三限目(3-2)体育文化祭にも、お兄ちゃんがいっぱい!?
そして、いよいよ体育文化祭の当日。
午前中の体育祭では、定番のリレーや綱引き、騎馬戦といったものだけではなく、生徒自身がアイディアを出し、校内アンケートフォームで投票の多かった面白みあふれる種目も行われることになった。
旗揚げリレーや段ボール積み重ねリレー、謎解き徒競走など運動能力だけではなく、運や知識が求められる種目も織り交ぜ、どの生徒も積極的に参加できるような構成になっていた。
その中でも、今年の一番と言ってもいい目玉企画か、『専門教科対抗☆生徒教員混合リレー』だ。
教員は全員参加となっており、各教科のチームに振り分けられる。
生徒は希望制の参加となり、その中で男女比や校内体力テストの短距離走記録を参考に各チーム均等に振り分けられる。一チームの決められた人数を超えなければ、希望するところに入ることが可能だ。
対抗リレーに参加しない生徒はそれぞれ希望する教科チームの応援係となるが、その応援にも『応援賞』や『エンタメ賞』が設けられているため、チーム独自の衣装を身にまとうなど、かなりの気合が入っていた。
体育祭が行われている第一グラウンドは、篠花学園内で最も広いグラウンドだ。
一周四百メートルを取れるほどの広さのため、陸上競技場のように九レーンを設置することも可能とのこと。
その外周を大勢の応援団や保護者が囲んで声援を送るため、相当な盛り上がりになることが予想された。
そして今年、各チームのアンカーを務めるのが、我がお兄ちゃんs'こと、『九人の王番地先生』だ。
体育祭開催一週間前に発表されたこのニュースは学園中の話題となり、全校生徒及び保護者までもが、“推しの先生”を応援するためにネームタオルやファンサうちわを作ってくる熱の入れようだった。
ただ、当の本人たちは最初は乗り気ではなかったらしい。
理由は、
『生徒が主役の体育祭に、しかも一番盛り上がる対抗リレーのアンカーを教員が担うのはいかがなものか』と。
ただし、これは表向きの回答。
本音は、
『体育祭は教員としてではなく、“保護者”として、思う存分溺愛する妹を応援したいっ!』だ。
その溺愛兄s'の邪な思いが読めた私は、この一週間、毎日毎日、ほんとーーに、毎日毎日、『本気で走る“カッコいい”お兄ちゃんたちを見てみたい!』だの、『当日力いっぱい走れるように、気合い入れてお弁当を作るね!』だの、期待度を最大限に込めた呪文を唱え続け、溺愛兄s'を何とか乗り気にさせたのだった。
……危なかった。
溺愛兄s'全員に、思いっきり興奮状態で応援されるなんて、たまったもんじゃない。
そんなことになったら、恥ずかしいやら、周囲の嫉妬めいた痛い視線にさらされるやらで、私の『平穏な』中学校生活が脅かされるに決まっている。
まったく、もう。
ちなみに、私はこの対抗リレーに関してはどこのチームにも所属せず、運営委員会の手伝いとして『ゴールテープ係』を担当することになった。
特定のチームの応援に入ると、また兄弟間で無用なバトルが始まることは目に見えていたからだ。
「……完全に光ちゃんの思惑に乗せられたよな〜オレたち(手のひらに乗せられるのも、実は嫌いじゃないんだよなぁ)」
「お、俺は別に乗せられたわけでは。体育教師として全力を尽すまでであって……(だが、光に格好いいところは見せたい)」
「まったく。全力で走るなんて生まれてこの方、経験ないんですけど(でも、引き下がるわけにはいかない!)」
「だっよなー。まあ、光の愛情と弁当を条件に出されちゃ受けて立つしかないよなー(まあ、誰にも負ける気はさらさらねーけど)」
ぼやきながらも待機地点で準備運動を念入りに行う実技四教科担当兄s'に対し、主要五教科担当兄s'も負けずにウォーミングアップを行っている。
「兄弟でのガチレースなんて、初めてですね(他の八人に勝てば、光からの羨望の眼差しを独り占めできる!)」
「あまり本気にはなりたくないが、光が見ているので無様な走りはできないな(この俺が、光の目の前で負けるなどありえない)」
「いや〜、日本の運動会って
「光りんへの上書き保存、またできるかなぁ(何なら、俺の姿だけで埋め尽くしたい!)」
「光への想いの深さとリレーでの走りの本気度は比例するか否か、ですね(もちろん、答えはわかりきっていますが)」
ちょっと、お兄ちゃんたち。セリフが全部聞こえているんですけど。
何なら、声に出していないセリフまで読み取れるんですけど。
……何だろう。焚き付け過ぎちゃったかな。
外へだだ漏れ出している溺愛兄s'の思考を読み取り、やり過ぎたかと少し不安になっていると、一瞬の静寂が辺りを包み、視線が空一点へと集中する。
パンッ!
乾いた音が鳴り響くと、かつてないほど内外部からの異常な熱気を帯びた、篠花学園体育祭対抗リレーが開始された。
大きな歓声の中、いずれの走者も拮抗した走りを見せ、体育科チームが後半でややバトンの受け渡しでもたついた以外は、ほぼ接戦だ。
「これ、最後までもつれるんじゃない!?」
「ってことは、アンカー対決かっ! やべっ! テンション上がる!」
「きゃあぁぁーー! いよいよだわ! 王番地先生頑張ってーー!」
ついに、最終走者『九人の王番地先生』の登場だ。
横並びの状態のまま、ほぼ同時に全員が最後のバトンを受け取り、同じリズムで颯爽と、苛烈に走り出す。
「――っだ! 負けっかよっ!」
「それは、こっちのセリフだっ!」
「……くっ! 諦めない、ない!」
「絶対に、勝つっ!」
「やられてなるものか!」
「コース取りが甘いっ!」
「はぁぁー!? 進路妨害してんじゃねーよっ!」
「うるさいですね! 集中、したいんですけど!」
「クソッ! 光の下へ、先に行くのは……俺だっ!!」
見たこともない、兄たちの本気の走り。
風を、空気を切るように、飛んで駆け抜ける。
一直線に前を向き、必死な瞳で、力強く走り続ける。
まるで、世界で私しか見えないかのように。
ラストの直線コースに、全員の兄たちが並び走る。その視線はゴールテープではなく、間違いなく私に向けられていた。
周囲は大歓声に包まれているはずなのに、私は兄たちの強い視線に絡め取られ、外部刺激が耳からまったく入らない状態になっていた。
「ゴーールッ! 全員、同着フィニッシュッ! 」
「きゃあーー!! 凄いっ! 凄いっ!」
「何だあの走りっ!? マジですげぇ!」
「なんて素晴らしいリレーなんでしょう! 感動ものですわ!」
はっと気がつくと、放送委員会の実況がレースの終わりを大きく奏で、周りから盛大な拍手と称賛が響き渡る。
ゴール地点に倒れ込む兄たちを、各チームの生徒や教員、保護者までもが取り囲み、喜びを爆発させていた。
その光景を、私は一人ポツンと眺め見る。
――頬の周りが、赤く、熱に染まるのを感じながら。
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