第37話 拳銃奪還⑦~灯籠~

 それはありし日の記憶。

 ファミリーレストランでの親子の会話。


『父さん、どう似合う?』

 久方ぶりに会った娘は自慢げに右耳のピアスを見せてきた。

 赤く小さな星形のピアス。

 お子供かと思えば少し見ない間にボーイッシュの容姿に成長している。

 娘の魅力を存分に引き出しているピアスは友達とふと立ち寄ったアクセサリーショップで目に入り、そのまま買ったそうだ。

『似合っているぞ』

 父親として誉めたつもりなのだが娘は不満げに口を尖らせている。

『もう、そこはもう少し語彙力とか増やしてよ』

『といっても似合っている以外に思いつかないな』

 父と子の他愛もない会話。

 仕事ばかりかまけていたせいか、気づけば娘は一八歳だ。

 顔は父親似だが、性格は母親に似て真っ直ぐな性格ときた。

 娘曰く、中性的な顔立ちとその性格のお陰か学校では王子様扱いで異性ではなく同性にモテて困っているとか。

 まあ自分の娘だ。モテるのは仕方ない。

『てっきり怒るかと思った』

『別にピアス程度で怒る器量は持ってないぞ?』

 もし娘が薬物や窃盗、売春、恫喝と犯罪行為に手を染めるならば親として手をあげていただろう。

 だが親おらずとも子は育つの通り、娘は立派に育っている。

『アクセサリーも自分を磨くためのツールの一つだ。まあつけすぎるのはあれだがな』

 父親として苦笑する。父親とて若かりし頃は同級生がピアスをしていたのを思い返す。ただ自分もピアスをしようとは結果的に思わなかった。同級生の一人がケンカの際、ピアスをした耳を掴まれたことで、耳たぶが裂けるのを目撃したからだ。だから父親として娘にケガには注意するよう留めていた。

『か、母さんは元気か?』

 そして意を決するように本題を出した。

『うん、元気にしてる。父さん、今だからはっきり言うけど父さんは悪くないよ』

 娘に諭されようと、父親として旦那として失格だと思っていた。

 家族に楽をさせたい。家族のためにと身を粉にして働いてきた。

 家族のため、家族のためと働いた結果、気づけば家族の心は離れていた。

 五年前、妻から離婚を切り出され、娘とは月に一度会うのが許されている程度

 今思えば、家庭のすべてを妻に押しつけていた。

 例え身体が健康であろうと心はすり減っていく。

 その押しつけが妻の心を疲弊させていたと気づこうが遅かった。

『父さんが頑張って働いてくれたお陰でなに不自由なく学校にも通えているし、生活だって困ってない。母さんも今では少しずつだけどさ、父さんとの昔話話すようになったんだよ。離婚した後なんか父さんの話を口にするだけですんごく不機嫌になったのにさ』

 遠回しに復縁のチャンスだと娘が持ちかけている。

 だが父親として夫として、家庭を壊した元凶として自分が許せずにいた。

 家庭を壊した男が家庭に戻るなど到底許されるはずがない。

『父さん、いい加減自分を許してやってよ。ただ悲しいすれ違いがあっただけなんだよ』

 娘は父親の心情を察しては諭すように言う。

『父さんはただ私たちに過不足ない生活を送らせたかった。だから朝から晩まで一生懸命働いてくれた。自分が間違っていたって頭では分かっているんでしょう? ならさ私たち、また家族としてやりなおせると思うんだ』

 父が浮かべたのは苦い顔つき。

 表情から察した娘はただ悲しそうな笑みを浮かべるだけだ。

 それから一週間後、娘は行方不明となった。

<家族を取り戻す>というメモ書きを残して。

 父として、何故、娘に応えなかったのかと悔恨に沈む日々を送らねばならなかった。

 二年後、一人の女性がゲーム参加を持ちかけてきた。


 洞窟の暗闇が見せた走馬燈たる過去。

 か細い呼吸は石の裂け目を通り抜ける風に上書きされ、外には届かない。

 天井の割れ目から滴り落ちる水のように、刺された右脇腹から血が流れ落ちる。

(ここに、いたんだ)

 モータルは冷たい洞窟の壁に寄りかかり、震える手で赤い星のピアスを握りしめる。

 意識が暗闇に染まるに連れて、身体から体温と痛みが消えていく。

(あの子は、このゲームに参加して、家族を取り戻そうとしていた。娘を取り戻したい私と同じように)

 この赤い星のピアスを見間違えるはずがない。

 死防銃戯に参加し、そして死亡した。

 アレルという少年が娘とどこで接触したのか、結局聞く機会を逃してしまった。

 彼が殺したとは到底思えない。時期が合わない。

 多くの人と出会い、接してきた身として彼は白だ。

 あれは悪になろうとして悪になれない善人。

 酷い顔で彼を不快にさせたのは大人げなかった。

(仕事の鬼と呼ばれても、お子供には甘いな)

 一瞬の油断がこの状況を招いた。

 相手に大きいも小さいも関係ない。

(れ、レインくんに伝えなければ、このままでは……)

 だが、モータルの身体は意識に反して動かない。

 水面踏む足音が洞窟内を木霊する。

 もう唇動かす力すらなく、弦を引き絞る音が耳朶に届こうと、モータルの意識は二度と浮上することはなかった。


<モータル・GAMEOVER!>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る