第6話 血のハッピーバースデー

『サバイバーネーム・レイン、ゲームクリア』


 拳銃を撃った腕が恐怖で振るえる。肩の笑いが止まらない。友達の心臓が激しい鼓動を刻む。友達の角膜が倒れ伏すゾンビを映す。友達の肺が酸素を求めて呼吸を止めない。

 噛まれた自分の手が痛い。

 だが、この程度の痛み、皆が受けた痛みと比較すれば生ぬるい。

 この程度の痛みで人は死なない。死ぬはずがない。

 皆はこれ以上の痛みを受けて死んだ。殺された。

「はぁはぁはぁ、弾は残り一発か」

 十代前半の少女は可憐な顔は返り血で汚れ、袖口で拭うことすら忘れるほど目を血走らせていた。

「ハッピーバスデートゥーユー」

 無意識に口走る歌。

 歌うなり我に返れば顔にまとわりつく不快感を袖口でぬぐい去る。

「くっ!」

 今なお焼き付いて離れず消えぬ歌。

 誕生を祝う歌であり喪失となった呪いの歌。

 見聞きすれば一度で覚え、二度と消えぬ記憶力を何度恨んだか。

 二年前、あの時の光景が否応にも昨日のように思い出す。


「お誕生日おめでとう○○!」

「おめでとう!」

「ハッピーバスデー!」

 小さな喫茶店に友達三人の喜びとクラッカーの音が駆け回る。

 今日は○○の一三歳の誕生日。

 こんな自分のために友達の一人が両親の経営する喫茶店を一日貸し切ってくれた。

 嬉しかった。涙が出てきた。けど最近は右目が霞んでよく見えない。声ははっきり聞こえるのに、すぐそばにいるのに、友達三人の姿がはっきりと捉えられない。

 左目もまた追従するようにメガネで調整できぬほど視力が落ちてきた。

「みんな、ありが、とう」

 酸素マスク越しにか細い声で○○は側にいる友達三人にお礼を告げる。

 今日この日を祝ってくれる三人を祝いたい。

 そうだ。今度、パパに頼んで三人の誕生日は盛大にしよう。うん、そうしよう。

 パパは大手企業に勤める常務。家ではママに言い負けてばかりで頼りないけど、会社では頑張る上役だ。最近は専務と衝突したり社員の横領が発覚したりと大変みたいだけど、そうしよう、うん、そう決めた。

