第26話 爆破阻止⑦~狭路~

 レインが歓喜に飛んでいる一方、アレルは――


「せ、狭い!」

 アレルは薄暗く狭い道にて身体を横にし進んでいた。

 都会のビルとビルの隙間にあるような狭い路地を進む感覚。

 すぐ後ろにはドーレ、クテスが続いており、足下にある非常灯を頼りに手探り足探りで進んでいく。

「なんとか全員入れましたけど、どこに繋がっているんでしょうか?」

 ドーレが声を控えめにしてアレルに聞いてきた。

 男でも進むのに難儀しているため、女はそれ以上に大変だと思ったがそうでもなかった。

「さてな、正解不世界かは進んでみなきゃわからんよ」

 振り向かずしてアレルは答えた。

 本棚の仕掛けについては、隠し扉の間に無数の本を挟み込んで固定する強攻策で突破した。

 挟みに挟んだことで隠し扉はギチギチ不快な音を発しながら本を弾き飛ばして扉を閉じる。

 隠し扉は固く閉じられ、内からは開けない。壊れたか、仕様かは運営のみ知る。

 故に、前へ前へと進み、真っ直ぐ進んだら次は右に進む。

 通路は足元に非常灯が備えられていることから、点検用の通路なのかもしれない。

 人の出入りがなかろうとホコリカビ臭さが一切なく、木材の香りが充満していた。

「そうだ、ちょっとお尋ねしたいことが」

 ドーレは声を潜めて、アレルの耳元でささやいてきた。

「休憩中に二人の女の子と一緒にいましたけど、あのですね」

 元から注目されていたのだ。今更であるが、ドーレの口から語られる言葉にアレルは耳を疑った。

「銃口を?」

「はい、ゲームが終わった直後のことでした」

 身長あるほうの女の子がクテスに銃口を向けていたと。

 間違いなくレインだが、デスゲームだろうと前向きでお気楽で考えなしに動くレインが、殺意をたぎらせていた。

「ナビゲーターの人に止められて銃を降ろしましたけど尋常じゃなかったんですよ」

 アレルは口先をいぶかしむように尖らせる。

 薄暗いためドーレの表情は分からずとも、声音から嘘の色が見えない。

「おじいさんのほうもなんで銃口向けるのか、わからない顔をしていたんです」

「といってもな、あいつとはこのゲームで初めて会ったし」

 伝えられようとアレルは困惑しかできない。

 レインとは第一ゲームからの縁であって、プライベートなど知らない。

 赤の他人であり、同じデスゲームの参加者。

 アレルとしては成り行きに流されるまま利害の一致で共闘しているにすぎない。

 単にいえば、レインの自称・完全記憶力が便利だから利用しているだけだ。

「それに他人のプライベートを漁る趣味なんて、ないね」

 平然と返そうとも言葉と肩を震えさせるアレル。

 父の逮捕でマスコミだけでなくSNSにて不特定多数がプライベートを漁ってきた。

 疑わしきは罰せよといわんばかり一気呵成に叩いてきた。

 父が、母が亡くなろうと強火が弱火に代わっただけで、今でも面白半分で続ける輩がいた。

「知りたいならレイン当人に聞きな。ゲームをクリアしてな」

 鎮火していた憎悪が再燃しようとする。

 だからアレルは切り捨てるように言い捨てた。

 もっとも控えめそうなドーレが直接聞ける魂胆があるとは到底思えないが。

 ドーレから言葉は返ってこない。今ただ狭い通路沿いに進むしかない中、黙って最後尾を進むクテスが口を開いた。

「そういや少年よ」

「なんだよ、じいさん?」

 アレルは俺は質問マシーンじゃないんだと悪態つく。

「おまえさんの顔、新聞で見たんじゃが?」

「生憎、人助けしたことも犯罪を犯したことないっての」

「いんや、そうじゃ、もうちっと老けた顔しとった」

 第六感がアレルに悪寒を走らせる。止めろと口を塞げと予防を急かしてくる。だが、狭い一本道の通路。間にはドーレが挟まり、老人の口を塞げない。

「そうそう、思いだした。確かのう……はて、誰だったか、名前忘れたわ」

「くだらん」

 憎悪の残り火を語尾に宿したままアレルは吐き捨てる。

 アレルのすぐ後ろにいるドーレは顔を青くしては産毛を立たせ、寒気を走らせていた。

「んぬ~とんでもない横領した男のはずじゃが」

 これだから年寄りは油断ならない。

 年輪のように培われた経験と記憶。

 亀の甲より年の功とはいったものだ。

「とっとと進むぞ。後ろからゾンビが来て殺されるのはイヤだからな」

 お話しはここまでだとアレルは言い切った。

 話に意識を割きすぎて警戒を散漫にしていては殺してくださいと教えているようなもの。

 老人の戯言だとアレルは進む。

 デスゲームクリアを目指して進んでいた。


「そ、そうです、よね。早くこの通路を抜けないと」

 ドーレもまた賛同するように言葉を返す。

 ただその声音はやや緊張で張り詰め、汗と動悸が止まらずにいた。

 普段、推し以外脳を使わぬはずが、記憶が底より這い上がってくる。

(ちょっと待って、横領ってあれよね? うちとは比較にならない大企業の経理が何十億単位の横領してギャンブルとかの遊興費に使ったってあれよね? お陰でうちも一時期、社長とか役員たちが異様にピリピリしていたし。忙しいから新聞は見る暇ないけど、この事件だけは新聞を買った覚えがあるわ。そういえば横領した人、アレルくんを少し老けさせた感じで――えっ!)

 新聞で見た容疑者の顔写真とアレルの顔が重なる。

 口元や目尻がよく似ている。赤の他人と思えないほど似ている。

「どうした?」

「い、いえ、なんでも(それならアレルくんは……)」

 容疑者はすでに病死したと新聞で読んだ。

 遺族には莫大な賠償が請求される一方、無罪を訴え係争中であることも思いだした。

「どうした?」

「いえ、なんでも、ありません」

 心配そうにアレルが声をかけるもドーレは素知らぬ顔で返す。

 真贋のほどは部外者には分からない。

 分からない故、どう接すれば分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る