第28話 爆破阻止⑨~狂化~

 それはサバイバーたちが転送にて離散した直後の出来事……。


 やっちまった――やってやった!

 リーリたる二〇代の男のベルトを握る手が怖気と歓喜に震えていた。

 足下には倒れ伏すのは同じサバイバーの男。

 自分の素性を知るうっとしい自称新聞記者の男だ。

 男の首回りには締め付けられた痕があり、リーリが持つベルトが物言わぬ証拠を語っていた。

「ふん、こいつが悪いんだ。この俺を脅すから」

 過去をバラされたくなければと、男はリーリに囮や殿を強要してきた。

 かつてプロゲーマーと名を馳せ、世界大会常連の男も今では無職。

 あおり運転による一家死亡事故にてチームを解雇されていた。

「そうだよ。悪いのはあの一家なんだ。あの車なんだよ。人の前をちんたら走らなきゃよかったんだよ」

 第一ゲームにて培ってきたチームの輪を乱してはならぬと渋々従ってきたが、我慢の限界だった。

 残弾だって残り一発。一発撃とうならばリタイヤだ。

 ランダム転送で別れようと、よりにもよってこの男と一緒な不幸。

 同時、ついてるとも思った。

 リーリは、このデスゲームのルールの穴に気づき始めた一人。

 現にサバイバーをひとり殺めようと運営から一つもアナウンスがない。

「あははは、やっぱりそうか、銃で殺し合うのがルール違反であって、銃以外で殺したらルール違反にならないんだ」

 元プロゲーマーとしてルール掌握はプロ以前にゲーマーの基本だ。

 ものは試しにと、洋館内が薄暗いのを利用して、男を背後から物陰に引きずり込み絞め殺した。

 散々人を道具扱いした男は壊れた機械のようにもがいては動かなくなった。

<シークレットミッションクリア!>

 予期せぬアナウンスにリーリは顔と身体を強ばらせた。

 ルール違反かと身構えたのも一瞬、アナウンスに渋面を作る。

「なんだよ、シークレットミッション? デッドエンドミッションとかじゃないのか?」

 疑問に答える窓枠が空間に浮かび上がり文字が表示される。


<一番最初に参加者殺しサバイバーキラーを行う>


 称号の類かと思えば違った。

 目の前に光が集えば、サングラスが現れる。

 落とさぬよう咄嗟に受け止めた。

「サングラス?」

 こんな暗所に不要なアイテムは困惑しかない。

 だが意味があると試しにかけてみる。

「うお、なんだこれ!」

 サングラスをかけた瞬間、世界が一変した。

 あらゆる壁という壁が透過され、洋館の全貌を把握できる。

 部屋や廊下には動く人型の輪郭。

 自身の立ち位置から、三階の中央部屋にいるようだ。

「あのアレルってガキ、デッドエンドミッションがあると言っておきながらシークレットミッションは黙っていたな」

 儲かる話は他人にするなとある。

 最初は腹が立ったも鎮めるようにゲーマー特有の勘が囁いてくる。

 サバイバー一人殺しキルしたならば、一〇人二〇人と続けた場合のボーナスはどうなるのだろうか?

 これはゲームだ。

 デスゲームならば一人二人なら問題ない。

 願いがかなえさえすれば、最初からやり直せる。

 好きな時間にセーブして、リセット&リスタートを繰り返せる。

 事故も解雇も――敗北もなかったことにできる。

「試してみる価値はあるな」

 無意識の歓喜が口端を弓なりに歪める。

 サングラスのお陰で爆弾の場所は把握できている。

 ただ妙だとも思った。

 小さき人型が爆弾を前に座り込んだまま動かない。

「大きさからして子供か? 子供の参加者なんて――いたな」

 思い返せばアレルというガキと一緒にいた子供がいたはずだ。

 運が良いのか、悪いのか爆弾の前に飛ばされている。

 爆弾の前から動かないのは、子供の頭では対処できず立ち尽くしているからだろう。今は放っておこう。

「この数字はなんだ?」

 サングラスの左端には六桁のアナログ数字が表示され、一秒単位で数字が減っていく。

「02h57m30s……なるほど残り時間か」

 時間確認ができるのは心強くプレイの精神安定に繋がる。

「おうおう、手動で作動する罠があるのか、いや仕掛けているが正解か」

 二階の一部屋にて人間にしては緩慢すぎる動作。

 三人いるゾンビの一人だと見抜けるリーリではない。

 このサングラスには透過・時間経過表示・ギミック看破の機能があるようだ。

「お、ちょうどいいカモがいるな」

 一階エントランスに向かう一つの影。

 体格や歩行モーションからして女のようだ。リーリは目線をそのまま吹き抜けの天井に吊されたシャンデリアに向ける。

「あははは、これはおもしろそうだ」

 シャンデリアには古典的な罠がしかけられている。

 ワイヤーを切断すれば重力に引かれて落下。

 ならば試さぬ理由などない。キルポイントを稼ぐには打ってつけだと行動を起こした。

「クソが!」

 失敗の結果に悪態つくしかない。

 別のサバイバーが横からリーリの獲物をかっさらった。

 エントランスに飛散するのは落下にて破砕したシャンデリアの破片のみ。

「次だ。次!」

 ゲームとはトライ&エラーの繰り返し。

 本来とは違う遊び方をしようもルール上問題ないはずだ。

 現にシャンデリア一つ落とそうと警告一つ鳴らないし失格の烙印も押されない。

「こいつらでやってみるか」

 次に目をつけたのが、二階にて寝室を漁る五人組。

 ベッドを動かしては丁寧に裏まで探すなど、まるでエロ本探す母親のようだ。

「お、ちょうど隠し通路があるな。これなら」

 サングラスのギミック看破機能で見つけだした隠し通路を進む中、リーリに悪魔が降臨する。

 下準備としてトイレに向かえば、備え置きの洗剤二つとバケツを手に入れた。

 自殺者多発で市販で発生せぬような組み合わせが、この洋館においてあるのは運営が使えというお達しなのだろう。

「ほらよっと」

 気づかれぬよう隠し通路の扉を開けては洗剤入りのバケツを置き、続けざま別なる洗剤を投入し即座に扉を閉める。

 リーリが仕掛けたのは混ぜるな危険の洗剤二種で硫化水素を発生せること。

 異臭に気づこうともう遅い。

 部屋から出ようにも扉は開かず、空気より重かろうと時間経過で充満、誰もが苦しみながらのたうちまわり、そして動かなくなった。

「次は~と」

 リーリの殺害行為は止まらない。

 何度も隠し通路を通るうちに洋館の仕組みが見えてきた。

 まず部屋から外の廊下に出るには室内に隠された鍵、あるいは隠し扉を見つけること。

 そうしなければ部屋から出られない。

 加えて内装が木造の割に防音性が高いときた。

 音が外に漏れぬ構造と決して逃げられぬ密室をキルポイント稼ぎに利用した。

「溺れながらビリビリしな!」

 浴室を調べていたサバイバー四人には水道管破壊にて浸水させた後、ドライヤー投擲で感電死させた。

「燃えちまえ!」

 調理場を調べていたサバイバー六人にはガスコンロの過剰延焼にて焼死させた。

 楽しい。今までたまっていた鬱憤が解放される心地よさ。

 だが一方で不満がたまっていく。

「なんでアナウンスがないんだよ!」

 脳内カウントでキルポイントが二〇を超えたはずが一向に起こらぬアナウンスに不満をたぎらせる。

「ほれ、これで三〇人目だ!」

 リビングにて一〇人仲良くまとまっているのを見逃さない。

 道中、調理場隣の倉庫から手に入れた練炭入り七輪を部屋の四隅に仕掛けては着火。

 立ちこめる煙が瞬く間に密室空間に広がっていく。

 異常に気づこうともう遅い。めまいや吐き気を訴えたのも束の間、顔を真っ青のしながら誰もが全身をけいれんさせながら死に絶えた。

「うわ~これはこれでえげつないな」

 リーリの目尻に浮かぶ涙は、悲哀ではなく笑いだった。

 練炭燃焼にて起こしたのは一酸化炭素中毒。

 血液内のヘモグロビンが本来運ぶはずの酸素ではなく一酸化炭素と結合してしまい、体中に酸素を運べず酸欠状態となる。

 意識障害から視覚障害、昏睡状態により最終的に心配機能が停止、脳死から心停止となる。

 死体は如何にして死に至ったのか情報を持っている。

 だが死体は語らない。生者と邂逅しない限り死体は見つかることはない。

「お、きたきた!」

 待望の待ちに待った告知コールにリーリは胸を歓喜で跳ね上げた。

 どんなボーナスかと期待に胸を膨らませる。


<デッドエンドミッション!>


 リーリは己の耳目を疑った。

 どこで地雷を踏んだかと自問した。


 あなたはサバイバーの数を減らしすぎました。

 第二ゲームの本懐はサバイバー全員が協力しあって攻略するもの。

 ゲームの主旨を忘れてサバイバー殺害を繰り返すあなたはゲーム攻略の障害でしかありません。

 よって障害を排除します。

 この瞬間より三人のゾンビはアサシンモードからバーサーカーモードに移行。

 狂戦士と化したゾンビは壁を容易く貫通させる腕力を持つため、逃げ隠れは無駄なことです。

 それでもと、爆弾を解除してゲームを終えるか、潔くゾンビに殺されて終えるか、お好きな方をお選びください。


<ミッション内容>

 バーサークゾンビ三人から生存し爆弾を解除すること。

 解除できれば、ですが。

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