第46話 迷宮崩壊④~生命線~

「なにが暴君ゾンビよ! もうちっとネーミングひねりなさいよ!」

「主催者側の悪趣味極まりは今更だけどな!」

 先頭をアレルが駆け、その後をレインが追う。

 無機質なコンクリートの迷宮に靴音が反響する。

 壁際に一定間隔で設置された非常灯が唯一の照明として迷宮を薄暗く照らしている。

 アレルは駆けながら、目に意識を集中させてゴールまでの色を掴む。

 一本道である迷宮だからこそ、アレルの目には蜘蛛の糸のような道しるべが見えていた。

 それはあたかもミノタウロスの迷宮から脱出するのに必要なアリアドネの糸のようだ。

「GUAAがああAAがAっ!」

 雄叫びと破砕音が同時に響き、迷宮を揺らす。

 背後から急迫する死の気配。

 アレルとレインは第四ゲームまで生き残ってきたサバイバーだ。

 今更、ゾンビの猛り声一つで足を止めるはずがない。

 むしろ脅威から遠ざからんと迷宮を突き進んでいた。

「第三ゲームで筋肉モリモリゾンビに追いかけられたけど、あの暴君ゾンビ、それの強化版のはずよ!」

 レインが危惧するのは一つだけ。

 第三ゲームのデッドエンドミッションにて出現したチキンレッグの腕力筋肉ゾンビ。

 あのゾンビは壁や障害物は無意味だと腕力にものをいわして破壊してきた。

 この迷宮のコンクリート壁の厚さは一メートルを超えている。

 超えているが、あの暴君ゾンビは難なく破砕すると予測していた。

「お前、その時はどう対応したんだ?」

「はぁ? 逃げて逃げて走りに走ったに決まってんでしょう!」

 レインは当時のアレルの現在地を思い出したのか、返答は険に染まる。

 逃げるのが最良の手は確か。

 その手で掴まれば圧殺が目に見えていた。

 ナビゲーター・カレアはルール説明にて、拳銃は意味がないと告知されていた。

「罠がないのが唯一の救いだな!」

「罠張らなくても問題ないんでしょう!」

 右に左にとアレルとレインは靴音響かせ迷宮を駆ける。

 後方からはビルの解体現場より響く音が聞こえ、震動が伝わっている。

 震動の意味がわかっているからこそ二人は口に出さない。

「どんだけ広いんだよ、この迷宮!」

 アレルは体力を切らさずとも痺れを切らす。

 ゴールまでの道筋が色のラインで見えようと、見えるだけでたどり着けていない。

 右往左往して伸びた色の先にゴールはあるも遙か先にある。

「なんか音と振動がどんどん大きくなってんだけど!」

 レインが後方の壁を見るなり危機を持って叫ぶ。

 出遅れたスタートと運営お怒りのペナルティーにより暴君ゾンビは予定より早く解き放たれた。

「いや、違う、これは!」

 アレルはゴールに続くラインが途切れるのを掴むなり、左腕を掲げてレインに止まるよう促した。

 進路上の通路に前触れもなく亀裂が走る。亀裂は大口となって通路を飲み込んだ。

 非常灯の一つが大穴に飲み込まれて中を照らす。だが底の闇に飲まれてその光は潰えていた。

「崩壊が始まったんだ」

 アレルは声を震えさせ、生唾を飲み込んだ。

 暴君ゾンビが生み出す震動が結果として迷宮崩壊の開始を隠れ蓑とした。

 第四ゲームのタイトル通り、迷宮の崩壊は当に始まっている。

 アレルはすぐさまゴールへの道筋を掴もうとも見た時に崩壊により寸断され掴めない。

「ちぃ、進路上からの崩壊じゃなく所かまわず崩しにきたか」

「えっ、ならどうやってゴールするのよ!」

 アレルはただ奥歯を噛みしめ黙るしかない。

 見えない掴めない。掴もうと掴んだ時には寸断されている。

 ゴールの位置は把握できているのにルートが寸断されて進めずにいる。

 前門の虎・後門の狼のレベルではない。

 全体の崩壊に、後方の暴君ゾンビだ。

「クッソ!」

 アレルが悪態ついた同時、一〇メートル後方の壁が粉砕される。

 揃って振り返れば、暴君ゾンビが穿った穴を通ってその異様さを現した。

 首から上に顔はないが身体には様々な顔がある。

 死にたて新鮮なサバイバーを材料としているからこそ、誰もが眼球を動かしアレルとレインを恨めしく睨みつける。

 生きているサバイバーが憎い、願いを叶えるのは自分だった、羨ましいと恨み辛みの詰まった憎悪の色だ。

 無数の憎悪の視線が突き刺さる中、アレルは別なる色を掴む。

「レイン、行くぞ!」

 アレルは暴君ゾンビを前にしようと恐怖することはない。それどころかレインの手を掴んでは、あろうことか暴君ゾンビに向かって走り出した。

「ち、ちょっとあんた!」

「掴んだ! いや掴めた!」

 困惑するレインだがアレルの一言で理解した。

 アレルが拳銃を取り出す。レインもまた続く。

 弾丸は暴君ゾンビに通用しないのは百も承知。

 そう暴君ゾンビには通用しない。

「あいつの頭上! 撃てるか!」

 銃口は暴君ゾンビではなく、亀裂走る天井に向けられている。

 レインもまた続くように拳銃を構えては、合わせることなく同時に発砲した。

 二発の弾丸はほぼ同時に暴君ゾンビ立つ真上の天井に命中する。

 着弾は崩落を早める起爆剤となり、暴君ゾンビの真上に瓦礫を降り注がせる。

 最初は自慢の腕力で瓦礫を弾いていた暴君ゾンビだが数に押され、ついには飲み込まれてしまう。

「来た道を戻る! 任せた!」

 暴君ゾンビが埋もれた瓦礫を踏み越え、アレルは来た道を舞い戻る。

 進めば進むほどゴールへのルートは潰されていく。

 だが振り返った際、無事なルートを掴めた。

 まだ崩壊に至っていないルート。

 来た道を舞い戻る形だが、今はこれが生命線だ。

「任された!」

 瓦礫を超える際、手を引くレインの返答と顔は頼もしく、そして眩しかった。

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