第11話 追いかけっこ⑤~隠れ隠され~

「ああ、そうか、女の勘か、それなら仕方ない――わけないだろうが!」

 女の勘はバカにできないが、女の勘を理由に走り出すのはバカだ。

 アレルは地面を強く蹴ってはレインの前に立ち立ちふさがり、盾代わりの扉で進行を妨害した。

 接触する寸前、レインは全身を使って急ブレーキをかけ、アレルとの衝突を寸前で回避する。

 当然のこと、レインは白歯剥き出しに抗議してきた。

「ちょ、邪魔しないでよ!」

「真っ直ぐ進みすぎだっての!」

「進まないと危ないでしょうが!」

「だーかーらー! 真っ直ぐ進んだら危ないのがこのゲームだって散々注意されただろうが!」

 言葉は通じようと話がかみ合わない。

 苛立ちを一切隠すことなくアレルはレインを叱りつけた。

 𠮟りつけようと、相手の自覚の無さに言い合いとなる。

 これはデスゲームだ。デスゲームのはずだ。仲間などいない。いるのは裏切りと共闘だけと頭の中に叩き込んでいるはずだ。

 なのにまたしても独断先攻するレインを身を挺して止めている。

 そのまま見捨てていけばいいものを、本当にらしくない。

 理由を――言語化できない。

「こっちだ!」

 暗がりから複数の駆け足が音量をあげている。

 瞬時に周囲を見渡したアレルは、たまたま目に入った巨木の幹にある穴、樹洞にレインの手を掴めば、共々中に入り込んだ。

 樹洞は木の中が腐るなどして生じた開いた洞窟状の隙間。

 この状況下、作為めいたものを感じようと逃げ道は一つしかない。

 保険として扉を文字通り、巨木の洞の扉にする。

「ちょ、あんたっ!」

「しっ! 黙っていろ!」

 樹洞の中は思いの他狭く、否応にも双方の身体が密着する。

 先客と裸でないだけマシだと扉の隙間から外を伺った。

「なんちゅう数だ」

 小声のアレルは背筋を凍らせる。

 音の正体は無数のゾンビ犬だった。

 犬種と頭数を確認するのがバカらしく思えるほど統制された列で歩いている。

 あれだけの数なら腐臭で気づけたはずだが、隙間から覗き見る限り、どのゾンビ犬も身や骨が露出していようと腐敗部位はない。

 恐らくだが、死にたてホヤホヤを利用しているのだろうか。

(もしあのまま進んでいたら、レインは骨も残らず貪り喰われていただろうな)

 すぐ隣から扉の隙間より外の様子を伺うレインの表情は険しい。

 狭い中に男女が二人で密着していることなど、外の緊迫感により押しつぶされていた。

(急がば回れってこういう意味か)

 愚直に進めばゾンビ犬軍団と邂逅し餌食となる。

 だから迂回して進むことがサバイバーの死の予防となり、ゲームクリアに繋げることができる。

(黙ってろ)

 悲鳴を上げそうになるレインの口をアレルは塞ぐ。

 緊迫により呼吸の数を上げていくレインを余所にアレルはゾンビ犬軍団の様子を注視する。

 ゾンビ犬軍団は統制された動きで、寸分の狂いもなく右に左に上と周囲を睥睨している。

 そして二種の靴跡を見つけては、鼻先で追うように巨木に注視した。

(どうする)

 気づかれたかと緊張の微電流をアレルは走らせる。

 目をあわさぬよう隙間から目線をずらしたアレルだが、無形の矢として突き刺さる捕食者の視線に心臓の鼓動を跳ね上がらせる。

 呼吸が緊張にて否応にも数を増す。恐怖が冷や汗となり頬を流れて落ちる。

 だが、来るべき襲来はいつまで経っても訪れなかった。

(来ない、だと?)

 ふと隣で身体を密着させるレインから目で訴えがある。

 その手を離せと、早く出ようと。

 アレルは頭を振るい、その訴えを却下した。

(この手のパターンは遠ざかって誰もいなくなったと安心させて舞い戻るのがお約束だからな)

 ゲームだろうと映画だろうとホラー展開にはよくあるパターンだった。

 緊張感を抱かせるだけ抱かせた後、安堵を味合わせる。

 その間隙を突いては安堵から恐怖へと滑落させる。

 人が恐怖する瞬間とは何か?

 単純に、恐怖から逃れられた、命を繋げたと助かった瞬間である。

(待てっての!)

 我慢の限界だとレインがアレルの手を押しのけ、内から扉を押し開けようとする。

 だからアレルは全身を使ってレインの身体を虚の奥に押し込んだ。

 レインの手が抵抗し、アレルを押し退けようとした時だ。

 ガシャンと硬い金属音が外から樹洞の中へ貫き響く。

 まるで金属の土を掘り起こすかのように、無数のひっかき音が虚に木霊する。

(小型犬が入り込んだら一貫の終わりだぞ!)

