第38話 拳銃奪還⑧~偏向~
<良い記憶力はすばらしいが、忘れる能力はいっそう偉大である>
「ふむそろそろお昼かのう」
クテスはまばゆい太陽を手かざしで見上げる。
開始時は山間にあった太陽も真上にさしかかっている。
小腹が空いたなと無意識が腹に手を当てていた。
「むっ?」
ふと魚の焼けるかぐわしき匂いが風に乗ってクテスの鼻をくすぐってきた。
風は土に埋もれた農道から流れており、引き寄せられるようにしてその道を辿る。
「おっ、こりゃまた」
クテスがたどり着いたのは河原だった。
くの字状に曲がった川辺の平地。
岸に近い場所には河原の石を積み上げ、台とした燃えるたき火。
川魚が口から尾にかけて串で貫かれ、たき火の炎で炙られていた。
「こりゃイワナかい」
イワナは渓流に住む鮭科の魚である。
渓流釣りの対象であり、日本では渓流の王様と呼ばれるほどフィッシングスポーツでは人気が高い。
旬は五月、味は淡泊であり、塩焼きや唐揚げで食べるのが美味だ。
「外とはいえ、火をかけっぱなしで離れるとは魚が焦げてしまうぞ」
周囲を見渡そうと、河川と斜面に生い茂る茂みがあるだけで人の気配はない。
たき火周辺には穴を掘っては埋めた痕があり、たき火の土台と空気穴を作ろうとして失敗したのだろう。
その証拠として穴掘りに使ったのか、先端が土で汚れた流木が無造作に転がっていた。
イワナは炙られて時間は経ってなさそうだが、皮には焦げ目が走り、身よりにじみ出た脂が串を伝って地面に落ちる。
「そうじゃのう、もし願いが叶って、ばあさんと一緒に若返れたら、きゃんぴんぐかー乗って二人で全国回るのもよかろうて」
クテスの妻は夫と違い、老いにより寝たきりとなっている。
頼れる親戚もなく子供は一〇歳となる前に病気で亡くなっていた。
唯一の家族のためにハンドルを握り、各地に荷物を配送してきた。
頼れるのは自分。頼りになるのも自分ただ一人。
最近は少し頑張りすぎて配送車をうっかり店舗にぶつかってしまったが、警察に少しお叱りを受けた程度で仕事に復帰できた。
「いただきます」
放置していては食べ物に失礼だとクテスは手を合わせる。
イワナ刺さる串に手を伸ばした時、ビュンと風切り音がした。
上半身が飛来した何かに強く抱きしめられたと気づいたのは、身体が横倒しにされた後だ。
「ってじいさんかよ!」
茂みの奥より男の声が走る。
クテスの身体を縛るものの正体は蔦だ。
両先端にはそれぞれ小石が縛り付けられ、投射と拘束の際の重りとなっていた。
茂みの一角がうごめく。
茂みの中より人の形をした茂みが分裂するように現れ、大股歩きで動けぬクテスに近づいてきた。
「ぎゃあああああ、もじゃもじゃゾンビ!」
クテスは年甲斐もない悲鳴をあげてしまった。
「失礼なじじいだ」
もじゃもじゃゾンビは失笑し、かぶっていた茂みを脱ぎ去った。
「なんじゃ、洋館におった坊主かい」
クテスが知ったアレルの顔に安堵したのも束の間、顔を耳まで赤黒くして怒鳴る。
「わしゃまだ死んどらんからとっとはずさんか!」
「言葉には気をつけな。そのまま死んでも俺は痛くもかゆくもないが?」
相手は委縮することなく飄々とした態度を取っている。
「口の減らんガキじゃのう!」
「生殺与奪を握っているのはどっちかわかってんだろう? あんまり騒ぐと、ほら」
老人の怒声が呼び水となり河原の下流方面から石を踏む音が無数に響く。
見れば四人のゾンビが緩慢な動きでたき火に迫っている。
「は、早く解け! あいつらが来てるじゃろうが!」
「あ~うるさいうるさい、じじいの戯言は酒の席だけにしてくれ」
聞く耳持たぬアレルはクテスを放置しては足下にある小石を拾っている。
次いで取り出したのはシャフトとハンドルしかない傘。シャフトの先端には自転車のゴムチューブが固定されている。
傘のハンドルをライフルのように構えては先端をゾンビたちに向ける。膝立ちの姿勢で自転車のチューブにつがえて引き絞っては、下はじきと呼ぶ傘を閉じる際に固定する器具にひっかけ固定する。
後は引き金を引く要領でその下はじきを押せば、シャフトをレールとして番えられた小石は風切り音を立てて投射された。
例え、身体に当たって接近を遅らせようと、次の投射で確実にゾンビの頭部を叩き割っていく。
ゾンビ四人は距離を縮めるのを許されず、全員が行動不能に落とし込まれていた。
「パチンコとか器用なもんじゃな」
先の怒り心頭はどこに消えたのか、クテスはただアレルに感心している。
