第17話 第一回ゲーム終了

<リタイヤ!>

 

 ドーレのゴールインに続いて、どこからか電子アナウンスが響く。

 洋館を目前にしながらたどり着けなかったサバイバーたちが光る粒子となり散っては消える。

 悔しがる声さえ上げられず呆気なく消えていく。

 この光景にドーレは怖気を走らせるが、ルールでは失格者は生きて元の生活に戻れるとあるのを思い出す。

 ただリタイヤは失格であるため生きて帰れるが、ゲームオーバーは死亡故、次がない。

 ただデメリットもある。

「失格になっても生きて帰れるけど、願いが反転するペナルティーが襲いかかる……」

 生きていれば儲けだろうと、生き甲斐を奪われる窮地に陥ってしまう。

 ドーレの脳が最悪な展開を勝手に予測する。

 推しが自分以外の誰かと結婚すること、あるいはグループの解散による音楽活動の永久離脱。

 死ぬ! 身体は生きていようと、心が死ぬ!

 また始発の電車で出社しては、終電に揺られて家に帰るを繰り返す無味乾燥な日々に戻ることになる。

 それではまるでゾンビだ。

 エネミーであるゾンビとなんら変わらない。

「そう私は絶対に!」

「なんで、なんであんたがいるのよ!」

 ドーレの決意を引き裂くのは少女の怒声。

 振り返れば、一人の少女がドーレより先にゴールした老人に向けて拳銃を向けている。

 あの少女は機械犬を倒した少年に抱えられていたサバイバーの一人だ。

 拳銃に安全装置はない。

 ほんの少し引き金を引くだけで弾丸は撃ち出される。

 状況を全く把握できないドーレはただ困惑して身を縮み込ませるだけだ。

 すぐ側にいた小さな子もドーレと同じ。

 こら! 少女の足下の仰向けで動かない少年、寝てないで止めなさい! あなたの仲間なんでしょう!

 負傷なんてゲームクリア時に完全回復しているのだから、寝てないで助けなさい!