 ゾンビ犬たちが樹洞前にたむろし、競うように扉に爪を立てている。

 響きわたる音が鼓膜を通じて恐怖を揺さぶってきた。

(くっ~頭がおかしくなりそうだ!)

 レインは身を縮こまらせ両耳を塞いでいるが、アレルはそうはいかない。

 ゾンビ犬に押し込まれぬよう全身を使って扉を抑えているため、耳を塞げずにいた。

 だから恐怖と音が精神をガリガリ削りに来ている。

 まるでグラインダーにてミリ単位で少しずつ削り取られていく不快な気分。

 扉抑える腕が、身体支える脚が痺れてきた。

 限界が近いと本能が警鐘を鳴らした時、どこからかチャイムが鳴り響く。

 音の方向からして洋館からか。

 チャイムが鳴り響くなり、ひっかき音は一斉に止まる。

 そのまま統率された足音で巨木から遠ざかっていた。

「なん、だと?」

 用心してアレルが扉の隙間から外を覗こうと、外にはゾンビ犬が一匹もいない。

 ただ暗がりに消えていく無数の尾をかいま見ただけだ。


<サバイバー・アレル、シークレットミッションクリア!>


 巨木の樹洞に電子音声が突然鳴り響き、ウィンドウが浮かび上がる。

 突然のあまりアレルは扉を構えたまま前のめりに倒れてしまう。

 倒れた拍子に外気が入り込み、舞い上がる土埃でむせた。


<クリア条件:ゾンビ犬軍団から一〇分以上耐え抜く>


 アナウンスに次いで一枚のカードがうつ伏せに倒れたアレルの鼻先に落ちる。

 カードを拾い上げるが、文字も絵もない白紙であった。

「し、シークレットミッションってなんだよ? そんなのあるなんて聞いてないぞ?」

 シークレットだから聞いてないのは頭ではわかっているが、唐突にクリアと来たためどこか頭に来る。

「なんなんだこれ?」

 手に取ろうと、説明書きなど一切ない裏も表の白紙のカード。

 だが、結果として助かったのは事実だとカードをズボンのポケットに突っ込んだ。

 何かに役に立つかもしれないと、頭の隅に置いて。

 もし、この盾代わりの扉がなければ、今頃、レイン、ゾンビ犬の大軍により骨すら残らず貪り喰われていただろう。

「ひっかき傷だらけだな」

 改めて起こした扉を見れば、無数の傷と凹みだらけであった。

 幸いなのは裏まで貫通していないことだろう。

 地面に残された無数の足跡に、改めて胸をなで下ろす。

「もう、いないの?」

 声を震わせながらレインが巨木の樹洞の中から顔を出す。

 周囲を警戒しながら出てきたが、張り出た根に躓き、大きく倒れ込む。

「おっと!」

 アレルは盾代わりの扉を放り投げては、その華奢な身体を正面から咄嗟に受け止めた。

「あ、ごめん」

 レインの額がアレルの胸に当たる。

 衝撃が軽く伝わろうとゾンビ犬と接触するよりはマシだ。

 二人とも助かった。今はそれでヨシとしたいが、一つだけアレルは伝えねばならなかった。

「これに懲りて突っ走るのは遠慮しろよ」

「あ、うん、そう、する」

 レインの表情は胸に埋められて見ることができない。

 頭髪から甘い匂いが漂い、アレルの表情を困惑に染める。

 昔の女に似た甘い匂い。

 ただ声音から反省の色があるため、これ以上は言わず、振り切るようにその両肩を掴んでは、胸から顔を離させた。

「行くぞ。ゲームはまだ終わったわけじゃねえ」

 傷だらけとなった扉を肩で担ぎながらアレルは歩き出す。

 やや遅れる形でレインもまた追従し、二人は暗き森の中を進み出した。

(ったく本当に、本当にらしくないな、俺は!)

 切り捨てれば楽なものを背負おうとしている。

 レインは仲間でも友達でもない。

 ライバルであり排除すべき敵のはずだ。

 人となりが読めないからか、それとも昔の女に雰囲気が近いからか、切り捨てぬ自分は甘いとアレルは内で悪態ついた。

 対してアレルの背後を行くレインは口端に安堵を浮かべていた。

 この男なら信頼できるというデスゲームに不釣り合いな笑みを。


<死防銃戯ルール>

 各ゲームにはシークレットミッションが仕込まれている。

 もしクリアすることができれば、死を予防するのに役立つアイテムを入手することができる。

 なおシークレットミッションで入手したアイテムは各ゲームへの持ち越しが可能である。

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