幕間

第18話 インターバル①

 我ながら無茶をしたものだと、アレルは常々反省する。

 いや、トラブルにより負傷し、進めに進めなかった状況下において最善だったはずだ。

 右腕をかみ砕かれた時の激痛は、ゲーム終了時に右腕が元通りになろうと、その記憶ははっきりと脳に刻み込まれている。

「えっとサイズはっと」

 衣装は右袖が欠損し、右靴は銃弾が靴底まで貫通している。

 設置された端末に手を添えれば、電子レンジの軽快な音が鳴る。

 くぼみのあるテーブルがせり上がり、上下一式の衣装とブーツが現れた。

『脱いだ服や靴は横のボックスにまとめてお入れください』

 機械音声の案内付きときた。

 そのままブーツの靴ひもを解くことなく足を抜き、開いている更衣室で着替えに入る。

 真新しいジャケットに袖を通していた時、外からの話し声を拾う。

「さっきの奴、どう思う?」

「思うもなにもな」

「頭三つのチェンソー犬を目の前で倒すとか、あれ、そうとうヤバいだろう」

 盗み聞きする気はないのだが、ついつい聞き耳を立ててしまう。

「見てくれは年下のガキだが、警戒したほうがいいと思うぜ」

「連れの女もだよ。自分だけゴールしてるってのに見捨てるどころか咄嗟に助けてやがる」

「別段、ゴールインしても、自分自身が外に出なければいいってわけか」

「ルールは一通り覚えているけどよ、穴ってのがあるんだよな」

 確かにと聞き耳立てるアレルは内心頷いていたりする。

 ルールは絶対。

 守らなければ、即失格となる。

 だが、ルールの穴を突けば失格とならない。

 撃ち合いになればアウトだが、ならなければセーフといった具合に。

(ルールを今一度、確認した方がいいかもな)

 有利に働く穴があるかもしれない。もしく窮地に陥る穴があるかもしれない。

 これはデスゲームだろうとゲームの一種故。

 明確なルールにより進行しているのならば、ルール確認は命を繋ぎ、死を予防することになる。

「よっと」

 アレルは衣装一式の着替えをブーツ以外終える。

 サイズは体格に合っており、手足を動かそうと窮屈感はない。

 そのままカーテンを開いた時、話し声の主たちの姿はない。

 代わりにいたのが、いかにも中間管理職のような中年男性だった。

 目尻と口端が不機嫌につり上がり、まるでトイレを我慢しているような険しい顔つきときた。

「ちょっと待ってくれよ」

 アレルはブーツの靴ひもを手慣れた手つきで締める。

 中年男性は、待たされた苛立ちを体現するように靴先を何度も上げては降ろしてと動かしていた。

「では失礼」

 社交辞令で立ち上がったアレルは、そのまま着ていた服とブーツを掴んでは更衣室から離れる。

 中年男性は眉間にしわを寄せて一睨みすれば、無言で中に入る。

 そして音を立ててカーテンを閉めた。

「感じ悪いな、父さんならもっと愛想良くしていたぞ」

 社交辞令すら通じないとは、とアレルは嘆息する。

 着替えた服や靴を指定されたボックスに入れかけた時、違和感に気づく。

「あれ、俺って靴ひも解いてたっけ?」

 右足のブーツだけ靴ひもが解かれている。

 更衣室に入る前、靴ひもを解かずにそのまま脱いだはずだが、はてと首を傾げる。

 道中でほどけぬよう靴ひもはきつく結ばれている。

 実際、左側のブーツも結び目は硬く、解くに若干の時間を必要とした。

「まっ、いっか!」

 だが、気にすることなく服や靴をアレルは指定のボックスに入れる。

 もうこの服や靴とはサヨナラバイバイ。着替え終えた今、お別れである。

 新しいブーツで芝生を踏み歩く。

 レインと女の子の姿を探す。

 誰もが芝生の上に座り込み、身体を休めている。

 力なく倒れ伏し寝息をたてている者、支給された食料を口にする者、食べようと先のゲームを思い出したのか、激しく嘔吐する者がいた。

「アレル、こっちよ」

 ふとレインの呼び声にアレルは振り向いた。

 見れば洋館壁際にあるベンチにレインと女の子が腰掛けている。

 その膝の上にトレーが乗せられ、器から湯気が立ち上っていた。

「はい、あんたの分」

 レインから手渡されたトレーには、コーンスープに柔らかそうなパン、水の入ったペットボトルが乗せられていた。

 質素だと思ったが、今後のゲーム展開を考えれば、肉などのボリュームある食事は胃の負担となる。

 ひいては身体の内からゲーム進行を妨げる要因となる。

 喰いすぎて動けず死ぬなどバカらしい。

「ずいぶんとまあいいところ見つけたもんだな」

 用意してくれたレインに感謝しつつ、女の子を挟む形でアレルはベンチに腰を降ろす。

「この子が見つけたの」

 レインは女の子の頭を優しくなでる。

 女の子はほめられてうれしいのか、顔をほころばせていた。

「そういや、お前、名前は? あ、サバイバーネームな」

 女の子はアレルに答える形でジャケットの胸元を指さした。

「エリンって名前なんだけど、この子、あんまり喋らないの。喋っても小声だし、耳元で言ってくれないとよく聞き取れないのよ」

「いや、仕方ないんじゃないのか」

「やっぱり、そうよね」

 スープを口にしながらアレルは女の子との出会いを思い返す。

 父親らしき男性に隠される形で樹の樹洞にいた。

 目の前で父親を殺されたショックで声を出せなくなったのだろう。

 アレルとて父の死を知らされた時、四日ほど食事が喉を通らなかったほどだ。

「まあ今は食えているから、いくぶんマシかね」

 エリンはよほど空腹だったのか、リスのように頬を膨らませながらパンをかじっている。しっかりと顎を何度も動かしては噛んでは飲み込み、スプーンでスープをすくえば音をたてることなく口にしていた。

 その光景を横目に、育ちがいいのだろうと直感する。

 食事というのは否応にもその者の育ちの良し悪しがでる。

 パン一つにしても、そのままかじって食べるか、千切って食べるかでその育ちがわかる。

 実際、レインはパンを千切ってから口に運んでいた。

(年末年始、親戚一同集っての食事の時は、子供同士、食べ物の取り合いだったからな)

 どの家庭も食うに困らないはずだが、子供同士、日頃は素直でおとなしいくも、数が増えると凶暴性を増すバッタのように料理をとったとられたと元気いっぱいに揉めるほど。

 ただ、それは最初だけ。自ずとにぎやかな食事となり、楽しかったのを覚えている。

「次のゲームなんだと思う?」

 口に入れたパンをスープで流し込んだレインが聞いてきた。

「十中八九、この洋館がステージだろうよ」


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