第35話 拳銃奪還⑤~一石~

 鼻につくのは朽ちかけた葉の匂い。

「ここ、どこなのよ?」

 ドースは鬱蒼と茂る森の中を泣き言を零しながら歩く。

 周囲の木々は伸びに伸び、あたかも入り込んだ人間を閉じこめる自然の檻のようだ。

 空を見上げようと生い茂る枝葉が日光を遮り、森の中を薄ら闇に落とし込む。

 時折、枝葉の隙間より通り抜ける風に身を縮みこませるが、笑う足をどうにか動かし茂みかき分け進んでいた。

「歩いても歩いても森森森! あ~もうモリソバ食べたい!」

 会社近くにおいしいおそば屋さんがあったのを唐突に思い出す。

 会社の推し仲間と一緒にランチに出向いたものだ。

 戻ればハゲ上司が会社で仕事しながら食えとうるさかったが、最近は本当にひと睨みするだけで口ごもるので、以前より幾分マシとなった。

「拳銃を奪い返せ、ジョーカーを見つけ出せとか、誰なのよもう」

 自分を除いた六人のサバイバーを浮かべようと、生憎顔を知っているのは四人、その中で名前を知っているのはアレル・クテスの二人だけ。

 狭い路地で多少の会話をした程度で人となりは知らない。

 ただ自分なりに解釈はできた。

「ん~アレルくんはあのチェンソーのいぬを倒しちゃう人だから油断ならないのは確かだけど、人はいいのよね。口は悪いけど」

 端的に言えば悪人になろうとしてもなりきれない善人。

 第一ゲーム後のインターバルにて小さな参加者の面倒を見ている男の子が悪人には到底見えない。

「クテスさんはわからないな。歳の割に元気なのは確かだけど、なんかこう底が見えない。いえ底がない、かな」

 ただ違和感はある。

 こちらも悪い人間ではなさそうだが、底が知れない底を知らない体が強い。

 実際、アレルの連れである女の子の一人から銃口を向けられても合点行かぬ顔をするほどだ。

 アレルに尋ねてもわからないときた。

 因縁があるのは間違いないが、あの子の憎悪は並大抵のものではなかった。

「ん~わからん」

 結論言えば誰がジョーカーかわからないというのだけはわかった。

 人とは人となりや悪行を根拠に善悪を分かつ。

 分かとうと分かつ状況判断が乏しく迂闊に疑えば、ドース自身がジョーカーと疑心を抱かれる。

「残りは顔も名前も知らないときた」

 困ったように顔をうつむかせるドース。

 万が一遭遇しようならば、身の安全最優先で距離をとるのがベターだ。

 推しがゲスト出現していたドラマとて、もっとも善人に見えて実は極悪人でしたオチ展開があったりする。

「拳銃、自力で探して取り返すしかないっ!」

 再度ぼやきかけるが、茂みの奥より風とは違う音を耳が拾う。

 不満のように即飲み込む、茂みに身を潜めた。

 見れば少し離れた先の茂みには三人のゾンビが歩いている。

「あれは!」

 注目すべきは真ん中のゾンビ。

 後ろ右ポケットが拳銃の形に膨らんでいる。

 ポケットの中であるため、誰のかわからないが入手できればゲームを上手く進められるはずだ。

「そうよ、仮に自分のじゃなくても交渉するなり脅すなりできるはずよ」

 拳銃の交換なりクリア協力なり使い道はいくらでもある。

 ただ目下の問題は一つだけ。

「どうやって取り返そう」

 学生時代は成績上位だろうと運動は中の下。推しとの結婚を夢見て運動は隙間時間にしているが全体的に体重をキープする程度。リンゴを片手で握りつぶす握力もベンチプレスを平然と行う筋力もない。

