第14話 追いかけっこ⑧~死中に活~

 走れ、走れ、走り続けろ。

 一秒でも長く死から遠ざかれ。

 アレルとレインは息を切らしながら森を駆け抜ける。

 その後方より三つの頭部から鼻先より生えるチェンソーを猛り轟かせる機械三頭犬が四肢を蹴って迫る。

「くっそ、犬軍団はブラフでこっちが本命かよ!」

「狛犬が混じっていたのは、こういうのがいるってフラグだったわけね!」

 アレルは扉を、レインは女の子を抱えて走る。

 速力体力共にアレルが上だが、レインと女の子を置き去りにも囮にもする気はない。

 デッドエンドミッションとするアナウンスがあった。

 つまりは機械三頭犬は、告知を受けたサバイバーを最後の一人まで狩りに来るはずだ。

 確かに文字通り行き止まりのデッドエンドのちゲームオーバー。

 死を予防するにはゴールまで逃げ切るしかない。

 ただ現実問題、逃げ切れれば、逃がしてくれれば、の話である。

「あ、あの、めかわんこ、どこまで追いかけてくるの!」

「そりゃ俺らが死ぬまでか、ゴールするまでだろう!」

 女の子はレインの胸に顔を埋めてはしっかりとしがみつき、振り落とされないようにしている。

 息を切らして走り続けるアレルとレインを後ろに、機械三頭犬は三つの頭部を微動にさせることなく四肢だけを動かし、回転刃を鳴らしながら迫る。

 機械だからこそ息切れの心配は無用であった。

「こりゃゴールに飛び込む以外道はないぞ!」

「ゴールってどのくらいよ!」

「運営に聞きな!」

 ゴールである洋館は当初と比較して大きく映っている。

 映ってはいるが、立ち茂る木々により正確な距離は不明のまま。

 まっすぐ進めば近道となりゴールにたどり着ける。

 もう急がば回れなんてアドバイスを守る理由はない。

「はぁはぁはぁ」

 最初は勢いよく駆けようと時間と体力は消費するもの。

 最初に速力が落ちてきたのはレインだった。

 華奢な身体で女の子を抱えて走っているだから体力の消耗は早い。

 対して、アレルもまた扉を抱えているとは若干の余裕があるも、底が見え始めていた。

 肉体労働系のバイトをして体力は相応にあると思ったが現実は甘くない。

「れ、レイン、右に避けろ!」

 茂みを揃って突き抜けた時、アレルは別グループとはち合わせた。

 人数は四人ほど。誰もが泥や枝葉で衣服を汚しており、一部では血がにじみ出ている。

 顔は汗ばみ、誰もが火照った身体を冷まさんとジャケットを脱いでいた。

 アレルが咄嗟に扉を盾代わりにして他サバイバーの衝突を防ごうと、女の子を抱えたレインはそうもいかない。逆に自ら盾となり女の子を強く抱きしめて守らんとする。

「くっ!」

 森の中で金属質な音と鈍い音が連続して響く。

 相手を押し倒したアレルと相手に押し倒されたレイン。

 それぞれ反動で仰向けとうつ伏せに倒れ込む。

「て、てめえ、なにすんだ!」

 当然のこと、ぶつかった相手ご一行はご立腹だ。

 衝突に顔をしかめながら、すぐさま起きあがるアレルだが、グループの顔を見るなり記憶が走る。

(こいつら、確か、誤射だとか行って一人を囮にした奴らか)

