第33話 拳銃奪還③~依頼~
別なるゾンビだと気づこうがもう遅い。
右側のゾンビは干からびた手からは予測を裏切る握力でアレルの手首を万力の如く掴み、外へと引きずり出そうとする。
だが土壁の亀裂はアレルの身体を通すほどの大きさはなく、右腕だけが亀裂に吸い込まれるような形となる。
もがきあらがおうとゾンビは手を離さない。
抵抗の物音に気づいた最初のゾンビが緩慢な動きでUターンしては左へ戻ってきた。
亀裂から覗く左側のゾンビは見せつけるように顔は朽ちようと健全な歯を開く。
動けぬアレルの右腕に歯を立てんとしていた。
「くっそが!」
銃口を向けようと右手掴むゾンビは銃口を向けられぬよう横から抑えにかかっている。
正面でなければ銃口で狙い撃てず、手首を曲げようとがっしり掴まれ動かせない。
この短い間で、抑える側と攻撃する側に別れて連携をとるなど知能あるのは嘘偽りないようだ。
「離せっての!」
全身を使って拘束から逃れようとゾンビは手を離すはずがない。
抵抗続ける度、亀裂より細かな破片が降り注ぎ、枝分かれを増やしていく。
「それならっ!」
枝分かれ増やす土壁の亀裂にアレルは賭けに出る。
左側のゾンビの動作が緩慢なお陰で猶予はあり、右側のゾンビは抑えに集中して攻撃しない。
右腕に走る激痛をこらえながらアレルは亀裂に向けて何度も何度も右膝を強く蹴り込んだ。予選でエラーを起こしたゾンビにしたのと同じ要領で膝を蹴り込んでいく。
亀裂の枝分かれを増やし、壁そのものの破壊を狙う。
亀裂広がる度、外より差し込む光が増える。
ゾンビ二人の姿も露わとなった瞬間、膝の蹴り込みによりついに土壁は崩れ落ちた。
「ゾンビはそこら辺の枝でも食ってろ!」
右手はなお引っ張られたまま。アレルはその慣性を利用し敢えて前に踏み出しては腰に差した枝二本をまとめて掴む。今まさに右腕に食いつかんとした左のゾンビの口奥に突き入れた。
硬い感触が枝から腕に伝わる。しなることで戻ろうとする反動が生まれ、左のゾンビをのけぞらせる。間髪入れることなく右手掴むゾンビの顔面を左拳で殴りつけた。
右手掴む力が緩むなり身を屈めて素早く足払いをかけては右ゾンビの姿勢崩れる運動エネルギーを使って右手を引き抜いていた。
あえて追撃はせず、廃屋内に戻れば体勢を整えたゾンビ二人が緩慢な動作を切り捨て、猫のような俊敏さで急迫する。
「おっらっ!」
待ち構えるように立つのは折れた柱をバッドのように構えたアレル。
全身で支えるように両腕で持った折れた柱。
愚直なまでに急迫するゾンビ二人の顔面めがけてフルスイングで柱を直撃させた。
接触による強い衝撃がアレルの身体を突き抜けた時、ゾンビ二人は仲良くそろって場外ならぬ室外ホームランとなる。
草むらに背面を打ち付けた時、硬い衝突音がする。
全身を痙攣させては二人とも動くことはなかった。
恐らくだが茂みに潜む硬い何かと衝突したのだろう。
「なんとか、なったな」
緊張を吐息と共に吐き出しては折れた柱を捨てる。
右手首には強く掴まれたことで手形の痣が刻まれていた。
だが、指は動く。手首を回せると骨に異常はないようだ。
「さてとこれは誰のだ?」
改めて入手した拳銃を確認する。
握る部位にサバイバーネームが打刻されているため一目でわかる仕様だ。
「マジかよ! ラッキー!」
アレルは拳銃に刻まれたサバイバーネームを見るなり、周囲を省みず歓喜の声を漏らしてしまう。
拳銃には自身のサバイバーネームがしっかりと打刻されているからだ。
色が掴めない不調の中、持ち前の幸運は健全のようだ。
「これでまず一つか」
日没まで逃げ切ればアレルの勝利だが、素直に喜べない。
何故ならもう一つやるべきことがあるからだ。
それは第三ゲーム開始前のこと。
アレルはナビゲーター・カレラに嫌悪を露わにしながらタブレット越し問う。
「カードの使用法を教えるだけ教えて、俺にそれをさせる何のメリットがある?」
相手は断るのは自由だと事前に念押ししている。
『そうですね。例えば……裁判で絶対に勝てる確固たる証拠が報酬ならいいかがなさいますか?』
アレルは忌々しくも舌打ちした。
どの裁判か明確な説明がなかろうと、喉から手が出るほど望んでしまうものだ。
『当然ですがこれは成功報酬です。結果的に、あなたがゲームオーバーになろうと運営が責任を持ってご遺族に証拠をご提供いたします。そこはご安心してください。さて、いかがなさいますか? 依頼を受けますか? 断りますか?』
アレルに選択肢などあってないようなものだった。
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