予選:絶体絶命ゲーム

第4話 絶体絶命ゲーム①

 サバイバーネーム<アレル>――ルームイン。


 眠りから覚めたような戸惑いが少年を急激に襲う。

 目を開けば、そこは体育館ほどの広さを持つ真っ白な室内空間だった。

「こ、ここは、どこだ?」

 目開けばただ一人、広い空間に立っている。

 周囲を見渡そうと遮蔽物一つない。

 天井を見上げようと、照明が均等に並び、目を眩ませる。

「うお、なんだこれ?」

 周囲を確かめんと一歩歩き出した時、自身の服装が変化していることに気づく。

 砂埃と靴痕まみれだった学生服から一転、灰色のジャケット姿だ。上下ワンセットのフードつき長袖長ズボン。登山で使うようなブーツ。襟は鼻先まで覆えるほどあり左胸にはネームの刺繍が施されていた。

 着替えた記憶はなく、着替えさせられた記憶もない。

 加えてどこか腰回りが重い。

 服の上からその重さに指を添える。硬いものが指先に触れるなり、ジャケットのファスナーを一気に降ろす。ジャケットの下はシャツだが、問題なのはホルスターに収まった黒鉄の拳銃が姿をさらしたことだ。

「なるほど、銃の遊戯だから死防銃戯か」

 たった一つの願いを賭けたデスゲーム。

 参加表明時に拳銃を握ったが今はホルスターから抜こうとしない。

 銃などおもちゃやゲーム内でしか扱ったことのない素人。

 下手に触れて暴発のちお陀仏は勘弁願いたい。

 せめて発砲の訓練の一つぐらいさせて欲しかったとぼやくも既に参加した身では後の祭りである。

「ナイロンみたいな肌触りだな」

 次いで指先より伝わる生地の触感がナイロンのように滑らかだ。

 左胸の生地を掴めば、ネームの刺繍をのぞき見る。

「アレル、それがここでの俺の名前か」

 拝読したルールを思い出す。


<死防銃戯ルール>

 ゲームを円滑に進めるため、参加者にはサバイバーネームが与えられる。運営がランダム生成したネームであるため、ネームそのものに深い意味はない。


 デスゲームもゲームの一種。

 ゲームであるならば定番の視聴者がいてもおかしくないだろう。

「あえてカタカナは漢字読みにくいからか?」

 自嘲しようと自答できず。

 自答よりも問題は、この空間に一人いる理由だ。

 その理由は天井からの声にて説明される。

『それではただいまより<死防銃戯>予選<絶体絶命ゲーム>を開始します』

 生気のない女性寄りの電子音声であった。

 予選があるなど聞いていない。

 いや、こちらから聞いてもいないが、ルールにも表記されていなかっため腑に落ちない。

「絶体絶命とか、うおっ!」

 忽然と目の前に窓枠が浮かび上がる。

 いや、窓枠ではない。インターネットにあるブラウザに酷似していた。


<予選ルール>

 生存条件:一〇分以上生き残る及び敵一体の機能停止。

 死亡条件:弾切れ・サバイバーの自滅及び他殺。


 宙に浮かぶ窓には日本語でルールが表記されていた。

 敵とは誰だ。

 デスゲームだけに参加者同士で撃ち合うのか。

 それならば遮蔽物一つない空間であるのが理解できる。

『カウントダウン開始、六〇、五九』

 アレルの緊張を余所に、カウントダウンが開始される。

 だが敵の姿は見えない。現れない。カウントがゼロになれば現れる仕様なのか。それならばどこから現れるのか。周囲を警戒しようと三六〇度、全く同じ内装同じ色。目を凝らそうと同じ色にしか見えない。

 壁面は白だが、アレルの目には灰色に映る。

 灰色は死の色。白と黒が混ざり合った終わりへと送り出す色。

 両親の葬式で否応にも味わった忌むべき色だ。

「くっそ、どこから来る! 相手は誰だ!」

 カウントダウンが進む度、内なる警鐘が音量を上げる。

 ホルスターから拳銃を抜き取り構えるも、ドラマの一幕を思い出し、人差し指をトリガーにかけない。指をかけた拍子に暴発や誤射が起こるとドラマのドキュメンタリーにあったのを思い出した。

