第36話 拳銃奪還⑥~雪崩~
サングラスの男が瓦礫の山を歩く。
「くっそ、誰もいやしねえ」
リーリはいらだちを歩幅に表しながら不法投棄の山を下る。
渓谷に投棄されたゴミの山。可燃不燃関係なしの山。
錆びた鉄と廃れた油の匂いが足下から立ちこめ不快指数を上げていく。
ただ足を一歩踏み出しただけで瓦礫は簡単に崩れ落ち、進むのを困難にさせる。
ゴミの山から下山したくとも瓦礫に邪魔され思うように進めずにいた。
「拳銃を奪還してジョーカー見つけろとか、もうてっとり早く俺以外の全員を殺したほうが早いだろうよ」
ジョーカーを見つけだすなど人狼ゲームに近い。
人狼は村人に紛れ込んだ狼が誰か、暴き出すゲーム。
疑わしき者を狼として処刑する。だがはずれれば村人が狼に殺される。
村人は狼を見つければ勝ちだが、逆を言えば狼が村人全員を殺せば狼の勝ちとなる。
人狼に近かろうと第三ゲームはゾンビの存在がネックだった。
拳銃を使い、襲い来る。弾丸が残り一発であるリーリにとって、どこにいるかもわからないゾンビに拳銃を使われるの気が気ではない。
拳銃の所持がゲーム続投参加の資格がある反面、残弾がゼロとなれば失格となる。
「んなことさせたまるか、やり直すんだ俺は!」
奪われた世界大会という輝く舞台に舞い戻るために。
そのためには忌まわしき事件をなかったことにしなければならない。
「このサングラスでも見えるちゃ見えるが、どれも遠く離れすぎて誰が誰か分かりゃしねえ」
リーリはサングラスをかける。
網膜にはこの渓谷の下方にて辛うじて動く点たちが小さく映ろうと、小さすぎて誰が誰か判別つかない。
サングラスの透過機能や看破機能も距離が開きすぎて意味をなしていない。
サングラスの機能を存分に活かすためにはある程度の近い距離が必要だろいうと、そのためには瓦礫の山から抜け出せばならぬという難関が文字通り立ちふさがっていた。
「見る限りどっかの廃村のようだけど、これは捨てすぎだろう」
グチるリーリは瓦礫の山を踏みしめ進む。
万が一にと、瓦礫の中にゾンビが潜んでいないか警戒するも、サングラスは何一つ透過しない。
「ないよりマシかね」
自衛用の武器として傘ほどの長さある鉄パイプを瓦礫の山から引っ張り出した。
表面は錆び付こうと状態はよく、冷蔵庫に叩きつけようと折れる気はいないほど硬い。
長さもほどほどあり杖代わりとして瓦礫登山の負担を減らしてくれる。
まさに転ばぬ先の杖だ。これからの人生もそうありたい。いやあるべきだ。
「そうだよ。俺は世界に君臨するほどのゲーマーなんだぞ。どいつもこいつもたかがゲームだとあざ笑いやがって。一試合に何億の金が動いているのか、分からない時代遅れの老害どもめ。おまえらが見ている相撲なんて裸のぶつかり合いだし、野球だって打った投げたの球遊びだろうが」
世間の無理解を思い返してはいらだち、手に持つ鉄パイプで瓦礫に当たり散らす。
進む度に、ところ構わず叩きつけては硬い音を反響させ高き空に吸い込まれる。
だから気づかなかった。
苛立ちのあまり冷静さを欠如させていたのを。
もしここがゲームのフィールドであり迂闊に音を立てれば、敵に存在を知らせる自殺行為だと気づけたはずだ。
だが、サングラスの過信と自分勝手な苛立ちが失念に結びつける。
「お、水音がするなってことは近くに川か、滝があるな」
上から下に沿って流れる水ならば、それを辿れば廃村にたどり着けるはずだ。
これは遭難ではない。スタート地点が悪かっただけだ。いやスタート早々敵と遭遇していないのを踏まえれば、運が良い方だろう。
メンタルを前向きの方向に取った時、バーンと陳腐な爆発音が上方から響く。
「なんの音だ?」
古典的な声で反応を示したリーリは下って来た瓦礫の山を振り返った。
見れば瓦礫の山の頂上から煙が上がっている。
違法投棄されたガスボンベかリチウムイオン電池が爆発でもしたのか?
疑問を抱けたのはここまで。
秒単位で振動伝わらせる瓦礫の足場に怖気が走る。
「おいおいおい待て待て待て!」
瓦礫の山頂部から細かな瓦礫が音をたてて転がり落ちる。
細かなものから大きなものへ変化するのに時間はかからない。
「クソが!」
前言撤回だとリーリは不安定な足場だろうと駆けだした。
後ろを振り返らずとも分かる。轟音をたてて瓦礫が崩れ落ちていく。
ちんたら歩いていては瓦礫の雪崩に飲み込まれる。
雪の雪崩とは違う。雪の雪崩は雪に飲み込まれた後が地獄だと聞いた。
雪の重みで身体は動くに動けず、呼吸困難で窒息死する。
だがこれは瓦礫。無数の無機質に飲み込まれようならば、呼吸する間もなく瓦礫の重みに身は切り裂かれ圧死のゲームオーバー。
だからリーリは走る。走る。瓦礫に足を取られて倒れかけようと持っていた鉄パイプを突き刺しては持ち直す。
瓦礫の上を飛ぶ跳ねるように走る。
途中、尖った瓦礫の切っ先が衣服や肌をかすめて赤き線を身体に刻み込む。
迫り来る轟音が身体を気遣う余裕を持たせない。
「こんなところで終わってたまるか!」
足を動かすのは頑強な執念だった。
ここで終われない。終わりたくない。俺はこの程度で終わる人間じゃない!
質量の軽い瓦礫がリーリの横をかすめ飛ぶ。
その瓦礫は足下の瓦礫に跳ねては消えた。
無我夢中で走るリーリは構わず足を動かし、そして眼下に広がる景色めがけて高く飛び上がった。
「うっ、うおおおおおおおおっ!」
瓦礫の足場は途切れ、眼下には急転直下の崖しかなかった。
だが選択肢などあってないようなもの。
瓦礫に潰されるか、崖から落ちるか。
一か八かならば生存率の高いほうに賭ける。
重力の見えざる手がリーリを掴む。
「しめたっ!」
瓦礫の雪崩が迫ろうとリーリは絶望に染まらない。
なぜなら、眼下には河川が流れているからだ。
これが水音の正体だと流れ出る汗を舌で舐めとった。
相応の高さから落ちれば水面との衝突で痛かろうと、瓦礫よりはと覚悟を決めて水面へ勢いよく飛び込んだ。
派手な水音と高き水柱があがる。
そして追従するように無数の瓦礫が降り注ぎ、リーリの水柱を呑み込んだ。
水底から舞いあげられた砂が水面を澱ませる。
時が経ち、水流が澱みを押し流して水面の透明さを戻そうと、何一つ浮き上がってくるものはなかった。
ただ、どこか見覚えある鉄パイプだけがへし折れた形で河原に流れ着いていた。
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