第47話 迷宮崩壊⑤~願い~

 瓦礫を乗り越えた時、崩壊とは別の震動が走る。

 アレルとレインが来た道を戻らんと曲がり角に入ったと同時、瓦礫は中より爆発、立ちこめる噴煙より暴君ゾンビが姿を現した。

 瓦礫で圧死するのを期待などしてない。

 せいぜい足止めできれば十分であった。

「レイン、伏せろ!」

 右から走る危険色にアレルは言葉を走らせる。

 滑り込むように倒れ込んだレインの頭上を巨大な腕がよぎる。

 レインから外れたその腕は勢いを殺すことなく厚さ一メートルあるコンクリート壁を障子でも破くような感覚で引き裂き、貫通させていた。

 アレルは倒れ込んだレインの腕を引いては起きあがらせれば走り出す。

 暴君ゾンビは紙でも引き裂くように両手で厚きコンクリート壁を引き裂き、新たな進路を作り出す。

 その筋力で急迫することなく歩くような速さで追走してきた。

「そのまま左、すぐさま右! あ、そこはまっすぐ!」

 レインのナビゲートに従い、アレルは先導を切る。

 来た道にはいくつもの亀裂が走ろうと、崩壊には至っていない。

 距離的にゴールから遠ざかっているが、急がば回れとあるようにゴールへのルートは掴めていた。

「うっ!」

 スタート地点に舞い戻ってきたアレルとレインだが、通路の惨状に足を止めてしまう。

 道はあった。だが四メートルの大口を開けた通路の上を通るように、人一人がようやく通れる幅の床が残されていた。

「レイン、先に行け!」

 道幅は狭く、無数の亀裂が走り、いつ崩壊してもおかしくはない。

 だが色的には黄。ぎりぎり渡れるはずだ。

「けど、あんたは!」

 押し問答をしている暇などない。距離があろうと暴君ゾンビは迫っている。

「いいか、ゆっくり、ゆっくり行けば崩れないはずだ!」

「ああ、もうあんたを信じてるからね!」

 アレルに押される形でレインは一本道に靴裏を乗せる。

 乗せた瞬間、走る軋みが怖気を走らせ、底見えぬ暗闇が引きずり込まんと誘う幻影を見せてくる。

 加えて迷宮崩壊にて走る震動が一本道から細かな亀裂と破片を散らばらせる。

「くっ」

 生唾を飲み込んだレインは下を極力見ぬよう、ゆっくり歩を進める。

 両手でバランスを取り、時折零れ落ちる破片に身を縮ませながらも進む。

 後方から崩壊の音がする。アレルが気になるが、振り返れば足を滑らせるかもしれない恐怖が走る。

 端が見えてきた。後少し、後少しだと逸る気持ちを抑え、最初に右足を、次いで左足を出し、ついにレインは渡りきった。

「アレル!」

 自分の安堵よりもアレルの安否だとレインは振り返る。

 だが、振り返った瞬間、壁際に追い込まれたアレルが暴君ゾンビの拳を受ける光景を目撃する。

 暴君ゾンビの拳にて爆音とコンクリート片が粉末状に飛び散り、粉塵となって視界を覆う。アレルの安否を確認したくともわからない。

 ただこの衝撃で一本の床が亀裂を増殖させる。そして自重に耐えきれず崩落していた。

「アレル!」

 レインが叫んだと同時、粉塵の奥より声がした。

「ぶ、無事だ! 壁の向こうにいる!」

 晴れてきた粉塵の奥には壁に穿たれた穴がある。

「間一髪で避け切れた!」

 臆することのない判断がアレルの寿命を延ばした。

 そして、暴君ゾンビにて穿たれた壁の穴を通って死を遠ざけた。

 しとめきれなかった暴君ゾンビはアレル通った穴に拳を乱打しては苛立ちと破片を発散していた。

「合流できるか?」

「なんとか!」

 轟音響く中、なんとか言葉を交わしたアレルとレインは走り出す。

 分断されようと、互いに合流できると期待を胸に宿していた。

 アレルは、レインの色を頼りに、レインは記憶した道を頼りに、合流することに成功した。

 走る。走る。息を切らしながら走り続ける。

 後方より暴君ゾンビが迫ろうと、進路先が崩壊しようと、アレルが確実なルートを見定める。仮にルートが崩壊にて寸断されようとレインの記憶力が迷うことなく来た道に戻らせ、新たなルートを繋げていく。

