一限目(1-4)新入生部活動勧誘に、お兄ちゃんがいっぱい!?

「も、もしかして、一央いおちゃんと、二央におくん? ええっ!? な、何でここにいるの!?」

「あら、光お姉様はご存じなかったのですか? わたくしと二央は、この四月から篠花学園の中等部一年生として入学しましたの」

「へへっ! 光ちゃん、久っしぶり~! 元気だった?」


 家庭科室に勢いよく入って来たのは、『梅野俣うめのまた家』双子の姉弟。

 王番地家の遠縁にあたり、代々外交官を輩出することが多く、王番地家が経営する事業では主に海外事業部門を任されている――と、前に薫お兄ちゃんから教えてもらった。

 だから、双子の姉弟も日本滞在よりもアメリカやヨーロッパの国々で過ごす方が長かったと聞いている。

 私も二人と会うのは王番地家主催のイベントくらいだったと記憶しているが、確かに昔は会えば一緒に遊んでいた気がする。

 とは言っても、私自身がそういった催し物への参加をほとんど許されていなかったから、関われた回数は少ないのだけれど。

 でも久しぶりに再会したけど、雰囲気は昔の記憶と全然変わってないなぁ。


「そうだったんだね。ごめんね。すぐに思い出せなくて。でも、二人がこの学園に入学してたなんて、私全然知らなかったよ」

「あら? 薫お兄様からは聞いていらっしゃらなかったのですか? 他のお兄様達へも事前にお伝えしていたのですけど」

「……えっ? そ、そうだったの?」

「うん。僕も、葵兄様にはビデオ通話アプリを使って海外むこうにいる時に教えておいたんだけどな〜。もしかしたら、光ちゃんをビックリさせるために黙っていたのかもね! それはそうと、ここが『家庭科部』の部室? 何か、普通の家庭科室みたいだけれど、光ちゃんは部長なの?」


 そう言うと、二央くんは閑散した家庭科室全体をきょろきょろと見渡した。

 もっと部室的な所をイメージしていたのかもしれないが、家庭科室は普段は授業で使っているため、部室として使えるわけではない。間借り状態のため、特に家庭科部専用の物が置いているわけでもないのだ。


「う、うん。ここは普通の家庭科室だよ。活動する時だけ使用許可を貰っているんだ。あと、別に部長ってわけじゃないんだけど、私一人だけだから、全部自分で準備してるの」

「大変ですわね、お姉様。でも、凄いですわ。お一人で全ての活動を企画して実施しているなんて。やはり『王番地本家』ともなれば、それくらいのことが出来て当然ですからね」

「べ、別に大したことはしていないよ。それに、私は本家とか関係ないから……。それより、一央ちゃん。その『お姉様』って呼び方はちょっと恥ずかしいんだけど……」

「あら? わたくしは事実を申し上げているだけですわ。だいたい、二央も光お姉様を『ちゃん』付けで呼ぶなんて失礼に当たると思うのですけれど?」

「え〜? でも、『ちゃん』付けだと親しみがあるっていうか、可愛いじゃん? ね、光ちゃん?」

「ええっ……? か、可愛いだなんて……。で、でも、出来れば学校では『先輩』とか、別の呼び方がいいかな。やっぱり、恥ずかしいし」

「そうですの? まあ、お姉様がそう言うなら。では、わたくしも今日から『光先輩』と呼ばせていただきますわ」


 すっかり、二人のペースに飲み込まれ、たじたじな私。

 そう言えば、昔からこの二人はぐいぐいと来る感じだったなぁ。

 そんな過去のエピソードに思いを馳せていると、二央くんが調理実習台の上に置いてある二種類のマフィンを手にとって珍しそうに眺めだした。


「ねえねえ。これ、光ちゃんが作ったの?」

「えっ? あっ、そのマフィンのこと? うん、そうなの。本当は家庭科部は調理NGなんだけど、今回だけは顧問の小林先生から特別に許可を貰って新入生用に作ったんだ。心を込めて作ったんだけど、張り切り過ぎちゃって十二個もあるんだよね。でも、結局誰も仮入部に来なかったからどうしようかなぁ〜って悩んでいるの」

「凄いですわね。こんなにたくさん作れるだなんて。さすがは光お姉様、いえ、光先輩ですわ」

「そ、そんなことないよ。あっ、良ければ二人とも食べない? いくつでも持っていっていいよ」

「いいの? やったぁー! じゃあ、僕はこのチョコ味とバナナ味の二つ貰っちゃおっと」

「わたくしは抹茶マフィンを一つ頂きますわ。本日のお茶菓子用にちょうど良さそうですもの」


 私が用意したのは、チョコマフィンとバナナマフィン、そして抹茶マフィンの三種類。全て自宅で作っていたものだ。

 『家庭科部では調理物は禁止のはずだろ!?』とか、『愛する兄を差し置いて、見ず知らずの奴に手作りを食べさせるのか!?』とか、家での煩〜いお小言を掻い潜って作った渾身の一品。

 このまま誰にも食べてもらえないのは寂しかったから、二人に持って行って貰えるのは非常にありがたい。

 後で教務室に寄って、小林先生にも一つマフィンを渡してこよう。残りは、自分用のおやつとして冷凍しておこうかな。

 今回の件で何度も“いろいろと”邪魔してきた溺愛兄s’のお腹の中には、入れてあげないんだからねっ!


「あっ、でも僕はメインはパソコン部に入る予定だから、家庭科部は副所属になっちゃうんだけど、いいかな?」

「わたくしもテニス部への入部を考えているので、大会前などは家庭科部へ来られる回数が減ってしまうかもしれませんが、それでもよろしくて?」


 私の作ったマフィンを鞄の中にしまいながら、二央くんと一央ちゃんは家庭科室から出て行く前に申し訳なさそうにお伺いを立ててきたが、私はぶんぶんと大きく横に首を振った。

 だって、副所属でも新入生が一人でも入部してくれれば家庭科部は存続できると小林先生は言っていたから、どんな形でも凄くありがたい!


「全然っ、大丈夫だよ! とっても嬉しい! 二人とも、本当にありがとう〜!」


 やったぁーーーー! 

 これで、何とか家庭科部を存続できる!

 私は、二人の手をぎゅっと握り、何度も頭を下げた。





 その日の帰り道、あの二人がどんな会話をしていたかも気づかずに。





「ふ〜ん。『心を込めて作った手作りマフィン』ねぇ……」

「ばっかじゃないの。こんなの誰が食べるのかしらら?」


 ――――ポトリ。グシャ。


 地面に落とされたマフィンは、さらに靴の重みによって無惨にも崩れ落ちる。


「ほんっと、“あんなの”がお兄様たちの側にいるなんて、あり得ないわ」

「だよな〜。早く王番地家から追い出せばいいのに。ってか、この間そんな話してたんじゃなかったっけ?」

「そのはずだったのに、何故かお兄様たちまで王番地家のお屋敷を出てしまったらしいの。許せないわ。お兄様たちの側にいる資格があるのは選ばれし者だけなのに、何故あんな何の取り柄もない者が側にいるのかしら」

「僕たちの方がふさわしいはずなのにね〜」

「まったくね。お兄様たちの側にいるのは“あんなの”じゃない。わたくしたちをおいて他にいないわ。絶対に、お兄様たちから切り離してやるんだから!」



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