第29話 爆破阻止⑩~パスワード~

 レインの祖母は言った。

 善行とは、巡り巡って己に返ってくるものだと。

 落下するシャンデリアに押しつぶされる瞬間、死を覚悟すれば横から突然腕を掴まれた。

 後は力づくで引きずり出され、間一髪で死を回避できた。

 これまた第一ゲームでアレルを助けた善行が巡り巡ってレインに返ってきたのだろう。

「本当に助かりました」

 レインは自分を助けてくれた中年男性モータルにお礼を言う。

 見た目は父親より少し下ぐらいか、頭髪少な目、腹も控えめ。頭髪もっさりおなかたっぷりの父親とまったく逆だ。

 見慣れた目つきからして、会社では部長クラスだろうと女の勘が囁く。

 加えてモータルは、スタート前の会議で熱にほだされることなく距離をとっていた一人ときた。

「い、いや咄嗟のことで身体が動いただけだ」

 モータルは見かけに反して常に一歩引いた紳士的な態度で接してくる。

 距離感を感じるやりとりであるも、悪い気はしない。

「腕は、大丈夫かね? 咄嗟のことで思いっきり引っ張ったのだが?」

「あ、大丈夫ですよ。アザとかできてても気にしないでください。シャンデリアでぺちゃんこと比較すればかすり傷ですから」

 レインは右肩を回しては元気ですとアピールする。

「きみも災難だったな。ゾンビに襲われるなんて」

 情報共有は大事だとモータルには地下での出来事を打ち明けてある。

 ゾンビ一人を地下に閉じこめたため、危険性は三人から二人に減った。

「もしかしてだが、きみが言っていた銃声のない銃、水中銃かもしれないな」

「スイチュウジュウ?」

 聞き慣れぬ単語にレインは小首を傾げるしかない。

「文字通り水の中で使う銃だよ。この拳銃みたいに撃鉄の火花で弾を撃ち出すのではなく、電圧やバネなどで弾を撃ち出す、そうだな原理は弓矢とかボウガンに近い」

 イメージがつくためレインは銃声ない銃の正体を理解できた。

「あ、なら鉛筆みたいな太い串が弾か!」

 合点は行くようにレインは顔を輝かせる。

 先端は鋭く、硬いのならば弾として殺傷力は高い。

 一方で仕様用途が見えなかった。

「水の中は陸と違って水の抵抗が大きいんだ」

「ああ、分かります。プールの中ってなんか動きににくいんですよね」

「水中で銃を撃とうと、火花が出ず弾が飛ばないことがある。仮に飛んだとしても水抵抗が邪魔となって一メートルも飛ばないんだ。それを解決するのが水中銃なんだ」

「確かにあの串、軽かったし尖ってたから水の抵抗あっても飛びますね」

 詳しいなとレインはモータルの知識に感心した。

「水中銃は鮫対策や軍隊の水中任務で開発されたとされている。本来なら金属を弾にするのだがこのデスゲームでは音を減らすため軽い資材に変更したのだろう」

「お~!」

「あんまり感心しないでくれ。これは単に若い頃、スキューバーダイビングした時に聞かされたうちんちくだよ」

 歳不相応にモータルは照れくさく返す。

 知識は大事だ。まさか銃声のない銃の正体を言い当てる人物と当たるのは幸運だとレインは内で拳を握りしめる。

「そうだ。きみに一つ聞きたいことが……」

 モータルが意を決するように別の話を聞りだした時、館内放送が響く。

『生き残ったサバイバーの皆様にご報告です』

 体感的にゲームが開始して間もないはずだ。

 追加イベントか何かかと誰もが身構える。

『ただいまよりデッドエンドミッションを開始します。繰り返します。ただいまよりデッドエンドミッションを開始します』

「はぁ! デッドエンドミッション! なんで! アレルの奴、なんかしたの!」

 当人不在の中、レインは人目もはばからず叫ぶ。

「いやいや、アレル、くんがしたとは限らないだろう」

 モータルは困惑しながらもレインをたしなめる。

「そうかもしれませんけど、今度は何が来るの! 前回はめかわんこだったから今度はめかゾンビでも来るの!」

 身を持って体感したからこそレインは身を染みて知っている。

 広大な森と違って閉鎖された洋館だからこそ巻き込まれる確率は高い。

『次ゲームに進みたければ爆弾を解除してください。解除できれば、ですが』

 館内放送が終了と同時、エントランス方面の床板が破砕音と共に間欠泉の如く吹き上がる。