 怖いと言えば嘘になる。一方で、預けられる。託せられると信頼できる相棒により二人して前に進むことができていた。

 なにより暴君ゾンビが筋力任せで壁や床を破壊するも破片の投擲をしなかったことが二人を死から遠ざけていた。

 もし投擲があったなら二人ではなくなっていたはずだ。

「見えたゴールだ!」

 アレルの目がゴールを捉える。

 目測で一〇〇メートル先にはスタート地点と同じスペースが広がっている。

 ご丁寧に<GOAL>の垂れ幕まである徹底ぶり。

 ゴール周辺は崩壊が届いておらず平坦な道が続いている。

 背後を振り返るも暴君ゾンビの姿はない、だが壁を貫通させる存在に油断はしない。

「襲撃一つ罠一つないのが不気味だな!」

 アレルは左右に警戒の目を走らせる。

 危険な色はなかろうと油断大敵とある。

 最後の最後で来るのはお約束だ。

「せ~ので一緒にゴールするわよ!」

 息を切らすレインにアレルは頷き返す。

 差し出された手を握りしめ、並んでゴールに足を踏み入れんとする。

 ゴールまで残り一メートル。最後の一歩と、互いに左足で踏み出した瞬間、床より飛び出した左右の手がアレルとレインの左靴底を揃って鷲掴みにした。

「なっ、こいつ床から!」

「しぶといわね!」

 左ブーツを下から掴まれたアレルとレインはゴールを阻止される。もがこうと人外の握力は剥がれない。床から突き出た暴君ゾンビの一対の腕を起点に亀裂が枝分かれを繰り返す。

「やっべ、このままじゃ!」

 床の下にあるのは光すら飲み込む深き穴。

 直に殺す必要はない。諸共、深き闇に落とし込めばいい。

「離しなさいよ!」

 後一歩、後一歩のはずが、その後一歩が進まない。進められない。

 床の枝分かれは広がり続け、追走するように壁からも別の亀裂が走り、砕片と床にばらまいた。

「どうする、はっ!」

 脱出ルートの色が見えず焦燥を走らすアレルだが記憶もまた走る。

 第一ゲーム後の休憩時の記憶。衣服を着替えた時の記憶。

 後はもう本能のまま叫んだ。

「靴を脱げ!」

 暴君ゾンビは靴底から掴むことでアレルとレインを釘付けにしている。

 足首は掴まれていない。ブーツごと足を握り潰していない。加えてブーツはあらゆる路面に耐えきれる頑丈な代物だ。

 アレルとレインは合わせることなく靴ひもを解き、固定された左ブーツから左足を解放する。

 後は勢いのまま飛び込む形で揃ってゴールインした。

 崩壊の震動が止まる。暴君ゾンビは二人の片方のブーツを手にしたまま指先一つ動かさない。

「なんでクリアのコールが鳴らないの?」

 レインは不安を口走る。

 ゲームクリアならクリアの報告が鳴り響くはずだ。

 疑問に応えるのは天の声、カレアのアナウンスだった。

『死防銃戯参加時から散々ご説明したはずですよ? どんな願いでも一つだけ叶えられると?』

 戦慄を走らせるしかない。

 生き残れば願いは叶えられる。確かに嘘偽りはない。だが、拳銃に装填された実包が六発であるのに対して、撃てるのは六回だとルールにある。

 それを踏まえるならば。

「「願いを叶えられるのは実質一人だけ」」

 二人の声が、瞳孔が震える。震わせるしかない。

 譲れぬ願いがある。なせねばならぬ願いがある。

 だが

 今ここに二人のサバイバーが生きている。

 後はもう本能だった。本能が身体を突き動かし、アレルとレインは拳銃の銃口を突き合わせていた。

「父さんの無念を、家族を虐げた奴らに逆襲する!」

「私に命をくれた三人のために!」

 互いに願いは譲れない。

 譲れないのならば相手の意志を折ってどかすしかない。

 この一弾を持ってして――

 

 そして――


『おめでとうございます! あなたは見事、死防銃戯をクリアしました! これによりあなたの願いは一つだけ叶います。叶えられなかった方は残念でした。ですが、最後まで生き残ったサバイバーには次回ゲームの優先参加権が与えられます。開催までお待ちください』


<死防銃戯ルール>

 叶えられる願いは一つだけ。

 どんな願いも一つだけ叶えられる。

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