「こいつらは……ハズレか」
アレルはクテスを拘束から解かず、ゾンビ四人の衣服を漁っている。
中から拳銃を取り出そうと、カチカチと引き金を引いてはつまらぬように投げ捨てていた。
「それ銃じゃろうて! なんで捨てる!」
「あいにく、これはハズレ、オモチャの銃だよ」
論より証拠としてアレルは投げ捨てた拳銃を拾ってはクテスに見せる。
よくできたオモチャであって本物ではない。
ハズレの証明として<ハズレ>だと打刻されていた。
「期待して落とすとか悪趣味じゃのう!」
「人のメシを横からかっさらうのも十分悪趣味だよ」
呆れて言い返すアレルはクテスの足を掴んでは荷物のように引きずりだした。
「ええい、離さんかい! 年寄りをいたわる気はないのか!」
「あ~うるさいうるさい~そんだけ元気あるならいたわらんでいいだろうよ!」
平坦な場所であろうとここは流れ着いた小石の群生地。
衣服を通じて肌に硬き石が痛覚として走る。
抗議を口走ろうとアレルは聞く耳持つことなく茂みにクテスを押し込んでいた。
「なんじゃこりゃ!」
茂みの中に広がる空間にクテスは一瞬だけ抗議を忘れてしまう。
廃材を利用したのだろう。
畳四つ分の空間が茂みの中に作られている。
地面は野ざらしだが天井は穴の開いたビニールシートで覆われ、形も太さも異なる四方の柱が空間を支えていた。
「わしゃ二人目かい」
見れば空間の奥に先客が一人いた。
全身ずぶ濡れとなったまま放置されており、死んでいるかのように戻ろうと動かない。
「ありゃあん時のメガネのじょうちゃんかい」
「……ああ、流れてきたから拾った」
返ってきたアレルの声音は低い。これ以上何一つ答えぬまま先端の折れた錆びた包丁を取り出せば、蔦を切ってクテスの拘束を解いた。
「メガネのじょうちゃんも大変じゃのう、濡れたまま坊主に、放置、んなっ!」
狭い空間で立つに立てず、四つん這いに近づき、ドースへ気さくに話しかけるクテス。
だが反応はなく、ふと冷たい肩を掴んだ時、ドースの左目を見て絶句しては腰を抜かす。
「なっなななっ!」
すでに脈はなく冷たくなって死亡しているドース。
誰がやったかなど状況証拠は揃いすぎている。
つまりは――
「じいさん、黙ってろ」
アレルの圧ある言葉がクテスの発言を押しつぶした。
すぐさま空間の隅に置いてある手製のスリングショットを手に取ればクテスを拘束した蔓と小石の拘束道具をつがえている。
茂みの隙間から覗くのは第一ゲーム終了後に拳銃をいきなり向けてきた少女。
無警戒にもたき火の前に立っている。
(こやつ、こうして焼き魚で釣っては殺しておったか!)
クテスは結論づけるが、とんでもない失念をしていた。
最初から殺害する気であるならば、たき火前で拘束などせず、隠れ家に連れ帰りもしない。
生かしている時点で無関係だろうと、こう決めたらこうだという老人特有の
(あの嬢ちゃんがなしてわしを恨んでおるか知らんが!)
ならば老いぼれにできるのはただ一つ。
相手は無防備に背中を向けている。
クテスが拾い上げたのは小石ではなくハズレの拳銃。
ハズレでも拳銃には変わりない。
だからクテスは少女を狙うアレルの背中に拳銃を突きつけ言った。
「ジョーカーみつけた!」
「はぁ!」
相手が絶句しようともう遅い。
老人を殺さず生かしたことこそ失策。
これでおまえさんは終わりだと息巻くも実際の失策はクテスであった。
<ブッブー! ハズレです!>
どこから電子アラートの音声が鳴り響き、不正解を告げる。
「なんでじゃ!」
「このバカジジイ! ルールでは自分の拳銃を突きつけろって言われただろうが!」
そうルールではジョーカーとおぼしき人物に自分の拳銃を突きつけると事前にしっかり説明されていた。
拳銃なら何でもいいとはルールに明記されていない。
<ただいまよりデッドエンドミッションを開始します。
フィールド内にランダムで一カ所、
なお誤解答数が増えるに連れて爆撃箇所と範囲が増えますが、ご了承してください>
アレルは持っていた弓を放り捨てては足元にある小袋を掴むなり、外に飛び出していた。
「レイン、逃げるぞ!」
のんきにも魚を食べていたレインだが、飛び出てきた茂み人間に危うく骨を喉に詰まらせかけたのか、むせている。
「なるほど、つまりは本物じゃないから不正解なのか」
一方で空間に残されたクテスはまたしても見当違いをしていた。
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