第27話 爆破阻止⑧~静寂~

 レインは笑っていた。

 生存できた歓喜と死の緊張が解放された反動で笑い続けていた。

 事務所とおぼしき狭い空間。

 ただ机はあろうと開け放たれた引き出しに中身はなく、当然のこと、倒れ伏す三人のサバイバーもまた命たる中身はない。

「あはははは、あはははっ!」

 固く閉ざされた冷蔵室への扉を背に笑い続ける。

 すぐ前には頭を撃ち抜かれて死んだ三人のサバイバー。

 死体があろうと吐き気ではなく笑いしか出ない。

「あははは、は、はは……」

 笑い声は徐々にすぼまり、レインは扉に背中を預けたまま力なく床の上に座り込んだ。

「わ、私……生きて――る!」

 震えが止まらぬ手がレインの瞳に映る。

 ゾンビと単独で対峙しながらケガ一つない姿に驚愕し感嘆とする。

 予選では手をやられていたが、拳銃を一発も撃つことなく死地を乗り越えた。乗り越えられた。

「ま、まさかあんな単純な手にひっかかるなんて」

 確率は二分の一だった。

 明らかに人が身を丸めて隠れていそうな段ボールを扉近くに置く一方で、少し離れた位置でレインは重ねた複数の段ボールに身体を伸ばして身を隠した。

 心の内にいる三人の助言がなければバカ正直に箱一つに隠れ、そして殺されていただろう。

 いや、段ボールすべてを撃たれていれば、レインは終わっていた。

 明らかに運がよかった。悪運が死を予防した。

「ええいっ!」

 顔と気を抜けさせたのは一瞬。すぐさま自分の顔をぴしゃりと叩いて活を入れては再起動させる。

 ゆっくり立ち上がれば、ロックのかかった冷蔵室の扉を確認。

 中から別の解除方法があるか分からない今、留まり続けるのは危険だ。

「この人たちなんで撃たれたの?」

 死体を目撃しようと吐き気どころか嫌悪すら出ないまでに慣れていた。

 ただ出たのは疑問。頭部を撃ち抜かれ、床や壁に血を飛び散らせている。

「血の匂いしかしない」

 拳銃を撃ったのならば硝煙の匂いが立ちこめているはずが、この空間には血の匂いしかない。

 血の匂いが濃い、では説明できない。

「さてどうする」

 レインは腕を組み自問する。

 先にアレルを見つけだすか、それともエリンを探し出すか。

 優先順位に悩んでいた。アレルならばと信頼がある。一方でエリンはと心配がある。

 アレルと先に合流できればエリンと合流しやすくなる気がしていた。

 かといって、その間にエリンが襲われれば意味がないと葛藤する。

「なんかこうアレルって色々と見えている気がするのよね」

 女の勘だが、レインの完全記憶力と類似する何かがあると疑っていた。

 疑念に至ったのは、初対面の相手を警戒する一方で、相手の内を読みとろうとする目。

 あたかも心の内を読みとっているような感覚があった。

「まあ、儲かる話は他人にするなっていう奴だし、聞いても教えてくれないか」

 あからさまに肩をすくめる。

 信頼はしている。できている。口は少し悪いが、根は良い男の子だ。

 当然のこと信頼しているからこそ、アレルもまたレイン自身を信頼してくれていると思いこんでいた。

「ともあれ行きましょう。二人と合流しないと。パスワード見つけて、アレルを驚かせてやるんだから」

 決意新たに一歩踏み出した時、靴先が何かを蹴り飛ばした。

 まるで鉛筆が転がるような軽い音。

 見れば鉛筆サイズの棒切れが落ちていた。

「なにこれ?」

 拾い上げるが、串のように先端が鋭利だろうと焼き鳥に使うにしては太すぎると首を傾げる。

 たまに酔っぱらって上機嫌で帰ってきた父がおみやげに持って帰ってきたものに酷似している。

 鉛筆にも見えるが黒鉛でないため字は書けない。

 チクチクしており、力を込めれば容易く刺さるほど先端は鋭く硬い。

「あっ」

 ふと冷蔵室の扉と血だまりを見てレインは閃いた。

 死者を冒涜する気はないのだが、今を生者の役に立って欲しいと哀悼の意を抱きながら、串の先端を血だまりに付ける。

 天然の赤インクとして冷蔵室の扉に赤き先端を走らせた。

<ゾンビ入り、解放注意!>

 他のサバイバーがうっかり開けないよう大きな文字で注意書きをする。

「これで、あっ!」

 書いておいてレインは気づく。

 もし冷蔵室の中に爆弾及びパスワードがあったらと、今更ながら気まずい冷や汗を流す。

「まあ、その時はその時!」

 なるようになるとレインは持っていた串を投げ捨て、前向きに階段を登る。


「誰も、いないわよね?」

 木造の階段を鳴らしながらレインはゆっくりと廊下を覗く。

 板張りのせいか、静寂に物音が響くのは心臓にくる。

 だが、友達からもらった心臓はこの程度でくるほど弱くはない。

 むしろ毛が生えていると思えてるほど剛毅だ。

「おかしいわね?」

 洋館内には一〇〇人のサバイバーがいるはずが、物音一つしないのはどこか不気味だ。

「えっと月明かりの角度と窓の位置からして」

 スリ硝子で外が見えずとも光は射し込んでいる。

 レインは月の明かりを頼りに洋館の外装と現在地を記憶から照らし合わせようとする。

「位置からして洋館の左端かしらね? ならこのまま壁沿いに進んで右に曲がればエントランスに行けると思うけど」

 館内には残り二体のゾンビが徘徊している。

 銃声が鳴らない拳銃を所持するゾンビ。

 硝煙の匂いすらなく、サバイバーを殺すゾンビは脅威だ。

「部屋は、入らないほうがいいわよね?」

 他のサバイバーとの合流が思い浮かぶも却下する。

 ゾンビだけでなく罠もある可能性も考慮した結果だった。

「けど、なんで誰もいないの?」

 ここで呼び声を上げるレインではない。

 声は呼び水となりゾンビを引き寄せるからだ。

 廊下の窓際を伝うようにレインは用心しながら進む。

 人っ子一人いないと錯覚させるほど洋館内は静寂であり、心臓の鼓動が否応にも響いている。

「戻って、きた」

 レインは吹き抜けの上で煌めくシャンデリアを真下から見上げた。

 スタート地点であり、転送され離散した場所。

 人がいた証明として床板には無数の靴跡が残されている。

「さて、どうする?」

 顔を正面階段に戻し顎に手を当て考え込む。

 出入り口である扉は硬く閉ざされ外には出られない。

 各階を探索しようにも一人では広すぎる。

「ん?」

 ふとレインは自分の影が揺れているのに気づく。

 ろうそくが揺れたことで影もまた揺れているのか。

 だが、触れ幅は秒感覚で振り子のように広がっていく。

「えっ?」

 影の揺れが静まったと同時、硬いものが切れるような音が頭上からした。

 見上げた瞬間、高い天井に吊られているはずのシャンデリアが大写しとなった。

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