第5話 絶体絶命ゲーム②
予備弾倉はなく六回しか撃てない。
弾切れが失格となるならば、一発一撃にしなければならぬと無意識が脅迫してきた。
「規則正しく動くのなら、その正しさを歪めてみればいい。そうすれば違う一面が見えてくるはずだ」
はずすなよとアレルは自身に言い聞かせながら、両手で拳銃を握りしめ、ゆっくりと先頭を進むゾンビに近づく。
唇をきつく絞め、相対距離が縮まる度に心臓の鼓動は緊張で跳ね上がる。
ゾンビは近づこうと誰一人急激に襲いかからず、ただ亀の歩みのような歩行を繰り返すのみ。
そのような単一の行動パターンか、それとも一定の距離が縮まるまでか、分からない。
アレルは拳銃を両手でしっかりと強く握りしめては銃口を一体のゾンビの右膝に突きつけ引き金を引いた。
耳をつんざく銃声が響き、発砲の衝撃が握った両手を痺れさせる。
「くっ!」
硝煙の匂いと発砲の反動に顔をしかめる暇はない。
アレルは仰向けに倒れる形で肉薄するゾンビから床を蹴って距離をとる。
右膝を撃たれたゾンビはまともな歩行が行えず倒れ込む。
「ビンゴ!」
倒れたゾンビの背中には板状の端末が埋め込まれていた。
「これが規則正しく動かすからくりか!」
種が判明すれば案外もろいもの。
クリア条件の一つが殺害ではなく機能停止なのも納得だ。
すぐさま撃鉄を起こすなり、飛び込むように仰向けでうごめくゾンビに急迫する。
銃口を突き入れ、引き金を引いた。
これだけ近づけば外すなんてない!
一発、二発と立て続けに響く銃声。
弾痕穿たれた端末からスパークが走る。
走り、空間内にアラームもまた走る。
<ゲームクリア!>
アナウンスが響いたと同時、ゾンビの群は一斉に停止した。
物言わぬマネキンとなり誰一人微動にしない。
「ふう~」
残り時間は五:三二>と表示されている。
アレルは緊張の糸が切れ、力なく床に座り込む。
「これで予選なら本戦はどんだけなんだよ」
願いを叶えるからこそ、ゲームが鬼畜仕様なのは頭ではなんとなく分かっていた。
だが地図を見るのと、道を歩くのが違うように、聞きしに勝る現実があった。
死という確かで不可分な現実が。
「この機械でゾンビを動かしていたのか」
時間と共に緊張は薄れ、弾痕穿たれた端末を見る。
「そういや、筋肉ってのは電気信号で動いているって授業で習ったっけ。んで、死んだじいちゃんが言ってたな。確か昭和の授業じゃ、解剖したウシガエルに電極繋いでぴくぴく動かして生物の動きを学んだって、おっえ」
思い出すだけで吐き気がこみ上げてきた。
ゾンビでこみげなかったのは単に吐き気より恐怖が上回っていたからだ。
だから、小さな端末一つで死体を動かす仕組みに疑問を抱く余裕はなかった。
「ついて、ないよな」
もしサバイバーの末路が目の前にいるゾンビならばアレルの背にも装着されているかもしれない。
怖気の微電流を背筋に走らせる中、アレルは背中に手を伸ばす。
指先から汗ばんだ人肌の温もりを感じるだけで金属質の感覚は何一つ伝わらない。
「ほっ」
とりあえず胸をなで下ろす。
この安堵が空間内に響く衣擦れの音を聞き逃してしまう。
「へっ?」
派手な転倒音が空間に突如として響く。
後方に立ち尽くすゾンビが将棋倒しとなった音だと気づいたのは、その原因がアレルに飛び込んできた時だ。
一体のゾンビが朽ちた身体で朽ちていない白歯を向けてきた。
「くっ!」
銃撃どころか回避すら間に合わず、アレルは咄嗟に左腕を掲げてゾンビの噛みつきをガードする。
長袖の上から歯を立てられ、咬力が服を通じてアレルの表情を歪ませた。
「こ、こいつ!」
右眼孔が窄まり、右耳に赤い星型ピアスをしたゾンビだった。
ゾンビは噛みつくだけで、爪でひっかくことも、血を飛ばすこともない。
間近で漂う腐臭に吐き気を抱きながらもアレルは右手親指で拳銃の撃鉄を起こせば、その胸に銃口を突きつけ、至近距離から発砲した。
一発、二発目は肋骨に遮られるが、三発目の弾丸が胸から背面にかけて貫き走り端末を穿つ。
ゾンビはアレルの左腕に噛みついたまま電源が切れるように動かなくなった。
「離れろっての!」
振り払おうとするが静止映像のようにゾンビは噛みついたまま固まっている。
左腕を振ろうと歯が左袖に食いつき離れない。
右腕は発砲の反動で痺れが残り力が入らない。
残ってなくても赤の他人の死体に障るのは躊躇する。
だから右足を折り曲げてバネのように力を込めては腐った頭部に靴底で蹴り入れる。
