五限目(5-3)ラーケーションにも、お兄ちゃんたちがいっぱい!?

 あまりに賑やかで、ペンション中に響き渡る声。

 何事かと、奥の方で作業をしていたオーナー夫妻も慌てて玄関まで駆け寄ってきた。


「光ちゃん、いったいどうしたんだい……あっ! これは、これは、王番地お坊ちゃま方ではありませんか! ようこそお越しくださいました」

「お久しぶりです。オーナーも、奥様もお元気そうで」

「まあまあ。本当にお久しぶりでございますね。皆様、たいそうご立派になられて……」

「お二人もお変わりなさそうで。この度は、妹の光がお世話になっております」


 先ほどとは打って変わり、『外面星人』と化した溺愛兄s'。

 以前にも来たことがあるようで、オーナー夫妻と昔話に花を咲かせていた。


「……というわけですので、予定より一日早いですが、光を迎えに来ました」

「せっかく無理を言ってお願いしたのに、申し訳ありません。次回は、ゆっくり時間を取って利用させてもらいますね」


 そう言って私の両側に立ち、肩にポンと手を乗せる霧お兄ちゃんと春お兄ちゃん。



 …………ん?

 ちょっと、待って。

 今、何か、おかしなこと言ってなかった?



「ちょ、ちょっと霧お兄ちゃん、春お兄ちゃん。迎えって何? 私、まだ明日までラーケーションが残って……」

「光、荷物はこれだけでいいか? 忘れ物がないようにしないとな」

「このコート、ちょっと生地が薄手だね〜。こんな山奥だと風邪引いちゃうかも。オレが、もふもふの新しいファーコート買ってあげる!」

「あっ、どうせだったら、土産屋も見てこーぜ。光、この辺来るの初めてだろ? 駅前に良さげな雑貨屋もあったし、一緒に行こうぜ」

 従業員用の部屋から、私の荷物をひょいと担いで出てくる夕お兄ちゃんと、上着類を手に持ちながらショッピングのお誘いまでしてくる薫お兄ちゃんと葵お兄ちゃん。



 いや、だから、何で帰り支度をしているわけ?

 私、まだ帰らないよ?

 将来のこともあるから、お兄ちゃんたちと離れて一人でじっくり考えたいのに……。



「光、手伝い頑張ったな。大変だったろう?」

「かなり疲れたんじゃない? せっかくだから、うちの関連会社が経営する旅館にでも寄って、ゆっくりしていこうか」

「それ、ナイス! 露天風呂付きの部屋取ってもらおーか。光ちゃん、オレたちと温泉に入って癒されよーね♡」

 ねぎらいの言葉をかけながら、私の頭を優しく撫でてくれる怜お兄ちゃんと、温泉への誘惑に駆り立てようとする紫お兄ちゃんと空お兄ちゃん。



 っていうか、この歳でお兄ちゃんたちと一緒に入るわけないでしょーがっ!



 ……でも、何で。何で? こんなに、私を甘やかすの?

 優しく、しないで。一人で頑張れなくなっちゃうじゃない。



 お兄ちゃんたちと、離れたくなくなっちゃうじゃない。




「もうお戻りとは、残念ですねぇ……。お坊ちゃま方にも、ここのペンションで過ごしていただきたかったのですが。ようやく、今年になってお客様も戻りつつあるので、またぜひいらしてくださいね」

「ええ、ええ。お坊ちゃま方に来ていただけると、ここも一層華やぎますからねぇ〜」

 そう言って、ペコペコと頭を大きく下げるオーナ夫妻。

 一族の中心にいるお兄ちゃんたちに接する態度は、私の時と違って恐縮しっぱしに見える。

 そう言えば、ここ数年は世界中で大流行した感染症の影響で、この界隈の宿泊施設はどこも危機的状況に陥っていると、オーナーがぼやいていたのを小耳に挟んだっけ。

 でも、お客様が戻りつつあるなら、このペンションはまだ大丈夫ってことだよね。

 やっぱり、さっき考えた中学卒業後の住み込みバイトの件、お願いしてみようかな……。



「あ、あの、私っ! またぜひここでお手伝いしたいと思いますし、もしよければ住み込みで……」


 そう言った瞬間、オーナー夫妻の後ろに一本の照らし出された道が現れたかと思うと、途中でぷつりと切れているのが見えた。

 黒く、塗りつぶされた、真っ暗な暗闇。

 あっ、これは…………



「あっ、あっ…………」

「光。無理に“見る”必要はないよ。大丈夫」

 ふっと、温かい大きな手が、私の両眼を覆い隠す。

 私の緊張度を察し、いつも助けてくれる明お兄ちゃんの、優しい手。



「光。俺が、俺たちが、守るから」





 こうして、途中で終了した初めてのラーケーション。

 実際の仕事の世界で学びを体験する良い機会となったと同時に、将来への道筋はまだ真っ白い雪のように、高く、深く、埋もれたままになっていた。

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