四限目(4-3)三者面談でさえも、お兄ちゃんがいっぱい!?

 バタバタと大きな足音が九つ、廊下の奥へと消えていき、教室内はようやく静けさを取り戻した。



「ふふっ。普段はとてもクールに授業をこなしているのに、あなたの前ではお兄様たちも、たじたじなのね」

 開けっ放しのままの教室の扉を見ながら、小林先生はクスクスと笑い声を上げる。

 普段の学校の様子からはまったく想像できない溺愛兄s'の姿を見られて、私は恥ずかしさでいっぱいになった。


「もう……。ご迷惑をおかけします」

「いいのよ。私も、あなたの楽しそうな表情が見れて嬉しいわ。光さん、入学してから結構しかめっ面なことが多かったから」

「ええっ!? わ、私そんな変な顔してましたか? いや、そうじゃなくて、別に楽しくありません! お兄ちゃんたち……いえ、兄たちに毎回毎回付きまとわれて迷惑しているんですっ!」

「ふふふっ。そんなに否定しなくてもいいのに。年頃の女の子だから照れくささもあるんだろうけど、素直に表情に出せることは良いことだわ。それにほら、そんなに強く否定するとお兄さんたちがまた暴走しちゃうわよ?」

「ううう〜〜」

 そんな軽い雑談をした後、小林先生は持っていた一学期振り返りプリントを机の上に広げた。


「中間テストは少し残念な結果だったけど、期末テストは学年平均より高かったから、努力の結果が少しずつ出てきているわね。小テストも毎回合格しているし、課題プリントの提出も期限を守れているから、真面目にコツコツやるところが光さんの良いところね。もちろん、班活動や委員会活動も忘れずに取り組んでいるところも良いところだと思うわ。後は、そうねぇ……。もっといろんな場面で“自分“を出してもいいのよ? 体育文化祭の時は、光さん一人で企画して周りにも積極的に働きかけてくれたじゃない。あんなふうに、普段からももっと自分で動いてみたらどうかしら。少し、消極的なところがあるようだからね」

 流石は、担任の先生。生徒一人ひとりのことをよく見て、その内情も掴んでいる。

「そう、ですね……。自分でも、もっと積極的になりたいとは思っているんですが……」

「……お兄さんたちに遠慮してるとか?」

「いえっ! お兄ちゃん、兄たちは関係ないです。甘やかし過ぎなのはアレですけど、授業では他の子たちと分け隔てなく接してくれますし」

 そう。あんな兄たちだが、学校の中で周囲の目がある時は妹の立場も考えて、依怙贔屓えこひいきするといった行動は見せていない。普通の距離感で関わってくれている。

 だから、私も今まで特に嫉妬じみた態度を取られることもなく、平穏な学校生活を送れている。


 ……地味すぎて、周りから抜け落ちているだけの気もするが。


 でも、とにかく、消極的な行動は兄たちのせいではない。自分自身の問題なのだ。


 体育文化祭の時は自分一人で頑張って企画したが、あれは結局兄たちから邪魔されないための苦肉の策だ。

 止むに止まれずといった経緯からきたもので、自分から『こうしたい』といった主体的な活動とは言えないだろう。

 そもそも、自分が前に出て、それこそ主役となって立ち回ることなど考えたこともない。



 ユルサナイ。

 オマエニ、ナニガワカル。

 ヒカゲモノハ、カクレテダマッテイレバイイ。



 頭の中で、過去の言葉が蘇る。

 何度も、何度も、呪いのように繰り返された言葉。

 今になって、また思い出すなんて――




「これからは総合の学習の時間とかで自分の将来のこととか、少しずつ進路学習のようなこともやっていくし、自分で積極的にやりたいことが考えられるように少しずつ自分を出していきましょうね。じゃあ、今回の面談はこれで終わり。気をつけて帰ってね」

「……はい。ありがとうございました」

 私は小林先生に軽く頭を下げると、やや重い足取りで帰路へと向かって行った。



 ――やりたいこと。自分の進路。



 入学式の時は、いろんなことにチャレンジしたいと思っていたが、今は、何も思いつかない。

 でも、無理やりにでも捻り出さなきゃいけないことはわかっている。

 小林先生から『自分の将来のこと』と言われた瞬間、私にはそれは遠い未来の話ではなく、現実的な時間の流れを感じさせるものになっていた。







 だって、おそらく私は、中学卒業と同時に、この王番地家から出ていくことになるはずだから。

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