 音源へと視線を向ければ、全身を凍結させたゾンビが穿たれた穴より這い出てきた。

「まさかあのゾンビ!」

 まとわりつく結露からレインが冷蔵室に閉じこめたゾンビで間違いない。

 ゾンビの両腕が震える。枯れた声帯が声なき叫びで唇を揺らす。枯れ木の如く細い腕が巨木に巻き付く蔓のように肥大化していく。

 やせ細った身体に不釣り合いなマッチョな拳と腕。

 チキンレッグと呼ばれる上半身ばかり鍛えて下半身がやせ細った筋トレ初心者に多い姿。

 ゾンビは近場にある壁に右手指を添えて動かした。

 まるで紙切れも引き裂くかのように易々と破砕する。

 そして運悪く室内にいたサバイバーの一人の頭部を掴めば、トマトのように握り潰した。

「走れるか!」

「もちろん!」

 倒してはならないゾンビが真っ正面から殺しにきた。

 それも銃ではなく、腕力にものを言わせて物理的に潰さんとしている。

「一人があれなら他のゾンビも同じはずだ!」

「閉じこめた意味なんてないじゃないの!」

 レインの後方より銃声と悲鳴、そして圧搾音が無情にも響く。

 ただ音は足音だけになるのに時間などかからなかった。

 足音は一定のリズムを刻みながら距離を縮めてきた。

「くっ、やはりこっちを狙ってくるか!」

「冷蔵庫に入れたくらいで殺しに来ない出よ!」

 モータルは歳の割にレインに遅れることなく階段を駆け上っている。

「ああもうまた走るなんてデッドエンドミッションとか考えた人、性格悪いでしょう!」

 泣き言を吐き出そうと状況は好転せずともレインは出さずにはいられない。

「爆弾を解除すればゲームクリアだが問題はどこに爆弾があるかだ!」

「パスワードだって見つけないといけないのに!」

 どこの誰かが爆弾とパスワード、両方を見つけていてくれればと淡い期待はデスゲームで無駄なこと。

 当てにするだけ腹が立つとあるように自ら行動して手に入れなければ他力本願の先にあるのは死というゲームオーバーである。

「ひいいいい出たああああああっ!」

 階段を無事駆け上がり、二階にたどり着いたと同時、すぐ横の壁が爆弾の爆発音と誤認するほどの爆音で崩れ落ちる。

 舞い上がるホコリと破片の影より現れるは筋肉悪魔のゾンビ。

 その足下を見れば貫通痕あり、階段を登るのではなく天井と床をぶち抜く形でレイン達に追いついた。

「くっ!」

 モータルが咄嗟に構えた拳銃の引き金を引く。

 銃弾はゾンビの頭部に命中しようと、すでに死んでいるため意味がない。だが上半身が肥大化したことで全体バランスが崩れており、着弾の衝動で後方によろけてしまう。

 倒れることはなかろうと離脱する間は生まれた。

「行くぞ!」

 モータルの人を動かす言葉にレインは頷くより先に走り出していた。

「おじさん、弾は!」

「残り三発、大丈夫だ!」

「私はまだ六発あるから行けるわ!」

 咄嗟に確認を入れると同時、自身の残弾を打ち明けるレイン。

 残弾を惜しめば至るのは死。撃つタイミングを見失わなければ活路はある。

「きみと一緒にいた相棒はよっぽど生き残る術に長けているようだな!」

「まあね!」

 この状況だろうと誉められて喜んでしまうのが人間の性。

 ほんの数分前まで、その相棒に責任転換していたのをレインはとうに忘れていた。

「あの筋肉ゾンビ、おじさんが撃った時、身体が倒れかけてた!」

「だが身体のバランスが悪いだけであの手に捕まれたら一貫の終わりだ!」

 倒すのは容易い。体幹バランスの悪さを突いて、うつ伏せに倒せばいい。そして背面にある端末を拳銃で撃ち抜けばいい。

 だができない。やればゾンビ一人の機能停止で爆破までのタイムリミットが一時間減少する。

「倒す方法を閃こうと倒してはいけないのが歯がゆい!」

「もうどこにあるのよ、爆弾とパスワード!」

 走りながらレインは愚痴をこぼすしかない。

 一方で思い出せ。思い出せと記憶領域をフル稼働させる。

 第一ゲームでは急がば回れと念押ししてきた。

 ならば第二ゲームもまた事前のルール説明においてヒントが仕込まれているはずだ。

「でもヒントなんてどこにあるの!」

 思いつかない。見あたらない。

