第15話 追いかけっこ⑨~礼~
体力は生き延びるのに必至だと映画で観てきたが、アレルは、よもや自身が味わうことになるとは思いもしなかった。
動けぬ時に動けなければ意味がない。
動くには体力しかない。
走り続けるには体力しかない。
生き残りたければ、願いを叶えたくば走れ!
「今よ!」
レインの叫びと共にアレルは脚に力を込めて加速した。
すぐ背後で轟く回転刃が空振り、地面を抉る音がする。
地面より盛り上がった根や岩が赤の危険色としてアレルの目に薄暗かろうと視認できる。
足をつまずかぬよう駆け上がれば、樹の幹に衝突せぬよう右に左にとアレルは二人を抱えて走る。
「種がわかればイケるもんだな!」
アレルは声を弾ませようと、慢心は抱かない。
レインの記憶通りだった。
エネミー役であるゾンビ犬や機械犬は、一番足の遅いサバイバーを狙い、襲う。
恐らく額の端末にそのような
もし全員が全員、同じ足の速さであるならばどうすべきか。
それこそレインが指摘したとおり、誤射による囮作りである。
一発程度なら誤射だ。
なら一発程度、足に当たっても誤射であり故意ではない。
「あれか!」
全身を汗にまみれたアレルは前方に人工の明かりを捉えた。
森は唐突に終わりを迎え、遮蔽物一つない緩やかな上り坂が出迎える。
赤煉瓦作りの洋館が塀に囲まれる形で照明に照らされ、存在を誇張していた。
「ラストスパートだ!」
目測で二〇メートルほど。周囲にはサバイバーの姿はない。
ゴールである開かれた門の奥にはナビゲーターであるカレアが立っている。
堀の向こうには既にゴールしたサバイバーが何人もおり、誰もがけたたましい回転音に何事かと疲れた身体で立ち上がり遠巻きに見物しだした。
アレルの足が悲鳴を上げる。額から流れ落ちた汗が口に滑り込む。心臓が今にも破裂しそうだ。息が苦しい。立ち止まりたいと望もうと、死が背後から血臭をまとって迫っている。
走ろ、走れ、走り続けろ!
内なる生の渇望がアレルに体力を絞らせ、走る活力とさせる。
ゴールまで目測で五メートル。
最後の最後だと脚を全て出し切らんと強く地面を蹴った。
「これで、ゴーっ!」
ゴールに飛び込まんとした瞬間、一発の銃声がすぐ側で響いた。
右足の甲に鋭い痛みが貫き走った時、アレルは身体を大きく傾け、横転する形で倒れ込んだ。
当然、左右の肩に担いでいたレインと女の子も巻き込まれる。
ボールのように転がれば、そのまま門を女二人は通り抜けていた。
「ぐううっ!」
ゴール寸前で撃たれた。
焼けるような激痛に顔を歪めながらアレルは、どこに誰にと自問する。
周囲に他のサバイバーがいない。
銃声がすぐ側でした。
その方向にいたのはと、ゴールに倒れる女の子に焦点が向かう。
ジャケットの裾に開いた小さな穴より漏れ出る煙に合点が行く。
「くっそ、こんな、こんな時に!」
自分の拳銃だと女の子は顔面蒼白の口元を手でおさえた。
恐らく意図して撃ったのではない。安全装置のない拳銃故の誤射だ。
女の子はすぐさまアレルに駆け寄らんと動き出す。
レインもまた、その行動に勘づいたのか動いた。
だが、その行動をカレアが鋭い声音で止める。
「一度ゴールしたサバイバー自身がゲームエリアに出れば失格となります!」
レインと女の子は、ゴール前に倒れたアレルを敷地内に引きずりいれんと手を伸ばしたが、カレアの発言に足を縫いつけられる。
「うそ、でしょ!」
「失格になりたいのでしたら、ご自身が出るのを止めはしません。あなたの願いはかなうことはありませんよ?」
愕然とするレインに対してカレアの顔と発言は冷淡だった。
運営側故か、過度な肩入れは今後のゲーム運営が崩壊する故に。
「うううっ!」
女の子は苛立つように両手を激しく振っては叫ぶ。
すぐそばに落ちいてた赤煉瓦の破片を掴んで、アレルに迫る機械三頭犬に投げつけた。
放物線を描いて飛ぶ赤煉瓦の破片は機械三頭犬に当たろうと、乾いた音をあげるだけだ。
(え? なにも言わない? そういえば!)
