第3話 死防銃戯
「残された子供も親戚の援助で高校に通えていますが、近所はおろか教員生徒問わず犯罪者の息子として厄介扱い。中学より交際していた彼女も父親が逮捕されたニュースを知るなり、犯罪者とあなたを罵り絶縁を告げました。バイトを始めようとドロボウ扱いされて問答無用で解雇されています」
恋人と信頼し合っていたと思っていたのは幻想だった。
学校に居場所などない。
六畳一間のアパートすらない。
家に帰れば玄関ドアにて誹謗中傷の張り紙や落書きが毎日お出迎え。
さっさと退去するよう遠回しに促してくる大家。
親戚を当てにしたくとも、ただでさえ学校に通わせてもらっている身。今なお父の無念を晴らさんとする親戚に、これ以上の迷惑はかけられない。
「まったく自作自演もいいところです」
演技臭く嘆息する女性はタブレットを取り出せば、映像を再生させる。
映るのは見覚えある教室。
教室内にたむろする生徒の顔からして、二年B組の教室だと気づいた。
一人の男子生徒が笑いながら自分の財布を取り出した。
そのまま教室不在の生徒の鞄に財布を入れる。
周囲の生徒たちは男女問わず、これから起こる未来に面白おかしく笑っていた。
「今更そんな映像がなんの役に立つ?」
その言葉には諦観が含まれていた。
教師に相談しようと、ただの悪ふざけ、入れられるお前が悪い。父親のせいだろうと相手にしない。話を聞かない。目すら合わせない。
誰もが自主退学してくれと目が雄弁に語ってくる。
「そうですね。もし、もしですよ。自分を陥れた者たちに相応の報いが与えられたら、どんな気持ちですか?」
女性の甘い囁きに男子高校生は目尻を跳ね上げた。
何度願ったか、父に冤罪をふっかけ、家族を奪った者たちに相応の報いが降り注がれんことを。
だが、物的証拠はなく、再審を訴えようと通ることはない。
暗澹とした日々を過ごし、ただ胸中に渦巻くのは晴らしようのない憎しみだ。
誰が幸せな家庭を奪ったか?
誰が家族を引き裂いたか?
奪った者に不幸を、引き裂いた者に死にたくとも死ねぬ苦痛を味あわせると何度切望したか。
「論より証拠です。では……そうですね。試しにあなたが校内で受けたあらゆる仕打ちに対する報いを与えてみましょうか」
女性は軽く唸った後、タブレットを操作する。
「SNSというのはこの惑星にて情報を発信する意味でひじょーに便利ですが、ひとたび発信されれば、消えることなく残ります。むしろ、消せば増える。暇を持て余す正義気取りの凡人たちには格好のおもちゃです」
「はぁん、今更、動画とか上げても意味ないだろう」
鼻先で笑うしかない。
取り合わねばいいだけの話。
解決していますと結論づければいいだけの話。
「己しか知らぬ秘密が突然暴露されたら、どう思いますかね?」
冷たく笑う女性は持つタブレットを見せてきた。
六分割された映像が流れていく。
スーパーで万引きする生徒などまだ始まり。
売春をしている生徒に、買春している教師、喫煙・飲酒する生徒、無免許で公道を運転する生徒、PTA資金を横領する職員、家庭内暴力を行う教師、動物虐待をする生徒と、中には自演自作で窃盗の罪を擦り付けた瞬間の映像すら混じっていた。
「あーこの万引きした生徒、確か推薦で大学が決まっていたようですが、これはもうダメですね。こちらの男性教師は成績上位をダシに男子生徒に身体を要求していますね。あらあら、スポーツ推薦を勝ち取ったのに、後輩に暴行とはこれもダメです」
無機質な口調で女性は他人事のように映像を眺めていく。
対して男子生徒は愕然としていた。
証拠を入念に集めた故の映像なら納得はできるが、壁面に垂直ではりついている時点で、ただ者ではないと本能が直感させてくる。
「では、本題に入りましょうか?」
女性は柔和にほほえみ、両足を壁から離しては、ゆっくりと舞い散る木の葉のように降り立った。
ワイヤーでもない。CGでもない。影ある時点で実体がある。
「もし、もしもですよ? どんな願いも一つだけかなえられるとしたら、あなたはどうしますか?」
初回ガチャ一〇〇連無料と同じ誘いだと直感した。
旨味を与えるのは沼に引きずり込む下準備。
当たりという感覚を覚えさせ、引きずり出させない。
これがこじれにこじれたのがいわゆるギャンブル依存症だ。
だが、男子高校生にとって、甘美だろうと乗らぬ道理はない。
胸に渦巻くのは家族を奪った憎しみの炎。
たかが子供一人ではままならぬ不条理な現実。
握りしめた拳を震えさせる男子高校生に、女性は溌剌とした笑顔で告げる。
「おめでとうございます。あなたにはデスゲーム<
「です、ゲーム、しぼう、じゅう、ぎ?」
唐突な宣言に、男子高校生は握った拳を開いてしまう。
デスゲームなどマンガやドラマのフィクションでよく聞くゲームだ。
生死を賭けたサバイバル。
参加者は借金完済や願望顕現、莫大な賞金など、己の欲望を叶えんと他の参加者と時に共闘を、時に裏切り、蹴落としながらゴールを目指す。
このゲームにコンテニューなどない。リセットもない。
現実故に死んだら終わり。ハイリスクハイリターンだ。
「申し遅れました。私の名はカレア。このゲームにおいて
女性は礼儀正しくお辞儀をする。
名前などこの際どうでもよかった。
「楽して助かる命がないように、ただで叶う願いなどありません。ゲームクリアの暁には、どんな願いも一つだけ叶えることができます」
死の恐怖が脊髄を凍てつき貫き走り思考を停止させる。
だが、復讐の炎が上回り思考を活性化させる。
叶えたい願いは一つだけ。
失った家族を取り戻したい――否! 叶おうと元の生活は戻らない!
