第13話 追いかけっこ⑦~デッドエンド~

 女の子は今なお目を覚まさない。

 樹洞の中で事切れた男性に覆い隠されていた女の子。

 当然の疑問をレインは口に出す。

「この子のお父さんなのかな?」

「さあな、ただ助けようとしたのは間違いないが」

 お荷物が増えたと、愚かな発言をするほどアレルの性根は腐っていない。

 アレルは女の子の横から硬く握りしめた拳銃を暴発せぬよう慎重に回収する。

 そのまま優しく抱き抱えるレインを横に、アレルはどうしたものかと呟くだけだ。

 放置するのは容易いが、捨て切れぬ善意が同行を提案してくる。

「……ゴールの洋館までそう遠くはない。行こう」

 結局は同行を選択した。

 善意に折れたわけではない。捨て置くのが単に面倒くさかっただけだとアレルは納得させる理由を付け加える。

 木々の隙間から見え隠れする洋館はスタート時と違って、大きく見える。

 確実にゴールの距離が狭まっている証拠だ。

「んっ、んん」

 女の子の瞼が動く。目覚めの予兆か、ゆっくりと瞼を開けば、かわいらしい眼が周囲を食い入るように見渡した。

 レインと目があうなり一瞬で泣きそうな顔となる。

「大丈夫、大丈夫だからね」

 最初は抱き抱えられているのに驚いたようだが、優しくあやすレインに徐々に落ち着きを取り戻す。

 だが、地面に倒れ伏す男性を見るなり、すすり泣きだした。

「……ぱ、パパ」

 女の子の小さくか細い声に、アレルは顔をうつむかせるしかない。

(父親だったのか、それなら身を挺して守ろうとしたのに納得だよ)

 父親を失った事実が共感となりアレルの胸中を痛めつける。

 死ぬ目すらあえなかった。逮捕さえされなければ、こんなデスゲームに参加することさえなかった。

 朝から晩まで家族のために一生懸命働いてくれて、家では仕事の愚痴を一切言わない父親。

 土曜の夜は家族で対戦ゲームをしては勝ち負けで笑ったり悔しがったりと団欒を楽しんだ。

 ちょっとテストで悪い点数を取ろうと、怒鳴りつけることもなく、どこが悪いのか、間違ったのか、仕事で疲れていようと丹念に教えてくれた。

 家族を支える父の姿にアレルは勉学を重ねに重ねて、良い企業に就職し、旅行やおいしい料理を楽しませる親孝行を計画してきた。

 だが、親孝行など二度とできない。

 両親が喜ぶ顔は二度と見ることができない。

 奪われた。殺された。

 不条理に家族が奪われたことで生まれた虚は憎悪により埋められ、デスゲーム参加のきっかけとなった。

「え、なになに?」

 ふと女の子は思い出すように、全身を震えさせてきた。

 顔にまで覆う汗に、レインは驚かさぬよう優しく耳を傾ける。

 トイレには到底思えない。震え方が尋常ではない。

「え? あの犬がくる? パパたちを襲った犬が来る?」

 女の子の声は震え、耳を澄ましてどうにか聞き取れる量だ。

「犬ってゾンビ犬の大軍か?」

 違うと女の子は懸命に頭を振るいアレルに否定する。

 つぶらな目から嘘偽りの色は感じられない。

 透き通った感覚をアレルは掴むが、瞳の奥底から滲み出る恐怖の色が塗り潰す。

 尋常ではない何かを感じたアレルは動く。

「急ぐぞ。いけるか?」

「もちろん」

 超大型犬のゾンビがいるのだと予測をたてる。

 アレルは扉を、レインは女の子を抱えては急いで窪地周囲から離れようとする。

 やや急ぎ足で、周囲の警戒を怠ることなく窪地の外周部右を進む。


 その時だ。

 窪地中央の遺体の山の中よりけたたましいモーター音が轟いた。

 女の子は短く悲鳴を上げ、レインの胸に顔を埋めて縮こまる。

「おいおいおい、待て待て! 冗談だろう!」

 遺体の山は内側より弾け飛び、中より金属の四肢と三つの頭を持つ機械犬が現れた。

 腐ってなどいない純粋なまでに機械で構成された犬。

 サイズはレトリーバーほど。

 地獄の番犬ケルベロスのように三つの頭を持つが、何より驚愕すべきは眉間から鼻先に駆けて延びる三つのチェンソーだ。

 血肉に染められた回転刃から轟くけたたましいモーター音は新たな血肉を求める遠吠えのようだ。

 驚愕と恐怖に足を止められたアレルたちの前にウィンドウが現れる。


<デッドエンドミッション!>

 急がば回れ、急がば回れとナビゲーターから注意を受けたはずです。

 出会ってしまったサバイバーはゲームオーバー一直線のあの世への脱落、さよならさよなら!

 失格者に次はありますが、脱落者は死にますので次なんてありません。


<ミッション内容>

 チェンソーワンワンワンワンから逃げ切り、洋館にゴールインすること。


 ※チェンソーワンではありません。チェンソーワンワンワン改めチェンソーワン参です。


 ゾンビ犬の大軍はブラフ。

 本命は機械三頭犬であった。


「嘘、だろ……!」

 愕然する暇などない。

 悠々と窪地から飛び上がるチェンソーワン参に、アレルたちは生き残るため走り出した。

 走り出すしかなかった。

 走り出さねばならなかった。


<死防銃戯ルール>

 デッドエンドミッション。

 ルール内容及びナビゲーターの説明をしっかり理解していればまず遭遇することはない。

 だが万が一出会ってしまえばそこで終わりのゲームオーバー。

 ご愁傷様でした。

 またの来世をご期待ください。

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