「無理しないの」

「そうよ、折角病院から外出許可が降りたのよ」

「主役なんだからとことん楽しまないとね」

 友達三人の言葉に、○○は頷きながら涙ぐむしかない。

 嬉しかった。今日この日を祝える日が来るとは自身も思っていなかった。

 二歳まで生きられない。

 生まれた直後、医者からそう宣告された。

 生まれながら身体を蝕むいくつもの病。

 臓器移植を受ければ助かるかもしれない病。

 だが適合するドナーは見つからない。

 苦しかった。自力で歩行するどころか呼吸すらままならず、時間と年齢が重ねられていく。

 臓器移植のために父親が用意した多額の資金もNGOを名乗る詐欺グループに遭って根こそぎ奪われた。

 奇跡なのはこうして一三回目の誕生日を迎えられたこと。

 ○○は三人のおかげでこうして今、この瞬間を生きていられるのだと何度感謝したことか。

「さあケーキのご登場だ!」

「せっせと早起きしてみんなで作ったの」

「材料だって病院と相談して○○が食べても安心できるものだから一ホールごと食べていいわよ」

「もうそんなに食べられないわよ」

 三人の気遣いにうれしさのあまり涙が出てくる。

 病気で学校にあまり通えなかった○○のためにかいがいしく世話を焼いてくれた。

 病気を揶揄してきた者には大人だろうが子供だろうが身を挺して助けてくれた。

 哀れでも憐憫でもない。純粋なまでの友情で接してくる。

「さあローソク爆破!」

「そこは点灯でしょうが!」

「もう折角のお祝いに不振なこと言わないの!」

 三人のやりとりに○○は自然と顔をほころばせる。

 来年もこうして三人で祝えればどれだけ幸せか。

 いや違う。今を祝えているからこそ、次もあると、来年も祝えると未来を見据えて進むことができる。できている。

 生きねば、と○○は己に巣くう病魔に絶望することなく生きていける。

「ハッピーバスデー、ハッピーバスデートゥーユー」

 ケーキに立つ一三本のろうそくにライトが灯され、三人は歌う。

 一つ、一つとライトを輝かせるろうそくは一三本の灯りをまとう。

 本来ならろうそくは火を灯すもの。

 だけども○○は酸素マスクをしているため、安全のため、ろうそく型ライトで代用していた。

 高濃度の酸素は燃焼率が高く、危険だからだ。

 酸素マスクをした患者がタバコの火で全身を炎上させた事故は多い。

 ○○はゆっくりと肺に息をためて酸素マスクを外す、ライトだろうとろうそくを消すフリをした。

 息を吐き出した瞬間、外からの倒壊音と共に意識が暗転する。

 血と排気ガスの臭いが室内に充満している。

 次に○○が意識を取り戻した時、店内に一台の軽自動車がバックで突っ込んでいる光景を目の当たりにした。

「え、な、なに、え?」

 ○○の身体は横転し、離れたソファーに倒れ込んでいる。

 脳が瞳に映る光景を処理しない。

 見るなと、見てはダメだと警鐘と鳴らすが目を逸らせない。

 友達三人は軽自動車の下敷きとなり、伸びた手足は微動だにしない。

 漏れ出たオイルのように床を染めるのは真っ赤な血。

 生命が生きる力、命を循環させる証。

 すぐ近くで友達の両親が悲鳴を上げている。

「あっ、あ、ああああああ」

 悲鳴が、嗚咽が○○から漏れる。

 助けだそうと、身体は動かず、目しか動かせない。

 誰なの、誰が三人を!

 軽自動車のドアが開く。

 中より絶句した老人が現れるのを瞳が捉える。

 だがさらに絶句したのは、老人から出た言葉だった。

「く、車が、動かんでは仕事にならないではないか!」

 軽々と三人の命を奪っておいての許されざる発言。

 罪の意識すら持たぬ発言に肺腑が怒りで膨れ上がる。

 絶対に許さない。許せるはずがない。

 老人は車の心配をするだけで倒れる人間に誰一人救護どころか通報すらしない。

 遠くからサイレンの音がする。同時に○○の意識が遠ざかる。

 ダメだ。ここで意識を失ったら誰が友達を。

 ○○の願いは虚しく意識は途切れるように喪失した。


 レインは心臓ある胸元に手を添える。

「そうよ、三人の分まで生きるの。生きないといけないの!」

 目が視えるのも、呼吸を存分に行えるのも、思いっきり走れるのも今は亡き友達三人が命を分け与えてくれたお陰だ。

 三人は生前、レインに内緒で臓器の適合検査を行っていた。

 奇跡というべきか、三人が三人とも臓器が適合する結果となる。

 よもや三人の死がレインに健全な身体を施すのは皮肉すぎた。

 病が治ったら三人とやりたいことを夢見てきた。

 放課後にカラオケやカフェに行って、勉強会して、夏休みには海に行ってと今まで送れなかった青春を存分に送りたかった。

 だが今は一人。三人はもういない。死んだ。殺された。

 あろうころか三人を殺した男は不起訴処分となった。

 三人の命を奪っておいて理不尽だった。

「ゲームクリアおめでとうございます」

 忽然と現れたカレアにレインは驚きもしない。

 自宅の天井に逆さ吊りで現れた女に今更驚いてどうする。

「これで本戦へ進むことができます。体調が悪いのでしたら休憩も可能ですが?」

「問題ないわよ。次に進めて!」

 気遣うカレアにレインは吹っ切るように言い切った。

 どんな願いも叶えられるデスゲーム。

 父親が臓器移植斡旋で騙された身。

 レインもまた詐欺だとカレアをいぶかしむのは当然だ。

 ところが自宅前で起こった交通事故で即死の子供が何事もなく息を吹き返した。

 奇跡の光景を見せつけられれば、参加を拒む理由などない。

「私は立ち止まっていられないの。進んで進んで勝ち残り願いの叶えるの!」

 伝えなければならない。

 三人の命で私は今ここにいると!

 復讐したところで三人は帰ってこない。

 だが帰ってくる手段があるのならば、この繋いでもらった命で進み、手に入れてみせる。

「三人からもらったこの命で三人を蘇らせる!」

 それがレインのたった一つの望みだから。


<死防銃戯ルール>

 ゲームは全部で四回。

 最後まで生き残れば、どんな願いも一つだけ叶えられる。

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