ニ限目(2-3)夏休み中でも、お兄ちゃんでいっぱい!?
スマホの画面を見ながら、深く、大きなため息をつく。
しょうがないから、もう一人で花火を楽しもう。
そう思い、と観覧席へ足を向けようとすると、人混みの中から非常に大きな歓声が上がった。眼前に迫りくる、眉目秀麗の九人の集団。
げっ、まさか……。
「あー! ようやく見つけたっ! お待たせ、光ちゃぁーーん♡」
「葵、スマホの位置情報ズレているんじゃないですか?」
「おっかしーな? 事前に入れたGPSアプリはちゃんとチェックしたはずなんだけど」
「まったく。この人混みで、光を見失ったらどうしようかと思ったぞ」
いつもの聞き慣れた、賑やかな声。全員が、浴衣姿だ。九人全員のその気品さと艶やかさを兼ね備えた出で立ちは、妹の私が見てもクラクラしてしまう。
周囲の人たちはその色っぽさに完全にやられているようだったが、九人の兄たちはそんな光景に目もくれず、真っ直ぐに私の姿を見つけて満面の笑みで近づいてきた。
「光、大丈夫か? 変な輩に絡まれたりしなかったか?」
「光りん、浴衣姿も可愛いねっ! お兄ちゃん、メロメロ」
「僕ならもっと、光に合う配色のものを選びますけどね。光も事前に言ってくれれば、いろいろな浴衣を買ってあげられたのに」
「あどけなさと大人っぽさの狭間の中で揺れ動く、秘めた兄への恋心。浴衣仕草の一つ一つが、夏の艶めきを彩らせ……」
「霧、妄想は口に出すなよ。あっ、光ちゃん! 夜店どっから行って見る?」
「もーーーーっ! 何でお兄ちゃんたちが、ここにいるわけ!?」
何で、ここにいることがわかったんだろう。驚きの質問をぶつけても、まったく答えようとせずに私の手を引いてスタスタと歩き出そうとする兄たち。
怒った私は、引かれた手をパッと離して立ち止まった。
「〜〜っ! 私は今日ここで約束があるのっ! お兄ちゃんたちとは行かないから!」
「それって、
「だから、僕たちが光に伝えに来たってわけ。おかしくないでしょ?」
明お兄ちゃんと紫お兄ちゃんが、さらりと重要な情報を流してくる。
「えっ? そ、そうなの? でも、じゃあ何でスマホに連絡くれなかったんだろ……」
「さっき会った時は何か凄く急いでいたみたいだから、きっと直接言いに来るヒマもなかったんじゃねーかな」
「中学生とは案外忙しいものだからな。確か、彼は運動部を掛け持ちしてたんじゃないか。……ん? スマホがどうかしたのか?」
「ふえっ! ううん、何でもないっ! そっ、そっかぁー。わざわざ言いに来てくれて、あ、ありがとぉー」
葵お兄ちゃんと怜お兄ちゃんが、さらに補足説明をしてくれていたが、こちらは危うく失言しかけたことに心臓がバクバクになっていた。
まずいまずい。連絡先をこっそり教えたなんてバレたら、“ペナルティ”を受けることは目に見えてる。バレるわけにはいかない。
でも、そっか。私は家庭科部しか入ってないから、運動部の忙しさは思っていた以上だったのか。はぁ。
「そんなわけで、代わりに僕たちがこの花火大会に参加したというわけでーす」
「光。友だち同士で出かけるのは構わないが、夜の時間は兄としても、教師としても推奨しないな」
「そっそー! 一人ならなおさら危険。光ちゃん、お兄ちゃんのそばから離れちゃダメだからね♡」
「そういうことだから、観念してね。My sweet honey!」
春お兄ちゃんと夕お兄ちゃん、空お兄ちゃんと薫お兄ちゃんからお説教じみた有無を言わさぬ台詞を次々に告げられ、私は口を挟むことすら出来なかった。
……はぁぁぁー。やっぱり、今回もお兄ちゃんs'溺愛ゾーンから抜け出せないのか。
仕方ない。
でもまあ、昔から続くこの暑苦しくも、くすぐったい気持ちの波に揺られることは、実はそんなに嫌いではない。
結局、私もこの空間が居心地良いことは十分承知している。
そんなわけで、中学生初めての花火大会は、いつものように溺愛してくる兄たちと一緒に観覧することになったのだった。
「ったく。油断も隙もないな、最近の中学生は」
「怜が気づかなければ、危ないところでしたね。その男子生徒は、光にもう変なちょっかいを出さないでしょうね?」
「たまたま俺の知り合いでプロチームのコーチをしている奴が、たまたま部活で練習している姿を見て筋が良いと、たまたま今日から始まる特別夏合宿参加に声をかけた……という筋書きだ。まあ、彼もそんな風に声をかけられたら、恋愛よりは部活の方に夢中になるだろう。それより葵、光のスマホから連絡先は全て消去したんだろうな?」
「当然消去。相手に入ってたのも消させたし、ブロック機能もかけた」
「ってか、光ちゃんの連絡先をゲットするには、オレたち九人全員の事前許可が必要だってかなり強く周知してたはずなんだけどな。チッ、まだ足りなかったか」
「やはり、もう一度指導を入れるべきでしょうね。それと、光にも指導を。これから、“上書き”はすることにして、あっ、あとは残りの夏休みに少しキツめのペナルティも入れることにしましょうか。まあ、僕たちにとっては“ご褒美”ですが」
「というか、そもそも今回の原因は、光りんお手製のお菓子を食べたことだよね? ぜってー許さん。光りんの手作りを食べていいのは、俺たちだけの特権だったのに!」
「二学期になったら、小林先生に家庭科部での活動内容について、調理に関するものは止めてもらうよう進言しましょう。食中毒の危険性は除去出来ないとか何とか理由をつけて。やはり、光(の作ったもの)を食べていいのは、僕たちだけですからね」
「カッコ内を抜かすとよろしくない言葉になるのだが……。まあ、否定はしない」
――お兄ちゃんs'の不穏な会話に気づくことなく。
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