 だが、暢気に思い返す暇などない。

 茂みの奥よりけたたましいモーター音がするなり、茂みは一瞬にして根本まで刈り取られる。

「な、なんだ、この犬!」

「やべえだろう!」

 他グループが驚き固まったのを隙にアレルは倒れているレインを引きずり起こす。

 レインに抱き抱えられた女の子はぐずっていようと泣くのを堪え、今なお必死に華奢な身体にしがみついている。

「うっ、うわあああああああっ!」

 機械三頭犬が頭の回転刃を頭上から振り下ろし近くにいたサバイバー一人を四等分に解体する。

 硬い骨を断ち切る抵抗と死を拒む叫びは血と臓物をばらまく飛沫音にてかき消され、呆気なく死に貶める。

 残ったサバイバー三人の一人が防衛本能で拳銃を抜こうと、引き金を引かれることはなかった。

 ポトリと右手首が拳銃を握ったまま地面に落ちる。

 右頭部が亀頭のように伸展して、振り下ろされた回転刃がその右手を切り落としていた。

「ひっ、ひいいいいいっ!」

 瞬きする間もなく欠落した右手に悲鳴をあげるも、それが断末魔となる。

 胸部に回転刃を三つ同時に突き入れられては肋骨の抵抗を無視して背面を貫通、そのまま突き上げられる。

「あばばばばばっ」

 顎先から脳天にかけて回転刃の餌食となり、脳漿をぶちまけた。

 アレルの足下に眼球が転がり、つま先に当たって止まる。

 その眼は巻き込みを怨んで睨みつけているような幻覚が恐怖として走る。

「立てるか!」

 恐怖に身を縛られている暇などない。

 アレルは笑う足に拳を叩きつけて活を入れる。

 最後のグループの一人が拳銃を発砲しようと、機械三頭犬は弾道が見えているのか、三つの頭を小刻みに動かし回転刃で弾丸を弾き逸らしていた。

 二回、三回と撃とうとしたが、最後の一発か、撃つのを躊躇しては怯え腰で走り出した。

 機械三頭犬はもてあそんでいるのか、逃げる相手と同じ速力でジリジリと距離を詰める。

 樹の幹に追いつめられたのが終わりの合図だった。

 悲鳴は回転刃にかき消され、樹の幹ごと男の身体は上下分断された。

 回転刃の音が止まり、森に静寂が戻る。

 周囲にはさっきまで命だったものが真っ赤な沼となり、当たり前に散らばっている。

 機械三頭犬はすぐ側にアレルたち獲物があろと襲う気配はない。

 本物そっくりの動作で全身を振るわせれば、まとわりつく血肉を払いのけている。

 狩る側の余裕か、狩られる側に恐怖を与えているのか。

 だが、この動作がアレルに建て直す好機を与えていた。

「走るぞ!」

 アレルの本質が見捨てる選択をさせない。

 衝突の痛みにうめこうとレインの目はまだ死んでいない。

 女の子もまた必死にしがみついて生きようとしている。

「くっ!」

 だが、その一歩を挫くのはレインがしかめた顔だった。

 まるで痛みを堪えるような顔と右足首に向けられた視線。

 右足首を確かめている暇などない。

 アレルは扉を機械三頭犬に向けて投げつければ、レインを女の子ごと担いで走り出した。

 扉は機械三頭犬に直撃しようと、火花が走った時には四等分の板に分断されていた。

「ぐっうううっ!」

 女二人は重い! と思ったことを顔に出しながらアレルは目尻を気張りながら走り出す。

 右にレインを左に女の子を、肩で抱えて息を切らす。

「あ、あんた無茶して!」

「うるせえ、荷物が喋るな! こちとらバイトで引っ越しやら酒屋やら重いもの運んでんだ!」

 窃盗疑惑だけで即クビとなったが、培われた体力がここになって活きてきた。

「後ろは見るな!」

 けたたましい回転刃が再稼働する。

 女二人の尻を進行方向上に向けて肩で抱えているため、否応にも視界に入る。

 見るなと言われれば見るのが人間。

「そうよ、やっぱりそうよ!」

 右肩に担いだレインが恐怖と違う声を出す。

 それは抱いていた疑問が解答にたどり着いたような弾む声であった。

「なんだよ!」

「ゾンビ犬もだけど、あのめかわんこ、走る速さが変わってるの!」

「ど、どういうこった!」

 足が重い。息が苦しい、だろうとアレルはレインの言葉に耳を傾ける。

「さっきのグループに囮にされた時もゾンビ犬の速さは変わるように落ちてた。めかわんこも、ゆっくり逃げる相手にはゆっくり迫ってたの! 誤射には注意とか言ったけど、それってそういうことよね!」

「ええい、回りくどいことこんな状況で言うな!」

 要点を言えと絶え絶えの息でアレルはレインを声で揺さぶる。

「つまり、どのわんこも一番走るのが遅い人を最優先で追いかけ、襲うようになっているのよ! 誤射も意図してサバイバーに囮を作らせるための運営の仕様!」

「根拠は!」

「私の記憶力!」

 アレルはただ顔をしかめるだけだ。

 女の勘は当てになるが、この女は勘だけで突っ走った前科がある。

 よって女の記憶力は当てになるのか。

 いや男女関係ない。

 人間というのは都合が悪ければ忘れたフリをする。

 記憶にございませんが典型的であり古典的な例だ。

「自慢だけど、私は一度見聞きしたものは忘れないの! 絶対に!」

「そうか!」

 二つの意味でアレルは威勢良く返す。

 一つ、自身が共感覚持ちであること。

 もう一つは、レインの声に嘘の色がなかったからだ。

 加えて、共感覚を自分なりに調べるに次いで、一度見聞きしたことを一生涯忘れない絶対記憶力なるものがあるのを知った。

 結果として、唯一の対抗策を思いつく。

「レイン、お前、俺と命の相乗りができるか?」

「はぁ? もうしてんでしょうが!」

「そうか、ならタイミングは任せる! 速さを落とす! 距離が縮まったら教えてくれ! お前もいけるな!」

 アレルは名前も知らぬ女の子を揺さぶる。

 女の子は応えるようにアレルの背中を叩いてきた。

 ならば、後はアレルの体力とレインの目、そして神のみぞ知るだ。

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