一度で離れるはずがない。腐っていても人間。骨は健全なようで二度、三度、いや五度めの衝撃でようやく頭部は離れ、その反動で身体から分離していた。
「くっ~」
蹴り離されたゾンビの頭部はボールのように転がり、小さな金属音が足元から響く。
見届けることなくアレルは腕の痛みに苦悶しながら左袖をまくり上げた。
「傷が、ない、だと?」
ただ目を見張るしかない。
驚いたことに袖には咬まれたことで生じた擦り痕があろうと、腕には歯形が刻まれていなかった。
「この服、噛まれるのには強いわけか」
防刃性能の高い衣服だと直感する。
襟が鼻先を覆うまであるのはてっきり防臭かと思えば、首をゾンビの噛みつきから守るためなのもしれない。
次いで周囲のゾンビのまとう劣化した衣装から逆に銃弾には弱いと把握する。
そう思ったのは弾痕穿たれた衣服を多数のゾンビがまとっているからだ。
『ゲームクリア後にゾンビが稼働するエラーを確認。サバイバー・アレルの残弾ゼロ。ゲームクリア後につきリタイヤは無効』
天井から電子音声が響く。
咄嗟に連発したため拳銃の残弾はゼロである。
残弾ゼロは失格条件の一つだが、ゲームクリアが先であること、ゾンビ稼働がエラーであることから問題ないようだ。
だが、アレルの顔はゲームクリアの達成感ではなく嫌悪感を強く浮かべていた。
「エラーね、ゾンビを端末で操作するとか、ある意味、ドローンゾンビだな」
アレルはそのまま床に腰を下ろす。
死体の再利用が捗るなと心の内で皮肉った。
特に戦争では大活躍だ。
死んでいるから安否を心配する必要もないし、死んでいるから戦死者の数に入らない。
欠損部位も他の死体とつなぎ合わせればいい。
死んでいるから拒絶反応もない。
武器を使える知能があるかどうかは別として。
「予選クリアおめでとうございます!」
ふと真っ正面から祝う声がした。
顔を上げれば、アレルをゲームに誘ったカレアが立っている。
影も気配も感じなかった。
違和感なく忽然と姿を現していた。
アレルは驚くよりも反射的に表情を不快に染めている。
「まず先にお詫びを。システムエラーによりエネミー一体がゲーム終了後に動くアクシデントがありました。幸いにもおケガはないようでなによりです」
「なら詫び石ならぬ詫び願いでもくれるのか?」
表情筋一つ変わらぬカレアにアレルは嫌み一つで返す。
相手はただ安堵した目で返すのみ。
どうやら詫び願いはないようだとアレルは不満そうに口を尖らせた。
「続きまして本戦に移行いたします」
一休みする時間すら与えてくれないようだ。
運営がせっかちなのか、それともタイムスケジュールが押しているのか、問おうと答えてくれないのはカレアの表情から分かり切っていた。
「予選通過者は総勢四八三名。サバイバー一〇〇〇名のうち半数以上が予選落ちとなりました」
アレルは目尻を尖らせたまま沈黙で返すのみ。
サバイバーの予選落ち原因が、死亡か、弾切れかなど細かい理由を聞くのに意味などないからだ。
他者に気遣っていれば必ず足下をすくわれるのが目に見えている。
父の逮捕で嫌というほど味合わされたはずだ。
他人を信用するな。信じるな。
だが逆に信じさせて利用し生き延びろ。
そうでなければデスゲームは生き残れない、仇討ちを完遂できないと本能が告げてくる。
「前回は七〇〇人ほど予選通過したのですが、今回の予選は少し敷居が高かったようですね」
カレアが聞いてもいないことを言ってこようとアレルは沈黙を保つ。
参加人数も、予選突破数もアレルには知ったことではない。
どんな決意を持って参加したか、願いの先になにを為すのか、知ることに意味はない。
知れば枷となり、お節介な者から脱落していく。
参加を決意した時点でアレルは大勢の中の一人。大勢の中の一人から勝ち続け、願いを叶えた一人とならなければならない。
そうでなければ誰が亡き両親の無念を晴らすというのだ。
そうしなければアレルはただ世の全てを呪う無力な人間となる。
絶対にお断りだ。アレルは決意と拳を強く握りしめる。
「では本戦ステージへ移動を開始します」
覚悟を改めて抱いたアレルにカレアは事務的に告げた。
そして、その身は何処かへと送られる。
<死防銃戯ルール>
ゾンビに咬まれようとゾンビになることはない。
ただしゾンビに殺された場合、その限りではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます