第45話 迷宮崩壊③~天の声~

「ざけんな」

 この感情しかアレルは声を絞り出せない。

 惚れた?

 困惑が憎悪を押しつけ、感情を鈍らせる。

 気づけば銃口を下ろしてレインから離れていた。

 銃口を向けた以上、向けられるのは銃口のはず。

 だがレインから向けられたのは哀れみでも憐憫でもない静かな眼差しだった。

「いつまで座ってんの。これが最後のゲームなのよ。今まで通り協力して行きましょうよ」

 レインは感情入り乱れるアレルの背中を優しく叩く。

 それはまるでぐずる赤子をあやす母親に近い。

 ただ酷似しているだけで母の面影など微塵もない。

 あるのは元カノに近いぐらい、だが口には出さない。

「ゴールさえすればどんな願いも一つだけ叶うんだから」

「も、もしお前の父親が俺の復讐対象だったらどうする?」

 顔をうつむかせたままアレルは震える唇を噛む。

「ん~あんたが自分のパパの無実を信じているように、私もパパを信じているもの。もし仮にそうだとしたら、そん時になって考えるわ」

 レインらしい前向きな返答。

 アレルは目を見開き、口をぽかんと開けていたが苦笑する。

「あっ、はは、ははは」

 アレルは笑っていた。レインの父親をアレルは知らない。知らないが、レインが言うからにはそうなのだろう。もちろん復讐心が消えたわけではない。家族を奪われた怒りは残っている。だろうとレインは受け入れてくれた。アレルの怒りを。その憎しみを。

 だから自ずと口が動いた。

「ありがとうな、それとすまん」

「だったら行くわよ。なんかイヤな予感するし」

「同感だ」

 迷宮に流れる空気は死を纏っている。

 ゲーム開始から三〇分後に迷宮の崩壊が始まる。

 一方でゾンビの投入時刻は告知されていない。

 ランダム転送か、既に配置済みか。

 既にアレルの感情爆発から一〇分が経過していた。

「よしっ!」

 アレルは両頬を叩いて己に活を入れる。

 今はクリアすることを考えろ。

 一人ではクリアできぬことを戒めろ。

 道連れ、成り行き偶然必然とあらゆる要素が絡み合った結果、アレルは相棒たるレインとここにいる。

「ルートは俺が見繕う。お前は万が一に備えてルートを記憶しといてくれ」

「いいけど、どう見繕うのよ」

「なに単純に正解ルートの色を辿るだけさ」

 威勢良くアレルは返そうとレインからは険のある声が飛んだ。

「そりゃあんたからなんか見えている感は薄々感じていたけどさ」

「単に共感覚」

 今更ながらアレルは打ち明ける。

「あ~儲かる話は他人するな、でしたね~」

 相棒は口先尖らせようと理解はしてくれた。

 一方、今更だと納得していない本音がダダ漏れだ。

 男の不機嫌は呑み込んで我慢とあるが女の不機嫌は解き放てとある。

「ゲームが終わったら好きな食い物おごってやる」

 年頃の娘には効果的だとアレルは経験済みだ。

「焼き肉食い放題!」

 半眼はアレルに伝播する。経験ではスイーツのはずが長い入院生活の影響だと結論づけた。

「ゲームクリアしたらな(金、あったっけ)」

 アレル、現在六畳一間のアパート一人暮らし。バイトは立て続けにクビ、財布は同級生により無一文。貯金も心許ない。

「もし破ったらあんたの童貞食べてやるわ!」

 目からにじみ出る色は本気だから困る。

「なによ、その顔。あんたまだ、童て、い、え?」

 視線逸らすアレルにレインは口を開けて驚愕するしかない。

「相手はいた。ただ父さんの逮捕で……」

 苦い顔でアレルは過去を打ち明ける。

 女の過去は涙の味だが、男の過去は単なる塩水だ。

「あ~なんかごめん」

 レインはアレルの肩を叩いて戒めるだけであった。

『デスゲームでラブコメやるの遠慮してもらえますか? これは男と女のラブゲームではありませんよ?』

 水を差すように刺さるのはナビゲーター・カレアの天の声。

『スタートしないのでしたら、スタートさせるまでです』

 天の声はかなりご立腹である。

 背後の壁面が音もなく崩れ落ち、鉄格子を露わとする。

 鉄格子の奥より睨みつける無数の視線が身体を底冷えさせる。

「ひっ!」

 レインはうごめく影の正体に悲鳴をあげた。

「こいつは」

 アレルも絶句するしかない。

 鉄格子にいるのは三メートル超えの巨躯ゾンビだ。足の先から指の先まで筋骨隆々の身体、ただ首から上はなく、身体の各所には見覚えある人間の顔がいくつも埋め込まれていた。

「この顔、みんな覚えがあるわ。どれも……ゲームの参加者、いえ死んだ人たちよ」

 レインの記憶力が顔の持ち主を言い当てる。


 運営が用意した最強のゾンビ。

 その正体は今ゲームの参加者、いや死亡者を素材に製造されたゾンビだった。

 腕や足が野太いのは単に複数人の肉体を合わせたからだ。

 その証拠として身体全体に縫合痕が走っている。

 あの顔は第一回ゲームで囮として切り捨てられた男だ。

 第三ゲームにて殺害された者も例外ではない。

 ドーレやリーリ、モータルと知った顔も部品として再活用されていた。

『スタートしないサバイバーに対して今より一分後、この暴君ゾンビを解放します』

 ナビゲーター・カレアは冷淡に告げる。

 業を煮やした運営からのペナルティー。

 アレルとレインは背後を見ることなく二人揃って迷宮にようやく飛び込んだ。

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