幕間3

第42話 ナビゲーターのひとりごと

 神にサイコロは振らせない。

 振らずとも我々は望むもの全てを手に入れてきた。


 カレアは暗き空間に一人立ち、タブレットを指で弾く。

 ここは運営専用ルーム。

 といえどもゲーム運営は自動化されており、ゲームマスターなる役割もAIが担っている。

 サバイバー配置から物資提供、フィールド設営に拳銃整備、ゾンビ製造と全て自動化されている。

 現場に立つ人間などカレラ一人だけ。

 生身の相手サバイバーには生身の相手ナビゲーター

 相手の警戒心を解くと同時、ゲームに円滑に誘う手段となる。

「ナビゲーターは役得として間近でサバイバーの生き様を堪能できるから楽しいのですが、これは困りましたね」

 タブレットに届いたのは運営からのお叱りメールであった。

 オーディエンスからの不平不満をそのままダイレクトに載せてある。

 ファイナルゲームがたった二人などつまらない。

 敗者復活戦を行え!

 最後の発言はなんだ!

 消去法でジョーカー発見などゲームがつまらん!

 などなど厳しいお声が多数届いていた。

「私に言われましてもね」

 ナビゲーターとして声は出そうと手は出せない。

 運営がサバイバーに干渉するなど最大のタブーだ。

 もちろんサバイバーにを持ちかけるのは娯楽の起爆剤になるとして運営規則上認められていた。

 絶対に勝訴できる証拠の提供とアレルに持ちかけたように。

「まったくジョーカーも困ったことをしてくれましたね」

 カレアは右頬に手を当て、困ったように呟いた。

 その声音は他人事が色濃く出ていた。

 今頃、ジョーカーはやりすぎだと運営直々に叱られているだろう。

「ジョーカー発見の筋書きも本来なら第二ゲームで爆弾のすぐ側にいたサバイバーだと疑心を抱かせ、それを発見の糸口にする流れだったのですが」

 運営側であるからこそ、安全な地に敢えて配置することで疑心を抱かせる。

 その計画は調子に乗ったサバイバー一人が第三ゲームで多くのサバイバーを殺したことで破綻した。

 競技ではない殺人を嬉々として眺めていたオーディエンスがよくもまあクレームを言える身勝手さに辟易する。

「見かけと性格は子供でも、私と違って実年齢は三二〇超えのババアですから仕方ありませんか」

 失言だとカレアは困ったように口を塞ぐ。

 子供染みた容姿だが、あれは自身の願望を形にした結果だ。

 殺人が趣味以外は、容姿の好みなどよくある話。

「我々は何にだってなれる。我々は何にでも手に入れられる」

 叶えられぬ理想などない。

 なんでも手に入れられるが故、倦怠と停滞の沼に沈んでいた。

 日々を謳歌しようと気軽に手に入る故、満足しようと心は虚ろ。

 ある日、遠い世界にて地球なる世界を見つけた。

 ああ、なんとすばらしいことか。

 この世界に住まう者たちは同じ容姿をしながら、求めようと手に入れられず、決して満たされぬ未熟な者たちばかり。

 だから誰もが思いついた。

 かの者たちを駒とした命賭けのゲームを行わせる。

 我々はなんだってできる。なんだって叶えられる。

 その一端をゲームクリアの報酬として分け与える。

 効果は絶大だった。

 心持つ故に求めてやまない欲望がゲーム参加に足を進める。

 己の命をチップにデスゲームクリアを目指す。

 生き様、死に様、大いに結構。

 我々を楽しませる興奮への起爆剤になればいい。

 願いを叶える代価に命を賭けさせる。

 虚ろな心を興奮で埋める最高のエンターティナーが誕生した。

「楽しむのは良いですが、サバイバーのプライベートを自棄になって暴露するのはいただけませんね」

 ジョーカーの発言はルールに抵触はせずとも今後のゲーム展開に響く。

 さら困ったのはオーディエンスからそれなりにおもしろがられていること。

 互いに手を取り合っていた男女の協力関係が決裂する面白い瞬間。

 人間の憎悪を煽る見事な展開だ。

 いかにして殺し合うのか見物だ。

 生き残りを賭けたゲームであるはずが、困ったことに殺し合いを期待しているオーディエンスもいるのだから司会進行役として頭が痛い。

「その手の暴露は第四ゲームの途中で行うものでしょうに」

 ともあれと気を取り直しては二人のサバイバーのチェックに入る。

「サバイバーアレル。待機室での生存を確認。残弾五、残り回数五。メンタル・ブラック。身体機能に異常なし。サバイバーレイン。残弾六、残り回数四。待機室での生存を確認。メンタル・ブルー」

 タブレットには二人の様子が映し出されている。

 アレルは口端を歪ませては笑っている。

 レインは困惑を隠せず、落ち着けずにいる。

 第三ゲーム終了直後、隔離する形で転送させたのは話し合う機会を敢えて設けさせない意図があった。

「そろそろサバイバー・アレルに飲ませた色彩阻害薬の効果が切れる頃ですね」

 共感感なる天性は厄介だ。

 嘘を嘘と、真実を真実と色や形で把握されてはゲームを有利に進められてしまう。

 ジョーカーだと一発で見抜かれたらゲームは面白味が欠如してしまう。

 故に運営からの処置として飲料水に混入させていた。

 ただ誤算だったのは、道行く先で拳銃を一人でほぼ確保してしまう運の強さだろう。

「では気を取り直して」

 カレアは身なりを整えてはタブレットを顔の前に掲げてインカメラを起動させる。

「サバイバーのお二方、お待たせしました。これより第四ゲームの説明に移りたいと思います」

 死んでも生きてもこれが最後のゲーム。

 生き残ればどんな願いもひとつだけ叶えられる。

 さて、あなた方二人はどんな生き様と死に様ドラマをオーディエンスに魅せてくれるのでしょうか?

「第四ゲームは<迷宮崩壊>。サバイバーは第三ゲームと同じくランダムスタートとなります。ただスタートから三〇分後に各所で崩壊が始まりますのでご注意ください。崩れゆく迷宮を見事突破した暁には、どんな願いも叶えることができます。最後まで生き残ったサバイバーのお二人ならその意味が十分に理解できるはずです。ですがご注意を。迷宮内には非常に強力なゾンビが一つ投入されます。とんでもなく強くてヤバいゾンビですので、見事に逃げ切ることが死の予防に繋がります。ではお二方、頑張って死を予防してくださいね」

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