第8話 追いかけっこ②~邂逅~

 ルール上、撃ち合わなければ問題ないと明記されていた。

 裏を返せば、一撃でしとめきれれば撃ち合いにならず=違反とならない。

 撃ち合い以外の行為、先の妨害行為も違反とならない、はずだ。

「外から撃たなかったのは箱が頑丈だからか、それとも弾丸を温存したいからか」

 アレルは中から腕と背面で扉を押し開けようとする。

 引っ越しや酒屋のバイトで身体は鍛えられている。

 ただ箱は降下を前提とされている以上、重く、隙間が生じるだけで中から出られない。

「くっそ!」

 足止めと出遅れを強制されたいアレルは、拳握れば苛立ちを正面の開けぬ扉にぶつけていた。

「このままゲームクリアまで箱の中とかシャレにならんぞ!」

 道具は拳銃ひとつのみ。

 発砲にて穴は開こうと、人間が通れなければ無意味。

 家族の無念を晴らせる可能性が、よもや箱の中に閉じこめられる形で潰えようとしている。

「諦めて、諦めてたまるか!」

 今一度、アレルは歯を食いしばり、背中と両腕に力を込めて扉を押し開けんとする。

 その起爆剤となる感情は溜まりに溜まり、広がるに広がった憎悪。

 もう二度と両親と会うことができない。

 家族を引き裂いた奴らは、今なお、さも当然と日々を謳歌している。

 許せない。認められない。

 内に燃えたぎる鮮烈な感情がアレルに脱出の後押しとなる。

「ぐっ、うううううおおおおおおっ!」

 隙間が生じる。全身に力を込め、うめき声を上げながら隙間を広げていく。

 箱が傾ぐ。腕の筋肉が悲鳴を上げる。

 後は力のまま一気に箱を押し上げるだけ。

 その時だ。隙間から前触れもなく何かが突き入れられた。

 太い木の枝だと気づいた時、外から女の声がした。

「そのまま行くわよ!」

 誰かが解放の手助けをしている。

 狙いは、という疑心が走る。

 だが、アレルは現状を考えろと解放を優先させる。

「ふんんんんっ!」

 アレルは奥歯を噛み砕かんばかりに噛みしめる。

 全身の外からの助けを借りて箱を押し上げた。

 全身の筋肉が悲鳴あげれば箱が傾き、重力に引かれて倒れ込む。

 ひんやりとした外気と舞い上がる土埃が鼻孔を通じてアレルに入り込み、真っ暗な空と可憐な顔つきの女の顔が瞼に映り込む。

 どことなく昔の女に似ている雰囲気に本能が顔をしかめさせた。

「なによ、折角助けてやったのにそんな顔するなんて失礼ね」

 薄暗い中、相手が顔を反射的にしかめたのがわかる。

 当然の帰結だろう。

 アレルを助けたのは十代の女だった。

 後方で結わえた黒髪にややつり上がった目尻、ジャケットの上からでも感じられる華奢な肉付き。外見からして中学生だろう。

 別にデスゲームの参加に驚かない。

 ただ警戒だけはする。

「貸し一つね?」

 女はしかめ面から一転、アレルの鼻先まで顔を近づけては、にんまりとした笑顔を浮かべてきた。

 嫌な色だと内心舌打ちするアレルは、女の表情から狙いに勘づいた。

「助けてやったのよ。ゴールまで護衛って、きゃっ!」

 アレルの返答はホルスターから拳銃を抜くことであった。

 女が悲鳴を上げるより先に、アレルは引き金を引き絞る。

 撃鉄にて叩き起こされた弾丸は閃光迸る銃口より飛び出し、女の頭上を飛び越える。

 咄嗟に引いてしまったが銃声が響いた後では、文字通り後の祭り。

 ドサリと重い音が女の背後からする。

「う、嘘、でしょ」

 女は音の正体を確認するなり絶句する。

 一匹の大型犬が眉間を撃ち抜かれ倒れ伏していた。

 腐っても犬。

 犬種からしてハスキーに近い。四肢はしっかりあろうと毛並みは荒れ、わき腹からは肋骨が晒している。右目に至れば眼球はなく、眼孔から虚がのぞき込んでいた。

 額にはゾンビの背面にあった端末が張り付けられ、弾痕が青白いスパークを走らせている。

「これで貸し借りなしだ。いや貴重な一発を使わせたんだ。貸し一つな」

(くっそ、あいつと雰囲気似ているせいでうっかり撃っちまった。しかもなんか当たるし!)

 口では言おうと、内心では捨てたはずの善意に悪態ついていた。

 善意は人のためにある、が亡き父の口癖だった。

 誰かのために行動する父に倣い、息子もまた実践してきた。

 だが、父の逮捕で全てが変わった。変えられた。塗り潰された。

 後はもう誰もが犯罪者の家族だと後ろ指を指す。

「まあいいわ。一応、お礼はいっておくわね」

「なら俺がピンチになった時は一発撃ってくれ」

「オーライ、介錯しろって解釈でいいわね?」

 なんだこの女は、とアレルが抱いた印象だった。

 外からの手助けがなければ出られなかったのは事実。

 感謝はしているが、相手の顔から、ソーシャルゲームのガチャで大当たりを引いたような喜びの色彩が漏れ出ているのがどこか気にくわない。

 これが箱の中身がキモオタデブ中年童貞ハゲであったなら、絶望のどん底に陥っていたのは安易に予測できる。

「似ているのは雰囲気だけか」

「なんかいった?」

 アレルのぼやきは聞こえていたようだが無言で返す。

 相手は不服なのか、両頬を膨らませていた。

 どうするかと無視するアレルは思索にふける。

 妨害によりスタートは出遅れた。

 真っ直ぐ進めばショートカットだが、急がば回れの念押しは聞き入れるべきだ。

 弾丸はうっかり一発使った身。

 当てにするだけ腹が立つとあるように、この女を当てにすると自滅するリスクがある。

「待てよ」

 ふと扉を開放したまま横倒しとなった箱に目が行った。

 箱そのものは落下を前提としている以上、頑強に作られている。

 ただ、この手の物体は構造上、開閉部が弱い。

 昔、ご近所さんから組み立て途中の戸棚の完成を頼まれた時、現物を見れば蝶番の固定に失敗していた。戸の開閉どころか、固定すらままならない状態だったのである。

「きゃっ!」

 アレルが靴裏で扉を蹴るなり、背後の女から悲鳴がした。

 開いたままの扉の蝶番に何度も靴裏を蹴り込んだ。

 暗き森の中に幾重にも音が響く。

 蹴り続ける中、魔犬の意味に理解した。

 猟犬ではなく魔犬。

 暗い森に魔犬=ゾンビ犬とは主催者はお約束の鉄板リスペクトに長けているようだ。

「少し重いが持てないこともないな」

 閃いたのは扉を盾代わりにするというもの。

 扉の裏側には降下時に掴むグリップがある。

 これならば縁を掴む手間が省け、盾として利用できる。

 あると気づいていれば、落下時に苦悶せずに、は今となっては過ぎたこと。

 ゴールの目印はあろうと暗き森を走覇するライトもない。

 道を示す方位磁石もない。

 どこに誰がいて、何が潜んでいるのか分からないのなら、迂闊に進むのは死への近道。

 デスゲーム名が死防銃戯ならば死を予防することこそが、ゲームクリアの近道となるはずだ。

「それにルール上は問題ないはずだ」

 ルールを今一度思い出す。


<死防銃戯ルール>

 刃物などの武器弾薬の支給はない。

 サバイバーは知恵を絞り、死を予防せよ。

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