 やりとりはすべてレインの記憶の中にある。覚えている。一字一句、映像の配信法から字幕まですべて。

「字幕?」

 まさかとの衝動がレインの脳裏をよぎる。

 ゾンビの手がジャケットのフードをかすめ、怖気を走らせる。

 あり得ない。ありえないとレインに否定が走る。

 このゲームは爆弾爆発を阻止すること。

「そうよ、爆弾を見つけだせと言ってもパスワードを探し出せなんて説明はなかった!」

 字幕つきでご丁寧にパスワードを入力すれば爆発は解除されるとあってパスワードは爆弾同様隠されているとは一文字もなかった。

「なに! それなら私たちは上手いこと運営に騙されて、いや勝手にそう思い込んでいたというのか!」

 SNSが発達した情報社会故、自身の存在アカウントを守る鍵は不規則に組むのが一般的あたりまえだ。

「恐らくそうです! つまり見つけるべきは爆弾一つ! みんなが探していたパスワードなんて字幕でもう伝えられていたんです!」

 単純故に、誰もが見落としてしまった。

 爆弾を探し出す流れで誰もがパスワードを見つけだす方向に流されてしまった。

 要は運営に見事なまでに騙された。

「ならば爆弾はどこにある!」

「一応、爆弾で閃いたことあるんですけど!」

「聞こう! この際だ。背に腹は返られない!」

「体力と気力と運がものを言いますよ!」

「生憎、外回りと走り込みで体力はある! きみは!」

「第一ゲームのデッドエンドミッション生き残ってるんですから!」

 故にレインはモータルに閃いた作戦を打ち明けた。

 危険だろうとデスゲームに安全を求めるのは無意味。

「あの筋肉ゾンビに建物を破壊させて爆弾を見つけ出します!」


 走れ、走れ、走り続けろ。

 死にたくないのならば、願いを叶えたいのならば足を動かせ。

「ひいいいいっ!」

 提案したレインは壁をぶちぬいて正面に回り込んできた筋肉ゾンビに悲鳴を上げる。

 倒壊音は各所から響き、洋館を揺らす。

 恐らくだが、他のサバイバーも残る筋肉ゾンビに追われているのだろう。

「なるほどな」

 モータルは歳に不釣り合いな動きで息切れはしようと追われていながら不釣り合いな笑みを浮かべていた。

「あのゾンビはただ物を破壊するだけで、物を投げる発想がないようだ」

 筋肉ゾンビは家具やら木材の破片を投げて足止めせず、愚直なまでにその筋肉で潰しにかかっている。

「銃使っていたのに!」

「恐らくだが、筋肉増大の影響で銃を使う知能が落ちたのだろう」

 使ってこないのなら使うまでとモータルは目の前に転がってきた木材、イスの破片を蹴り上げ、筋肉ゾンビの足首に当てる。

 下半身が貧弱な筋肉ゾンビは足をつまずかせて転倒。その際、肥大化した両腕を強く床に叩きつけ亀裂を走らせた。

 亀裂が稲妻のように枝分かれして広がっていく。

「あ、これヤバいわ!」

 足下が揺れる。レインとモータルは危険を感じるなり一目散に走り出す。

 三階への階段を駆け上がらんとした時、レインは身体に浮遊感を得た。

 階段を踏むことなくレインは崩落に巻き込まれた。

「くっ!」

 だがモータルが咄嗟にレインの手を掴む。

 階段に身を乗り出した状態で掴み、レインの身体は宙づりとなる。

 右足首から子供一人分の重さを感じ見るなり絶句した。

「嘘でしょう!」

 助かろうと助かっていない。

 筋肉ゾンビがその手で右足を掴み、ぶら下がっている。

 その肥大化した手ではレインの足など串を折るより容易いはずだ。

 だが、折ることなく開いた手を崩落した階段に伸ばしてはよじ登るための支点にしている。

「お、おじさん手を離して! このままだとおじさんまで落ちちゃう!」

 モータルの腕は震え、その顔は苦悶と汗が浮かんでいる。

 ゾンビの体重が仮に軽かろうと人間二人を片手で支えるのには限界があった。

「こ、断る!」

 拒絶する震え声でモータルは言った。

「わ、私は、あの時、家族と離れたことをずっと後悔してきた! 家族のためにやってきたことがすべて裏目に出た! あの時、少しでも家族に寄り添っていれば離れることなどなかったと後悔し続けてきた! 今この手を離せば、きっとこれからもずっと私は後悔し続けるはずだ!」

