ホームルーム(後半):妹VSお兄ちゃんs'③

「…………はっ?」



 まったく予想もしていなかった出来事に、一瞬思考が止まる。

 他の兄弟も、口々に同じようなことを呟き、動揺しているように見えた。


「えっ?」

「な、何だ?」

「ほう。これはこれは……」

「だ、誰?」

「知ってる?」

「知らねーよ。お前は?」

「僕も初耳なんですが……」

「ってか、お、お兄ちゃん??」


 その場で立ち尽くし、中へ入ろうとしない俺たちを見て、その女の子は大きな瞳を向けたままきょとんとしている。


「お兄ちゃんたち、お家に入らないの?」

「あ、えっと…………」


 その女の子は俺たちの挙動を見て不思議そうに首を傾げていた。

 しかし、こちらはまだ事態が飲み込めず、脳内は混乱しっぱなし。

 お互いヒソヒソと耳打ちをしながら、情報整理にあたっていた。


「アイツ、隠し子なんていたっけ?」

「いや、“お兄ちゃん”って言っているくらいだから、新しい養子なのでは?」

「でも、女の子だぜ? 今までぜってー男しか取らねえって言ってたくせに」

「……ヤバい趣味にでも走ったか?」

「げっ……」

「マジかよ」

「それは勘弁願いたいですね」


 今まで、こんなに兄弟で話し合ったことなどあっただろうか、というくらい会話が飛び交う俺たち。

 そんな光景を見て、何か変なことを言ったのだろうかと不安になったのか、その女の子はきょろきょろと視線を動かし始めた。


「あ、あの……。お家に入らないの、ですか?」


 すると、俺たち兄弟の中で一番物腰柔らかい外面を作り出せる春が、女の子の目線に合わせて話せるように姿勢を下ろした。


「いえ、そんなことはありませんよ。とても可愛らしいお姫様が出迎えに来てくれたので、びっくりしただけです。僕は、『王番地 春』と言います。貴方のお名前は?」

 

 そんな春の言葉に、その女の子はぽっと頬を染めながら満面の笑顔を俺たちに向けてくれた。



「私、『王番地 光』って言います。今日、大旦那様からお兄ちゃんたちが帰ってくるって聞いて、凄く楽しみにしていたの。ずっと、お兄ちゃんたちに会いたかったから、とっても、とーっても嬉しいです。おかえりなさい、お兄ちゃん!」



『おかえりなさい』



 その一言が。その一言で。

 どれだけ、俺たちの暗闇を照らしてくれ、冷めた内面を温めてくれたことか。

 きっと、光にはわからないだろう。



 すでに兄弟の何人かは光からの言葉を浴びせられ、「ぐっ……」「ぐはっ!」と胸を抑えながら地面に崩れ落ちたていたが、俺も含めて全員が光に骨抜きにされたのは、その日の夜の余暇活動でのことだった。

 九人もの年の離れた兄たちに囲まれ、きゃっきゃ、きゃっきゃと大はしゃぎの光。

 よほど楽しみにしていたのか、俺たちに遊んでほしいアピールを繰り返す。

 しかし、小さい子の相手などしたこともなく、『お兄ちゃんと遊びたい』とせがまれても全員がオロオロ状態となっていた。

 とりあえず、その場しのぎでトランプでも、ということになったのだが――――




 あろうことか、全員が敗北。

 小さい子相手に本気を出すわけにはいかないと手を抜いていたつもりだったが、どれをやっても、何度やっても勝てない。

 終いには、俺たち兄弟全員がムキになり、本気になって勝負を挑んだが、大惨敗。

 最初は戦略的に有利にゲームを進めても、気づいた時にはその小さな手のひらでくるくると踊らされ、あっという間に終了へと導かれてしまう。



 何で、何で?

 どうして、勝てないんだ……?


 『負けた』という、初めての感覚。


 まったく知らない、感情の高まり。

 

 悔しい思いが、エネルギーへと変換される。


 もっと、もっと。次へ、次へとチャレンジしたい。




 できて当たり前の俺たちは、他者との競争で何一つ負けたことはなかった。


 だからだろうか。


 何を達成しても、世間から見てどんなに凄い賞を取ったとしても、特に内からこみ上げてくる感情など、何一つもなかった。


 だから、自分は、自分の心は。


 きっとどこかに捨てられたのだろうと、ずっと、ずっと、そう思ってきた。


 それが、アッサリと。


 硬い殻が破られ、内々に秘めていた感情がドバっと溢れ出てしまう。


 もう、止められない。



『妹』と出会ってから、俺たちは初めて勝ちたい相手、目指したい目標を持つことができた。


『妹』と出会ってから、活力ある生活、“生きている”実感も持つことができた。


『妹』と出会ってから、日常的な会話も、くだらない兄弟喧嘩も、俺たち兄弟は“普通の家族”を体験することができた。


 いつもいつも、満面の笑顔でにこにこと笑いかけてくる愛する『妹』。




 あの子が、俺たちを繋いでくれる唯一の“光”。




 だから、だから、守るんだ。

 光を覆い隠す、魑魅魍魎の世界から。

 大事な、大事な、『溺愛する妹』を――――――








「はい、詰み。終わりだよ〜」

「うえっ!? ウソだろッ!? 何手先まで読んでんだ!?」

「ねえ、お兄ちゃん。わたし、もう、ねむいんだけどぉ……。お部屋に戻っていい?」

「も、もう一回っ! 泣きの一手! お願いしますっ!」





 今日も、俺たちは『妹』に勝てない。

 


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