第9話 追いかけっこ③~目撃~

 つまりはステージにある物を使ってもルール上は問題ないと解釈する。

 知恵を絞りとあるならば、作って使ってなんぼのはずだ。

 ゲーム名が死防銃戯ならば死の予防がゲームクリアの近道となる。

「……急がば回れ」

 足を踏み出す寸前でアレルは思い出すように口走った。

 洋館より漏れ届く明かりが進むべき方向を示している。

 その明かりを頼りに進めば最短で森を抜けられるだろうが、わざわざ念を利かせるあたりなにかあると邪推するのは必然だ。

「ちょっと置いていかないでよ!」

 蹴り外すのに夢中で女の存在をアレルは失念していた。

 半眼で振り返れば、女は不満そうに両頬を膨らませている。

 死が潜んでいる状況下で、よくもまあ、そんな顔ができるなと心底呆れかえっていた。

「ついてくるなら勝手にしろ」

 またしても捨てたはずの善意がアレルに本心とは違う言葉を走らせる。

 足の遅そうな女一人、お荷物になりかねないが、いざとなればゾンビ犬への囮にすればいいと自身に言い聞かせ、納得させた。

「やっぱり助けて正解だったわ」

 不満顔から一転、女は笑みをこぼす。

 漏れ出る笑みに、アレルは顔をしかめ、奥歯を噛みしめた。

 昔の女に笑い方まで似ているからだ。

「私はレイン、あんたは?」

「……アレルだ」

 女、レインに背を向けたまま歩き出したアレルは手早く名乗る。

 盾代わりとした扉を右肩で担ぎながら暗き森の中に足を踏み入れる。

「オーライ、ゴールまでよろしくね、アレル」

 呼び捨てかよ、と背中からの弾む声にアレルは顔をしかめるが、旅は道連れ、世は情けだと強く、強く言い聞かせた。


 森は鬱蒼とした割に木々の隙間が多く、月明かりや洋館の明かりが漏れ出ている。

 時折、風に乗って血生臭さや硝煙の臭いが流れてきた。

 襟をマスク代わりにしようと、代わりになるだけで隙間から臭いが入り込み、マスクそのものになりはしない。

 ゴールである洋館の方向がわかるだけマシだと何度も言い聞かせる。

 ただ進めるか、どうかは別問題だが。

「伏せろ」

 開けた場所を目視するなり、アレルはすぐさま背後のレインに指示を送る。

 盛り上がった野太い根を遮蔽物にして身を潜める。

「え、なになに?」

「あと黙ってろ」

 緊張感のないレインに調子を狂わされるアレルは低い声に怒気をこもらせる。

 これはデスゲームだ。

 遊びで参加しているのではない。たった一つの願いと命をかけた生存競争。コンテニューがあるような気分で参加しているのかと悪態つく。

(こいつの色が読めないから困る)

 アレルを困惑させるのはレインたる女の色が読めないことだ。

 人間、相手の顔色や感情の機微に対して応対を変える。

 いわゆる処世術というものだ。

 共感覚を持つ身として、アレルもまた見える色で応対してきた。

 企みや疑心、嘘があるならば、表情や声音から相応の色をアレルは見て取れることができた。

 人柄や個性から色を感じ取れるが、レインから色が読みとれようと、色が変わる。

 人間の色は固定だと様々な人を見て知った。

 身体の循環する血液のように、本質の色が循環している。

 声音や機嫌が変わろうと、本質たる色を自在に変えられる人間を見たことがない。

 なのにレインという女、視線から赤を感じれば、呼吸は青であり、鼓動は緑、言葉は白と掴めないのだ。

 ただ幸いなのは悪意の色を読みとれないのは幸いか、それとも見せていないだけか。

「来るぞ」

 声を潜めたままアレルはレインに強く注意を促した。

 アレルは無言のまま左側に注意するよう促した。

 一方で自分は後方に注意するなど抜からない。

 静寂だった森に喧噪と複数の駆ける靴音が響き出す。

 暗がりから月明かりに照らされ五人の男女が現れる。

 年齢からして誰もが二〇代前後か、息を切らしながら走り、険しい顔で時折背後を振り返っている。

 追跡するのは六頭のゾンビ犬。

 ゲームではゾンビ犬=ドーベルマンのイメージが定着しているがゾンビ犬の犬種は統一されていない。

 チワワに秋田犬、柴犬にコーギー、レトリーバー、狛犬とサバイバーが呼吸を乱す中、舌一つ出すことなく無機質な追跡を行っていた。

「こ、こま、いぬって犬?」

「犬ついているから犬だろうよ」

 アレルは平坦に返す。

 神社の境内にある狛犬。

 獅子に似た魔除けの犬であるが、あれは無機物であって有機物ではない。

 運営側の遊び心か。他のゾンビ犬と例に漏れず額には端末があり、有機物と遜色のない動きでサバイバーを追っていた。

「きゃっ!」

 銃声が響くなりレインが頭を引っ込めた。追われるサバイバーの一人が拳銃を発砲させたが、弾丸が撃ち出された時、既にゾンビ犬は真横へと俊敏に動き、命中させない。

 もう一発撃とうとしたサバイバーの手は振るえ、次弾発砲を躊躇する。

 その躊躇を噛みつかれた。

 チワワゾンビが体躯を裏切る速度で踏み込み、サバイバー一人の左足首の裾に噛みついた。

 すぐさまふりほどこうと足を振り回しているが小さかろうと犬は犬。牙は裾に食い込み、次なる行動を阻害する。

 だが噛みつかれたサバイバーの機転は早かった。

 チワワは小型犬だからこそ、体躯は軽く、走る影響は軽微だ。

 迫るゾンビ犬に背を向け走り出した。

 立ち止まれば死ぬ。ならば立ち止まらなければいい。

 他のサバイバーに追いつかんと懸命に追いかける。

「ん?」

 ふとレインが疑問の色をこぼしてきた。

 その視線は最後尾のサバイバーから追いかけるゾンビ犬たちに移る。

「落ちた?」

「いやまだ生きてんだろう」

「そういう意味じゃないの」

 小声で指摘したアレルにレインは声を膨らませる。


「なんかさ、最初に見たのと、今とじゃワンちゃんたちの速さが違うのよ」

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