「だったら手を離して後悔しなさいよ! 死んだら後悔すらできないじゃない!」

「これは、単に大人の意地とわがままなんだ!」

「意地張って死ぬなんてバカのやることよ!」

 ならばとレインのとる手は一つだけ。

 拳銃を抜き取れば右足掴む筋肉ゾンビに銃口を向ける。

 モータルが何かを言い掛けた時、悲鳴が上の階の奥より聞こえてきた。

「クッソ、なんでなんだよ!」

 サングラスを頭にかけた男が逃げ腰で現れる。

 追従するように姿を現したのはもう一人の筋肉ゾンビだ。

 この筋肉ゾンビは蚊でも潰す勢いで手の平をサングラスの男に叩きつけてきた。横に転がり死を免れようとその衝撃は床だけでなく壁にも亀裂を走らせる。

「嘘でしょう!」

 前門の虎、後門の狼。

 レインは引き金引く指を止めてしまった。今を乗り越えても次なんてない。

「な、なんで階段がないんだよ!」

 サングラスの男はあるべき階段がない状況に絶句している。

「くっ、ここ、までなのか!」

 レインの手を離さぬモータルは限界が近い。

 床に走る亀裂は壁にまで伝播し、壁から破片がこぼれ落ちて二階に落ちる。

 空気の流れが変わる。緊迫にて流れ出る汗が壁に生じた隙間に入り込む空気に冷やされる。

「誰かいるのか!」

 隙間からあり得ない声がした。

 その声が誰かレインははっきりと覚えていた。

「アレル! あんたそこにいるの!」

「その声はレインか! ちょうどよかった! 爆弾を見つけた! 隠し通路の奥にあったんだ! そっちはパスワードを見つけていないか! 見つけていたら教えてくれ!」

 声だけであるためアレルの様子は分からないが、窮地の中の好機だった。

 レインは自分の身体をよじ登る筋肉ゾンビに死とおぞましさを抱きながらありったけの声で叫ぶ。

「パスワードよ! パスワードって文字通り、字幕の通りに入れるの!」

 レインの発言に緊張の空気を緩ませたのはサングラスの男だけ。

「はぁ! パスワードがパスワードとかなにバカなこといってんだ!」

 もう一人の筋肉ゾンビに壁際に追いつめられながら、強気な発言ができるのは単に破れかぶれなだけだ。

「パスワードと入れればいいんじゃな!」

「あ、じいさん、なにやってんだ、狭いんだから勝手に動くなっ!」

「ちょ、どこ触っているんですか!」

 隙間から騒がしい声がし出す。その一つの声はレインを掴む恐怖を憎悪が上書きする。

 窮地でありながら壁一枚の温度差に怒りが沸く。

「ぱすわーどでどうだ!」

「このバカジイイ! ひらがなで入れやがった!」

 アレルの絶叫が壁の向こうから響く。

 入力ミスがどうなるか何一つ説明はない。

 これで終わりかとレインが瞼を閉じた瞬間、洋館全土を振るわすチャイムが鳴り響いた。


<第二ゲーム爆破阻止ゲームクリア!>


 筋肉ゾンビの動きが止まる。

 レインを掴んでいた筋肉ゾンビは糸が切れるように手を離し、二階へと落ちていく。

「た、助かった」

 サングラスの男は腰を抜かしたまま、動かなくなった筋肉ゾンビの前で下腹部から湯気を立たせていた。

「よっと!」

 レインはモータルに引き上げられる。

 助かろうと、その顔は、喜んで良いのか、悔しんでいいのか複雑だった。

「パスワードって入れればひらがなカタカナ問題なしなのは分かるけど」

 入力したのがよりにもよってあの男だった。

 三人の友達の命を奪った男が、デスゲームにてレインの命を救った。

 おぞましさと気持ち悪さがレインの胸を締め付ける。

 壁の向こうからアレルの気の抜けた声がする。

「結果オーライだが、じいさん、勝手にやるんじゃねえ。寿命縮んだだろうが!」

「結果オーライならよかろうて」

 如何にしてあの男とアレルが出会ったのか知らない。

 知らないが、説明する必要性はある。

「アレル。後であれこれ説明してもらうからね!」

 恨み節をぶつけるようにレインは叫ぶ。

 間近にいたモータルは、鬼のような形相に腰を引いていた。

「な、なんなんだよ、こいつら」

 サングラスの男もまた。

 自身が引き起こした事態など忘れるほどに声と身を振るわせていた。


 第二ゲーム<洋館爆破阻止>エンド!


 サバイバー一〇〇名中九三名のゲームオーバーを確認。

 生存サバイバーは七名。

 アレル:残弾五・残り使用回数・五

 レイン:残弾六・残り使用回数・六

 エリン;残弾三・残り使用回数・二

 ドーレ:残弾四・残り使用回数・四

 クテス:残弾二・残り使用回数・二

 モータル:残弾三・残り使用回数・三

 リーリ:残弾一・残り使用回数・一

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