「あんたの、あんたのせいで!」

 目には明確な殺意が迸り、両手で構えた拳銃の銃口が震えている。

 サバイバーの誰もが緊張した表情をするだけで誰一人止めに入らない。

 理由は簡単だ。

 ルールにおいてサバイバーの撃ち合いは禁止。

 撃った瞬間、即失格となる。

 ライバルが一人減るかもしれない状況では、止めぬほうが好都合となる。

「はい、そこまでです」

 老人と少女に割って入ったのはナビゲーターだった。

 銃口がすぐ目の前にあろうと、表情一つ変えず少女が持つ拳銃に手を添え、弾倉部をその手で掴む。

 ドーレは知らないことだったが、回転式弾倉の拳銃は、弾倉の部位を抑えられると発射されない構造となっていた。

 もっとも知ってか知らずかは別として、銃口の前に平然と立つのは常人からすれば死にたがりの狂気でしかない。

「既に第一回ゲームは終了しております。即失格となりたいのでしたら止めはしませんが?」

 抑揚のない平坦なナビゲーターの声に少女は目尻に涙をため、両肩を震えさせている。

 ナビゲーターが拳銃掴む手を離す。少女は唇を強く噛み締めながら、銃口を降ろす。老人に背を向け、仰向けに寝ている少年の元に戻っていた。

 一方で、銃口を向けられた老人は、合点がいかぬ顔を繰り返すばかりときた。

「はて、どちら様でしたかな?」

 少女の歩みが止まる。両肩を今にも泣き出さんと震えさせる。

 歳に不釣り合いな殺意、いやあれは憎悪だと少女の背中が語っている。

 その憎悪が、目からも放たれ、老人を鋭く睨みつけている。

 再度、銃口を向けそうな気迫だが、ナビゲーターの目に圧されて拳銃構えるのを躊躇っていた。

「うっ、ん~うるせいな、痛ってて」

 仰向けの少年がうめき声をあげればムクりと半身を起こしていた。

 少女はホルスターに拳銃を収めれば、半眼で見上げている少年の頭を無言で叩く。

 爽快な音が洋館に響き、どこからか忍び笑いが漏れ出ていた。

「痛って! いきなりなにすんだよ!」

「うっさい! 功労者はまだ寝てなさい!」

「とどめ刺す気か!」

 痴話喧嘩かとドーレは呆れた目線を向ける。

 先ほどまでの殺意と憎悪はどこへ消えたのか。

 少女は老人に背中を向ける形で座り込み、その側に女の子が心配そうな顔で身体を寄せてきた。

「少々トラブルはありましたが、第二回ゲームまでまだ時間があります。サバイバーのみなさまは、その間、ゆっくりと身体を休めていてください」

 それと、とナビゲーターは続けざま言い放つ。

「不具合のある拳銃は一端、こちらで回収します。第二回ゲームが開始されるまでにメンテナンスと安全装置を取り付ける作業に入ります。みなさま、ご理解とご協力をお願いいたします」

 ふとドーレの前に駆動音を走らせるコンテナボックスが現れた。

 見れば底に八つのタイヤを持ち、浮かび上がる立体的矢印が拳銃を入れるよう促してくる。

 箱は縦に何列も仕切が走り、拳銃同士が直接ふれ合わぬよう安全策が施されていた。

 拳銃は己の半身。所持していなければ失格となるはずだが、運営が指示ならばとホルスターから抜いた拳銃を箱の中に入れる。

 正直言っていつ暴発するかわからない危険物を持ち続けるのは心臓に悪い。

 とっとと安全装置を取り付けてもらいたいものだと思った時、ドーレは疑問をナビゲーターにぶつけていた。

「ねえ、ナビゲーターさん、みんな同じ拳銃だけど、識別されるものとかあるの?」

「はい、拳銃の銃把、つまりは銃の握り手部位をご覧ください。そこにサバイバーネームが打刻されていますね? しっかりと識別できますのでご安心してください」

 確かめてみれば、確かに<ドーレ>とカタカナで打刻されている。

 これなら誰かの拳銃と間違うことはないようだ。

 サバイバーの誰もが暴発を防ぐため慎重に拳銃を自走するコンテナボックスに入れる。

 一〇〇の拳銃の回収を終えたコンテナボックスはそのまま洋館脇に忽然と現れたテントに入っていった。

 間を置かずして金属の接触音がテント越しに聞こえてきた。

「ではみなさま、こちらでは軽い食事や代わりの衣装を用意しております。ご自由にご利用してください」

 ほんの先ほどまでなにもなかった敷地に、忽然と屋台が現れた。

 SF染みたワープの移動といい、死体を動かす端末といい、現実的にあり得なさすぎる。

「それと、第一回ゲームで負傷した方々の肉体は既に修復が施されています。安心して第二回ゲームに挑んでください」

 右腕を失った少年の右腕は何事もなかったように右腕がある。

 ただ衣装は血だらけ傷だらけであった。

 少年は立ち上がれば、両足でピヨンピヨン飛び跳ねては、両手や靴先を何度も振っていた。

 側にいる小さな子が安堵をこぼしているのは、元気になったからだと思っていた。

「おなかすいたな」

 ゲームクリアの安心がドーレに空腹を鳴らす。

 屋台からは食欲そそる匂いが鼻孔を通じて手招きする。

 食べられる時に食べる。食べなければ仕事はできない。

 これが社会人になったドーレが第一に学んだ教訓だ。


<死防銃戯ルール>

 ゲーム中の負傷や状態異常はゲームクリア時において完治される。

 よってサバイバーは万全な状態で次ゲームに挑むことができる。


 第一回ゲーム<追いかけっこ>エンド!


 アレル:残弾五・残り使用回数・五

 レイン:残弾六・残り使用回数・六

 エリン;残弾三・残り使用回数・二

 ドーレ:残弾四・残り使用回数・四

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