている薫お兄ちゃんが教科エリアの中心に陣取っていた。


「夕焼け色に染まった放課後に、残された教師と教え子。二人の時間は背徳に、しかし誰にも遮ることのできない濃密で甘美な……」

「ハイハーイ! ストーップッ! ここはR18指定でーす。光ちゃんとは健全なお付き合いを心がけましょー」

 ……うん。聞かなかったことにしよう。


 このエリアもダメだと思った私は、最後に四階にある数学エリアへ足を運んだ。

 この四階には数学エリア以外にも技能教科である音楽や美術などの特別教室も設置されている。バレないように近づこうとすると、背後からポンっと肩に手を置かれた。

 この気配を完全に消すスキルを持っているのは……美術担当の紫お兄ちゃんだ。


「やあ、光。勉強は順調に進んでる?」

「〜〜〜っ!? もーー! ビックリするじゃない! 音もなく近づくのやめてよね!」

「忍んで来たのは光の方でしょ?」


 その声を聞き、気づいた他の兄たちもわらわらと近づいてくる。数学担当の春お兄ちゃんは、私が来るのをいまか今かと待ち構えていたみたいだ。


「ようやく来ましたね、光。さあ、正負の数の四則演算を再度練習しましょう」

「ずるいなぁ。僕の担当教科は今回のテストに含まれていないから、光に手取り足取り教えられないじゃないですか」


 春お兄ちゃんの言葉を聞き、紫お兄ちゃんが不満の声を漏らしたが、音楽担当の空お兄ちゃんは持ち前の自由な台詞を奏で、私の右腕を軽く引っ張る。


「別に教科にこだわらなくても、中学生の内容なら大体のことは教えられるからOKじゃね? さあ、光ちゃんっ! オレの腕の中へおいで♡」

「あー! 抜け駆けずるいっ! 光、オレとだったら効率よくタブレット学習やれるからお得だぞっ!」

「光、騒がしい奴らとでは集中できないだろうから、今からじっくり俺と一緒に勉強するか。場所は……道場にするか。そこだと静かな環境だから、よりはかどると思うぞ」

 技術担当の葵お兄ちゃんと体育担当の夕お兄ちゃんはそう言うと、私と空お兄ちゃんとの間に割り込んできた。


「もーーーー! 何でお兄ちゃんたちしかいないの!? 私は、他の先生から教えてもらいたかったのに!」


 私は非常に強い不満を口にするが、溺愛兄s'はさらにいけしゃあしゃあと正当な主張を重ねていく。


「言っておきますけど、今回僕たちがこの『質問期間』を受け持ったのは私利私欲のためではありません。テスト作成に携わってしまったら、光にあらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないことを防ぐためなんですよ? すべては光のためなのです」

「『テスト問題漏洩』なんてまったく持ってあり得ないが、我が愛する妹に変な噂を立てられてもよくないからな」

「というわけで、光の愛するお兄ちゃんがここにいることは全然問題ナシッ!」

「あるに決まってるでしょーっ! ってか、『光』って何!?」



 溺愛してくるのは、私じゃない!

 お兄ちゃんs'でしょーがっ!!

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