レインは女の子の行動を咎めぬナビゲーターを見た。次に先の発言をリフレインさせた。
その間、機械三頭犬は全身を使ってアレルを抑えにかかる。前足で両腕を抑えつけて拘束する。発砲させないし逃がさない。腕の骨が軋む音に苦痛を走らせる。すぐ眼前には金属質の血なまぐさい三つの顔が大写しとなる。
アレルにはその顔が笑っているように見えた。
三つの回転刃が動き出す。一気に回転するのではなく、少しずつ少しずつと速度を上げていく。
「くっそ、ここまでかよ!」
アレルが叫ぶのは悔恨。
両親の無念を晴らせず、家族をないがしろにし、傷つけた者たちに一泡すら吹かせられない。
耳をつんざくけたたましい回転音が最大となった時、押し負けぬ声がゴールからした。
「アレル!」
機械三頭犬がけたたましく鳴る回転刃を首元が反るまで振り上げた時、アレルの眼前が突然真っ暗となる。
一気に涅槃に落ちたと錯覚を走らせる。
現に引き戻すのは、覚えのある頬に走る触覚。
何かが覆い被さったと顔を上げれば、灰色のジャケットが機械三頭犬の真ん中の頭部を覆っていた。
機械三頭犬は中央の頭を覆い被さるジャケットを振り払わんと激しく頭を振るう。だが、ジャケットは回転刃に巻き込まれる形で深々と食い込み、振り払わせない。
(そうだ、林業やってたひいじいじゃんが言ってっけ! 使う時は防護服を着ろと! 万が一稼動中のチェンソーに引き裂かれても防護服の繊維がチェンソーの刃に絡んで大けがを防ぐって! それにこのジャケットはナイロンみたいな肌触りだった!)
万が一事故に遭おうと人体が切り裂かれることなくチェンソーの刃を停止させる。
それは摩擦抵抗が大きい化学繊維の特性を利用したものだ。
道中、出会ったサバイバー全員が呆気なくチェンソーの犠牲となったのは、誰もが火照った身体を冷まさんとジャケットを脱いでいたからだ。
アレルは拘束が緩んだ隙を見逃さず、機械三頭犬の腹を左足で蹴っては、その拘束から抜け出した。
ゴール前に視線を向ければシャツをさらけだしたレインが立っている。
女の子から受け取った脱いだジャケットを丸めれば、機械三頭犬めがけてアンダースローで投擲した。
機械三頭犬は走れぬアレルを殺害するよりも、投擲されたジャケットを脅威と判断したのか、滑るように飛んできたジャケットを避けていた。
機械の尾がアレルの眼前にある。
アレルの行動は素早かった。
下半身は動かずとも上半身は動く。
自分のジャケットを脱ぐなり、機械三頭犬の右頭部に背後から覆いかぶせた。
背後から二本目の回転刃の稼働を妨げられた機械三頭犬はもがく。
間髪入れることなくアレルは左足に力を込めるなり、機械三頭犬の左頭部の首根っこを支点として力づくで掴んでは、そのまま馬乗りとなる。
振り払おうとカエルのように跳ね回るがもう遅い。
「ぐうううううっ!」
跳ね回る機械三頭犬から振り落とさせぬとアレルは金属の胴体を脚で挟み込み、両手でがっしりと左頭部を掴む。
跳ね回る度、右足に激痛が走り、脂汗を吹きださせる。
左頭部の回転刃の回転は健在。
這ってでもゴールを目指せば餌食となるのは時間の問題。
よってアレルは脅威となる最後の回転刃を、三つの頭を繋ぐ首もとに上から押し込んだ。
「散々追いかけ回してくれた礼だ!」
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