父親の無罪の証拠を手に入れたい――否! 無罪を晴らそうと社会に染みついた冤罪は消え失せない!
家族の温もりは不条理に奪われ、奪った者は我が者顔で日々を享受している。
自分たち家族の幸せを奪った者たちに相応の報いを!
内なる憎しみの炎が、たったひとつの願いを囁いてくる。
「こちらが主なルールとなっております」
カレアはタブレットを手渡してきた。
ルールを参加前にしっかりと掲示するのは、良心的だと自嘲する。
「では、最終確認です。参加しますか? しませんか?」
ルールを読み終えるなり、悩む間を与えることなくカレアは顔を近づけ選択を迫る。
間近に近づこうと女性らしい匂いがないのに不気味さが走る。
男子高校生が一瞬だけ怖気を抱く間にタブレットを回収されていた。
「もちろんするかしないかは、あなたの自由意志です。ああ、そうそう、もし参加をお断りしても、学校内での出来事は消えることなく残りますのでお気になさらず。これはデモンストレーション。サービスの一環ですので」
カレアは柔和な笑みを崩さない。
だが、目からにじみ出る色が本心を雄弁に語っている。
実例を見せつけられた以上、参加以外の選択肢はないと。
「参加するのなら、今より現れる拳銃を手にしてください。そしてタブレットに手をつけ、自分の願いを口に出してください」
男子高校生の目の前に光が集ったかと思えば、黒鉄のリボルバー拳銃の形となる。
何の支えもなく風船のように宙に浮かぶ銃。
一見して警察官が持つリボルバー銃に近いが、銃の知識に疎いため正確な種類は分からない。
だが握らぬ理由も参加を迷う理由もない。
差し出されるタブレットは、あたかも聖書に誓いを立てる教会の洗礼だと、映画のワンシーンを思い出す。
既に愛しき家族はおらず、無念を晴らすのが生きる理由となった。
命一つで願いがかなえられるのなら安いもの。
開いた右手で拳銃のグリップを強く掴めば、命を安易に奪える重さに口端を歪め、反対の手をタブレットに添える。
口に出す願いなど元から一つ。
「俺たち家族を傷つけ、陥れた者たちに死より辛い生き地獄を!」
死など一瞬。この世からあの世に逃げれば苦しまずに済む。
だが、そんこと望まない。ただの勝ち逃げだ。
生かさず殺さず、永劫に苦しみ続ける生き地獄を味わう報い。
これは復讐だろうと復讐ではない。
今まで家族を我が物顔で踏みつけ、奪い取った者たちに対する逆襲の布石だ。
「確認します。俺たち家族で、よろしいのですね?」
「くどい!」
その声には怨嗟と怒気が含まれていた。
両親を失わせた者への復讐では足りない。足りなさすぎる。
推定だろうと有罪と騒ぎ立てたマスコミども。
元からある子供の口座を、預金額だけで会社資金だと断言した検察と有罪の証拠として採用した裁判所。
父を犯人に仕立て上げるだけでなく、母から仕事を奪った会社。
帰るべき家を取り壊し、我が者顔で住居を構えた会社の上司。
散々父親の手助けを受けときながら、腫れ物でも扱うかのように後ろ指を指し、話の種として楽しむ近所の住人。
親が犯罪者だから子も犯罪者だと中傷を続ける学校やバイト先。
もし親戚が父の無罪を今なお信じて行動し続けていなければ、生きていることすら苦痛として自ら死を選んでいたはずだ。
「はい、その願い受理いたしました。ではがんばって死を予防し、己の願いを叶えくださいね。早速会場へと転送します」
視界がまばゆい光に包まれ、意識が遠ざかっていく。
てっきり車か飛行機などの乗り物で移動かと思えば、SFな転送ときた。
だが、どうでもよかった。
復讐ができるなら、神や悪魔だろうと宇宙人だろうと未来人だろうと異世界人だろうと関係ない。
デスゲーム主催者がゲームに参加させる企みもまた。
「いいさ、地獄を味合わせるんだ。先に地獄を味わってやる!」
<死防銃戯ルール>
拳銃を手にしたら、それはサバイバーの片道切符。
途中辞退はできない。
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