 映画みたく敵陣のど真ん中に突っ込んで拳や蹴りによる乱打なアクションなど一般人のドースは無理なこと。

「控えめにいって罠かしら?」

 推しの出演ドラマを思い返す。

 戦国時代の合戦だったはずだ。

 戦乱だけに刀や槍などの刃物での死亡率が高いかと思えば実際は投石による死亡率が一番だったとドラマを通じて知った。

 石はそこら辺に落ちては硬く、先が鋭いものに当たれば致命的だ。

 加えてただ投げるだけでは相手を倒せないし届かない。

 仮に届いても鎧や兜に遮られる。

 威力と距離を上げるには遠心力で底上げする必要があった。

「そうよ、このベルトと組み合わせればいけるはず」

 まずはゾンビ三人を見失わぬよう注意を払う。

 尾行しながら手頃な小石を拾ってはベルトを通して作った輪に詰める。

 こぼれ落ちぬようベルトの固定具をしっかり締め、貯まった石の重さに呻くもベルトを両手に食い込ませながら運ぶ。

 これでは投石ではない鈍器だが球数は大事。

 ゾンビ三人はドースの尾行に気づくことなく茂みかきわけ進んでいる。

 無警戒ではなく時折立ち止まっては左右後を確認するなど警戒を怠っていない。

 進んだ先に何があるのかなど知るのは三人のゾンビのみ。

 ドースはいつ仕掛けるか、息を殺してタイミングを計っていく。

 耳が水の音を拾う。音からして滝が近くにあるようだ。音量からしてそれなりの大きさの滝と予測していい。

「うっ!」

 横合いからの強き風が枝葉を強く揺らし、舞い上がる土埃がメガネを通してドースに視界を眩ませる。

 軽く瞼をこすったドースは三人のゾンビを確認した。

 三人は二人になっていた。

 どこにと疑問を走らせるより先に左から漂う鼻摘む腐臭が答えを出す。

 ゾンビの一人が間近にまで迫り、腐乱死体とは裏腹に健康的な白い歯で噛みつかんと距離を詰めてきた。

「いっやああああああっ!」

 恐怖のあまりドースは叫ぶ。その拍子に本能が両腕でガードさせようと動いた時、その手で握ったベルトも連動して跳ね上げられ、迫るゾンビの顎を殴りあげていた。小石を詰めるだけ詰めたからこそ質量兵器と化している。真っ正面から受けたゾンビの顎は砕け、仰向けに倒れ込む。ドースの悲鳴と小石がばらける音を聞きつけたゾンビ二人が動く。ゾンビの一人がポケットから拳銃を抜こうとした時、ドースはベルトに新たな小石をつがえており、遠心力で振り回してはゾンビ二人に向けて投擲していた。

 推しとの結婚を目指すが故にできた動作だった。

「や、やったの!」

 立て続けに投擲された小石は風切り音をたて、引き寄せられるようにゾンビ二人の額に激突する。

 せいぜい牽制になればと思った投擲が、立て続けに命中した。

「やった、やったんだ、できたんだ!」

 これでまた推しのと結婚に今一歩近づけたとドースは喜び跳ねる。

 飛び跳ねる度、茂みが大きく揺れる。

「おおっと拳銃回収しないと、これないとゲームオーバーなんだし」

 喜ぶのも程々に拳銃持つゾンビに近づいた。

 額に深々と小石を食い込ませたゾンビは誰も動き出す気配はない。

 漂う腐臭に顔をしかめながらどうにかゾンビの手から拳銃を解放させる。

「これは<リーリ>――って誰だっけ?」

 拳銃に打刻された知らぬサバイバーネーム。

 七名のうち一人なのは確かだが、誰なのかわからない。

 ともあれ次にやるべきことは決まった。

「そうよ、この人を見つけだして――」

 トスと突き刺さる音がドースから発言を奪い去った。

 左目から頭にかけて急激な熱が走る。

 右目に何か細長いものが映っている。

 言葉が出ない。意識が回らない。

(なにがあった、の……?)

 自身になにが起こったのか把握できぬままドースは仰向けに倒れ、そして動かなくなる。

 左眼孔から後頭部にかけて矢のようなものが突き刺さっていた。


<サバイバー・ドース。GAMEOVER!>

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