「警官が持つ銃に近いが!」

 回転弾倉式のリボルバー拳銃。

 金属故に重さがあり、素人がドラマよろしくスタイリッシュに片手で撃とうならば、反動で脱臼および横転するのがオチだ。

 銃火器の知識など持たぬアレルに種類など分かるはずがない。

 ただ安全装置がどこかあるのか、ドラマなどで直感的に分かった。

「これを、これだな!」

 拳銃左横のボタンをスライドさせ、次いで親指で撃鉄を起こす。

 トリガーを引けば、連動して撃鉄が降ろされ、弾倉内の銃弾が撃ち出される。

 弾倉の穴は六つあり六発の実包が装填されていた。

「どこから来る!」

 敵出現ポイントが分からぬならば、壁に背中を合わせ襲撃ポイントを狭めるのが定石だと何かのドラマで見た。

 人間、テレビばかり見ればバカになると老人たちがやかましく言おうと、その知識も案外バカにできないようだ。

『三、二、一……ゲームスタート』

 カウントダウンはついにゼロとなりゲームが開始する。

 周囲をめまぐるしく睥睨するアレルは死の匂いに身構えた。

 目に映る灰色がすべきではないと警告してくる。

 次いで三六〇度、すべての壁面が音を立てて下方へスライドする。

 堰を切ったかのように、土臭さと腐敗臭の入り交じった臭いがアレルに押し寄せてきた。

「う、そ、だろ」

 三六〇度見渡す限りのゾンビが露わとなった。


「絶体絶命ってそういう意味かよ!」

 周囲は見渡す限りのゾンビ。

 うめき声を何一つ発さず、ただ足音だけを不気味に響かせる。

 一人一人の挙動は亀の歩み寄り遅かろうと数が尋常ではない。

 目測でも五〇は越えている。

「敵ってゾンビだが、どう見てもやばいだろうこれ!」

 アレルが悲鳴をあげるのはゾンビの数ではなくゾンビがまとう劣化した衣装だ。

 男らしきゾンビは額や左目に穴が開いている。女らしきゾンビは左腕が肩からなく、わき腹が欠損している。アレルと年の近いゾンビまでいるときた。

 着目すべきは誰もが劣化しようとアレルと似た衣装を身につけていることだ。

 弾丸で穿たれた穴――弾痕が無数にある衣装、燃えてぼろ雑巾となった衣装、上しかなく下半身が丸出しとなったゾンビもいれば、上半身をさらけ出した女ゾンビもいる。女の乳房を生で見られるならば男なら嬉しいだろうと、生憎、身は腐り落ち肋骨が丸見えであった。

「ゲームで死んだらゾンビになるって脅しかよ」

 演出か事実かは確かめようがない。

 だが、心理的圧迫効果は高く、人によっては囲まれた瞬間、発狂あるいは戦意喪失に陥るだろう。

「ゾンビだからもう死んでるだろう!」

 動きたくとも既に囲まれているため下手に動けない。

 ホラー定番のゾンビ。

 昨今のゾンビ事情からして、ゾンビを動く死体として至らしめるのは大抵二つ。

 一つ、ゲームで知名度を上げたウィルスによる死体操作。

 二つ、昔からの常識、呪いによる非科学的なオカルト効果。

 そのどちらかであるが――

「頭を撃ち抜く、いや、無駄か!」

 アレルの目が制止をかける。

 撃つだけ無駄だと、撃つなと。

 理由は一つ。

 ゾンビの多くが頭部に弾痕とおぼしき穴があるからだ。

 死体を利用しているならば、元からあったと想定すべき。

「クリアできない予選なんてないはずだ!」

 逆を言えばクリア方法が必ず存在していることになる。

 五〇ものゾンビから一〇分間逃げ切るのは無理に等しい。

 歩みが遅かろうと、数にものを言わせて追いつめ、逃げ道を塞ぐ。

 遮蔽物ひとつ置いてないのは、ゾンビの進行を阻害させない、サバイバーを隠れさせない運営の悪質な遊び心のはずだ。

「考えろ、これがゲームならどこかに攻略のヒントがあるはずだ!」

 思考する間に時間とゾンビは進んでいく。

 四方八方をゾンビに囲まれ、逃げも隠れもできない状況。

 迫り来る死の概念が急速に喉を乾かせる。

 声音は強かろうと、足は恐怖で震えていく。

 呼吸はゾンビとの距離が狭まるにつれて荒くなる。

「ん?」

 震える足に拳で活を叩きつける。

 その活を入れたのとゾンビたちの進行と重なった時、アレルに違和感が走る。

 見間違いの言葉が脳裏を過ぎる。

 中央に位置するアレルとゾンビたちとの距離は目測で五メートルほどまで縮まっている。

 今なお動くに動けず悪臭に顔をしかめるアレルだが、ふいに右足先を床に叩きつける形で規則的に動かした。

 そしてゾンビの群の足だけを注視する。

 ゾンビの群が進まんと右足を上げたと同時、アレルは足先を上げる。

 ゾンビの群が進まんと右足を下げたと同時、アレルは足先を降ろす。

 波長が合う。

「一緒、だと……?」

 性別老若男女歩幅がバラバラのゾンビが一寸の狂いもなく同時に距離を縮めてきた。

 ゲームや映画のゾンビは規則性など皆無。むしろ統率のとれていない動作が予測の敷居を上げ、対処を難しくさせている。

 それが目の前のゾンビは精密機械のように寸分の狂いなく統制されていた。

「ってことはゾンビの中に統率している個体がいるか、それともゾンビの中に統率する仕掛けがあるか、どっちかだ」

 周囲をめざとく観察しようと、姿形が異なるゾンビたち。

 これは狩りだと、狩るか狩られるかのどっちかだと。

 時間は残り少ない。

 天井に展開されるカウントダウンは残り三分を切っている。

 こういう時こそ、深呼吸だ。不快な悪臭の吸引を阻止するため、襟をマスク代わりにして深呼吸を深く長く繰り返す。

「あ、そうか、別に一発で倒す必要ないんだったわ。これ、死防銃戯なんだから

 頭が真っ白になった瞬間、妙案が浮かぶ。

 逃げきれぬからこそ倒すことに傾注しすぎてたのは失念だった。

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