第12話 追いかけっこ⑥〜こども〜

 薄暗い森の中を男女二人は進む。

 先のように女が一方的に話しかける弾んだ空気はなく、相手が右に注視すれば左を注視すると警戒を怠らずにいた。

「声が、する」

 ふとレインが立ち止まる。

 アレルは、またかという呆れ顔をしない。

 風で揺れる木々の葉音に混じる確かな声を耳が掴んだからだ。

 掴めたからこそ、音の形と流れを確かに見ることができた。

「あっちだ」

 声を潜めながらアレルは、右斜めの方角を指さした。

 レインは今にも走り出しそうであったが、先の襲撃で学習したのか、わかったと無言で頷いていた。

「近い、はずだが?」

 ゾンビ犬の襲撃を警戒して用心して進む。

 地面や張り出た木の根には真新しい足跡や爪痕が刻まれている。

 それも一匹や二匹ではない。数からして先のゾンビ犬軍団に劣らない。

 ただ足跡はアレルの立ち位置からして左に流れている。

 離れたと判断するのは妥当だが、戻らぬと考えるのは早計である。

「うっ」

 木々の枝鳴りが風向きの変化を教えてくる。

 森を抜ける風がアレルとレインに向けて血なまぐささを運んできた。

 突発的な臭いに双方、揃って顔をしかめては襟を鼻先まであげてはマスク代わりとした。

「これは、ひでえな」

 凄惨な光景にアレルは声と表示をしかめるしかない。

 進んだ先にあるのはやや急勾配な窪地。

 月の光が木々の隙間からスポットライトのように差し込み、窪地中央の惨憺たる光景を露わとしている。

 中央には無数のサバイバーが物言わぬ赤き死体となって積み上げられていた。

 四方八方に飛び散った血が倒木や草葉を赤く染めている。

 周囲には腕や脚が無造作に転がり、中にはかじりにかじられ、骨が露出ている部位まであった。

 隣に立つレインは口元を抑え込むことなく、周囲に目を配っていた。

(人間の死体見ても吐かないなんて、俺もレインも慣れたからか?)

 惨殺死体を見て浮かぶ感情はただ一つ。

 ああはなりたくないという忌避感。

 人間、いつか死ぬ。命は平等の終わりが訪れる。

 だが、死に方は不平等。

 交通事故で死ぬ人間もいれば、病気で死ぬ人間もいる。

 死にたくないと願いながら死ぬ人間もいれば、死にたいと願いながらもまったく死のうとしない人間だっている。

 平等でいて不平等なのが死。

 そして今立つ地はデスゲームのステージ。

 惨殺された人間を束で目撃しようと、死ねばああなる戒めと生き残り勝ち残るのだという方向に強く働いていた。

「なるほどな」

 月明かりのお陰で窪地周囲の痕跡がよくわかる。

 無数の靴跡の上に刻まれた獣の足跡。

 状況から読みとるに、サバイバーたちはゾンビ犬の軍団に追い立てられた矢先、この窪地に落とし込まれて狩られた。

 人間の手足で、この傾斜ある地を昇るのは難しくないが、四足歩行のゾンビ犬に地の利がある。

 このゲームのゾンビ犬はウィルスではなく端末で制御されている。

 追い立てて落とし込む連携など容易いはずだ。

「急いで離れないとヤバいな」

 アレルの第六感が警鐘を鳴らす。

 声は確かに、この耳が間違いなく掴んでいる。

 掴んでいるが、真贋は掴んでいない。

 本当に人間の声なのか、たまたま人間の声に聞こえているだけなのか。

 動画配信サイトだと、人間の発声に聞こえる動物の鳴き声を見るのは別段、珍しくないからだ。

「ん?」

 アレルは背後を警戒しながら周囲を見渡した。

 ほんの少し離れた先にあるのは一本の巨木。

 アレルとレインが身を潜めた樹洞ある巨木に似ている。

「レイン、あれ」

 まさかという言葉がアレルに言葉を走らせる。

 互いに目配せをしながら、極力足音をたてぬようゆっくりと巨木に近づいていく。

 側面まで近づいた時、幹の中年太りのような盛り上がりから、やはり樹洞があると気づく。

 今一度、互いに顔を見合わせたアレルとレイン。

 周囲の警戒を引き受けたアレルは、レインに樹洞の調査を任せて盾代わりの扉を構えた。

 樹洞の中をレインがゆっくり覗きこもうとした時、金属特有の音をアレルは鼻で掴む。

「伏せろ、レイン!」

「ひゃっ!」

 身体が咄嗟に動いていた。

 樹洞に顔をのぞき込ませたレインに、アレルは背後から脚払いをかける。

 レインが仰向けに倒れた瞬間、樹洞の中より一発の銃声が響いた。

「ぐっ!」

 次いで硬い金属音が響き渡り、盾代わりの扉を持つアレルが声と腕を痺れさせる。

 撃ち出された弾丸はレインの頭上をかすめて、アレルの持つ扉に命中したからだ。

 弾丸はちょうど扉の右上端に当たり、穴を穿っていた。

「痛ったた、ひっ!」

 樹洞の中に倒れ込んだレインだが、とっさに両手を着いて鼻先の衝突を回避する。

 銃声に顔を上げるも、目の前に大写しとなる真っ赤な男性に悲鳴を上げた。

「し、死んでる」

 樹洞は血と硝煙の臭いが混じり合い、背中を預けて動かぬ男性を注視する。

 ジャケットを引き裂くように、右肩から左わき腹にかけて深々とした抉り傷がある。

 男性は見た目三〇代か、身体から見て取れる色は灰色、死だ。レインが首もとに手を伸ばして脈を計るも、身体の傷が致命傷となったのか、やはり止まっていた。

 そして身体は冷たさから相応の時間が経っているのもまた。

「なら誰が撃った、ん、レイン、男の奥!」

 アレルが疑問を走らせたのは、寒に潜む熱の色を掴んだからだ。

 またしても目配せした二人は男性の身体を樹洞から引きずり出した。

「子供、だと?」

 アレルとレインはただ瞠目し、困惑するしかない。

 男性の身体に覆い隠される形で一人の女の子が瞼を閉じている。

 ぱっと見て一〇歳前後か、幼い顔立ちに右側面で結わえられた髪、その手には拳銃が握られ、ジャケットに血の汚れはあろうとケガらしき部位は見あたらない。

「まだ生きてる」

 女の子はかすかに胸を上下させている。

 恐らくだが、先の発砲の反動で意識を失ったのだろう。

「こんな子供まで参加させているのか、このデスゲームは……」

 戦慄がアレンの神経を走り、扉持つ手を震えさせる。

 確かに誰だって願いはある。大あれ小あれ願いはある。

 どうやら<死防銃戯>に参加資格はあっても年齢制限はないときた。

 参加資格とはなにか、なんて疑問、参加した後で考えるのは無駄なことであった。

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