第32話 拳銃奪還②~ノイズ~

 転送――

 その電子音声が耳朶を打つなり、意識を引き延ばされる。

 気づけば密室から一転、土と木、そしてカビの匂いが混じる空間に飛ばされていた。


「ここは、家の中か?」

 アレルは警戒を目に宿しながら周囲を見渡した。

 眼前に広がるのは朽ち果てた木造の内装。剥がれ落ちた床板に天井の隅には蜘蛛の巣。天井の一部は倒木により倒壊している。畳は雨水の浸食によりコケむしり、土壁や木の柱には風化による亀裂が走る。

 亀裂の隙間より覗く外の光景には青い空と多くの家屋が広がっている。

 家屋の多さからかつては相応に発展していたのだろう。

 昭和の教科書に出てきそうな木造の家屋ばかりだ。

 だが今では人が去り、自然の浸食を受けたことでどれもが朽ち果て半ば倒壊していた。

「くっ、なんか気持ち悪いし、目が霞むな」

 唐突に襲う軽く車に酔ったような感覚。

 若干ながら目も霞み、目の前の光景にノイズのような幻影が走る。

 軽く頭を振るい、意識を揺り動かそうと多少はマシになった程度だ。

 気合いで気を取り直してはポケットから取り出したカードを眺めるアレル。

 第一ゲームのシークレットミッションにて手に入れたカード。

 人目のつかない場所に転送されたのは行幸だ。

 カードの存在を他のサバイバーに露見されることなく、出会い頭に襲撃を受けるリスクも軽減された。

 加えて、この屋敷は高台にあるのか、俯瞰できる形でフィールドを見渡せる。

「拳銃を奪還しないとな」

 カードをポケットに戻せば行動に移る。

 情報が足りない。ゾンビの数は? 種類は? 罠の有無は? 他のサバイバーの初期配置は? 自ら動いてその目で確かめなければ意味がない。

「使えるものはっと」

 今までのデスゲームを経験を活かしてアレルは廃屋の探索に入る。

 拳銃は手元になく、ゾンビが攻撃してくる以上、なんらかの対抗手段は必要だ。

「なんかね~か~」

 畳を試しに持ち上げようと朽ちており、軽くめくっただけで掴んだ部位を残して崩れ落ちてしまった。

 これでは盾代わりにもなりはしない。

「柱は、太すぎて持ちにくいし。ここはベタに木の棒だよな」

 瓦礫の中より柱らしき木材を拾おうと太すぎて持ちにくい。

 倒木から落ちた枝を拾い上げては剣のように振るう。

 山にピクニックに行った時、手頃な枝を拾っては自分だけの剣だとクラスメイトたちと遊んだ思い出があった。

 倒木から落ちたもので朽ちておらず、何度か振り回せば先端が鞭のようにしなる。これは当たれば痛い。

「ゾンビに効果あるかどうかは別問題だが」

 痛覚ないゾンビに効果は薄いのは見えていたが手ぶらよりマシだと納得させる。

 一本では不安なのでもう二本ほど手頃な長さの枝を拾えば、ベルトに差し込み、帯刀のように下げる。

「さて、どこにいるやら」

 玄関口は扉など当になく、吹きさらしとなっている。

 瓦礫もなく悠々と抜けられるが堂々と出るのは間抜けだ。

 アレルは反対方向に足を向けて奥へと進んでいく。

 瓦礫は思ったほどなくまたがす程度で奥に行ける。

「まあ期待はしていないが」

 裏口から出られるのを期待したが、裏口はあろうと流れ込んだ土砂により塞がれ通行止めとなっていた。

 仕方なく来た道を戻るアレルだが、ふと別の樹木の倒壊により土壁に生まれた亀裂から蔵らしき建物を見つけだす。

「なんかありそうだな」

 蔵は家財や商品を安全にしまうための建物である。

 木の枝よりマシなものが手に入るかも、と淡い期待を抱くも、亀裂より差し込む影に息を殺した。

 影の正体はゾンビであり猫背のまま緩慢な動作で外を歩いている。

 見た目は予選で相対したゾンビ。数は確認できるだけで一。朽ちたジャケット姿であるが、第三ゲームのゾンビは知能があるとナビゲーターが言っていた。

「あれは!」

 ゾンビはアレルが廃屋内にいると気づくことなく緩慢な動作を周囲を闊歩している。

 アレルが目を見開いたのは、土壁の裂け目をゾンビが横切る際、ズボンの後ポケットに無造作に突っ込まれた拳銃を目撃したからだ。

「誰のだ?」

 見ようと誰の拳銃か、走るノイズが妨げとなり固有の色が分からない。

 野生動物の前に生肉と同じようにサバイバーの前に拳銃である。

 食える時に食らうように確保できる時に確保せよと心が急かしてくる。

 自分のでなくとも拳銃の返却を持ち主に持ちかけ、協力を強いることが可能のはずだ。

「どうする?」

 ゾンビはゲームのNPCみたく同じ箇所を移動している。

 背後から襲撃して拳銃奪取がベタだが、亀裂から覗くゾンビが一人だけで見えない位置に他のゾンビがいる可能性も否定できない。

「くっそ、なんで見えないんだ」

 視界を妨げるように走るノイズ。

 色が見えなくなるの生まれて始めなことにアレルは混乱する。

 共感覚にて今の今まで様々な色が見えるのが当たり前に生活してきたからこそ、色を掴めない状況は不安を煽ってくる。

 見えないからこそ感覚も流れも気配も何一つ掴めない読めない分からない。

(手を伸ばしてもギリギリ届かない嫌な位置にいやがる)

 息を殺して壁の亀裂まで近づこうとゾンビは気づくことなく背中を向けている。

 亀裂から外を覗くも周囲にゾンビがいる様子はなく雑草生えた敷地が広がっている。

(どうする)

 今一度自問した時、アレルの無意識が視線を手に持つ棒きれに移していた。

 枝とは真っ直ぐ伸びるものではない。曲がってもいれば、枝分かれしたことで凹凸だってある。

 ならば試す理由などなかった。

 亀裂の隙間から枝を伸ばして拳銃の引き金トリガー(トリガー)前を覆う用心金トリガーガードにひっかけ、すれ違いざま奪取する。

 簡単にできそうだが拳銃は重さがあり、ズボンから抜き取った瞬間、その重みで落ちる可能性だってある。

 小細工抜きで背後からの背面端末強打による破壊が手っ取り早いはずだ。

「あっ」

 衣擦れに混じり草むらに落下音が走る。

 隙間から覗けばゾンビのポケットから拳銃が消え、すぐ足下に落ちている。

 どうやら重みでポケットから落ちたようだ。

 ゾンビは気づくことなく猫背のまま左へと歩いていく。

 この好機を逃さぬアレルではない。

 枝を使って亀裂前まで引き寄せれば後は突き入れた右腕を伸ばして、その手で掴みとった。

 掴み取った手は右からの干からびた手に強く掴まれる。

「抜かった!」

 功を焦ったと気づこうが時すでに遅し。

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