第25話 爆破阻止⑥~孤立~
レインは一人、身体を抱きしめながら大型冷蔵室を歩く。
呼吸する度、白き吐息が漏れ、きれいな床に足跡を刻み。
「ううっ、まさか転送とかふざけているの」
唇を震わせただ愚痴るしかない。
転送でゲーム入りした訳だが、まさか第二ゲームでも転送を味わうとは思いもしなかった。
ゲームクリアのためサバイバー同士、いがみ合うことなく議論を重ねに重ねようと離散させられては意味がない。
アレルたちの現在地も分からぬからこそ合流はできず、単独行動は死への近道だ。
「よりにもよって飛ばされた先が冷蔵の倉庫で、私ただ一人なんて、ツイてないでしょ」
愚痴り続けるのは寒さを紛らわすためだ。
テレビの特番で見る港にある倉庫型の冷蔵室。
冷凍でないだけマシだと言いたいが、寒いのは苦手だ。
筋肉が固まって動きにくくなる。
ストレッチをして筋肉をほぐしたいが時間が惜しい。
「アレルはともかくエリンちゃん大丈夫かな?」
苦楽を共にしたからこそアレルの身は案じていないが、エリンは小さい故に案じていた。
「うん、大丈夫、大丈夫だよね」
己の胸――心臓にに手を当てながら、強く強く言い聞かせる。
他のサバイバーと会っていれば庇護欲を引き出させて上手く保護してくれるはず。
デスゲームでありながら、レインは善性の思考で物事を判断していた。
これはアレルを助けたことで、自身も助けられたという経験より生まれたものだ。
「洋館の外にこんな施設なかったから、恐らく地下なのかしら?」
見渡そうと荷物はあるも無駄に積まれた空の段ボールばかり。
レイン以外いない無駄に広い空間。
響くのは心臓の鼓動と靴音、そして空調が作動する音であった。
「あ、出口!」
物資運搬用の扉にたどり着くも硬く閉ざされていた。
けれども人間が出入りする扉が右端にあり、隙間を覗かせている。
距離的に二〇〇メートルほど歩いたがレインにそのような感覚はない。
進みに進んでようやくたどり着いたという達成感だけだ。
「これで寒い空間からおさらば!」
意気揚々と扉に手を伸ばした隙間、飛び込んできた赤い滴にその手を引っ込めた。
「ひっ!」
隙間から飛んできた赤い滴は床に落ち、線を描く。
そのまま冷気にさらされ、凝固していた。
(なにか、いる?)
息を殺したレインは扉の隙間から外をのぞき込んだ。
一人のゾンビが背中を向けていた。
三人もサバイバーはゾンビに気づこうと時すでに遅し。
ゾンビは既に黒光りする銃身の太い銃を構えておりサバイバーの頭を撃ち抜いていた。
ゴッと突き刺さる重い音。
床に倒れ伏すのは、三人の人間。頭部よりわき出る血が床を赤く汚していく。
誰一人悲鳴どころか銃口を上げることなく殺されていた。
(え、なんであの恵方巻みたいな銃、銃声がしないの?)
疑問がレインの瞳孔を震えさせる。
洋画から銃声を軽減させるサイレンサーなるものがあるのをレインは知っている。
ただあくまで音を軽減させるだけで無音ではない。
突き刺さるような音も気がかりだ。
(それより、あのゾンビ、銃が使える!)
驚愕すべき点はそこだ。
あのゾンビは死人でありながら生者のように銃を構え、狙い撃った。
予選で対峙した噛みつきひっかきと野性的な動きをするゾンビと一線を越えている。
ゾンビの首が動く。死んでいるからこそ生前では不可能な可動を行う。
フクロウのように首が一八〇度動き、窪んだ眼孔がレインを捉えてきた。
すぐさま首を元の位置に戻した時、レインは扉から離れていた。
「や、やばい見つかった!」
応戦――否と言葉が端る。
洋館を徘徊する三人のゾンビを倒してはならない。
倒せば一人につき一時間、制限時間が減少する。
だが戻ろうと、倉庫の奥で目を覚ました身。
逃げる道などない袋小路。
どうする、どうすると窮地が疑問を走らせ、寒さと恐怖が身を震えさせ足を動かせない。
「アレルならどうする! どうした!」
自問する。自問し続ける。
扉を閉めて籠城は容易かろうと、生身の人間であるレインでは凍え死ぬのは時間の問題だ。
「足を撃ち抜いて、その隙に、でも相手は銃を持っているのよ!」
映画で見た殺し屋のような無駄のない手つきだった。
素人のレインが迎え撃てば反撃に遭うのが安易に予測できる。
逃げられない。反撃も無駄。ならば残された道は隠れてやりすごすしかない。
「そうよ、この段ボールに隠れれば!」
まだゾンビは中に入ってきていない。
好機として重ねられた段ボールをかき分けて、隠れ場所を確保しようとする。
どれも空箱。隠れるのに打ってつけのはずだ。
「……違う」
不安と焦燥に走る思考が急激に冷めていく。
内なる三つの声がレインに助言を送ってくる。
「そうよ、ただ隠れるだけじゃだめ。箱に隠れているなんて丸わかりでしょ!」
ならば工夫を凝らせばいい。欺けばいい。三つの声がレインにすべき行動を促していた。
ゾンビ〇三は音もなくドアを開けた。
ドアは開放したまま、周囲を見渡すことなく飛散した空の段ボールをかきわけ、ゆっくり進む。
手に持つ黒光する銃を手にターゲットを探す。
まだそう遠くまで行ってはいない。行けるはずがない。
生身の人間ではこの寒さの中、上手く動けないからだ。
だが、肝心なサバイバーの姿がない。
飛散した段ボールを窪んだ眼孔で追う。
見れば、壁際に四つ積まれた段ボールと扉に近い位置にぽつんと置かれた段ボールがある。
ゾンビはあからさまにあやしい配置に失笑などしない。
すでに死んでいる身に迷いや躊躇、呵責などありはしない。
あるのはサバイバーという生者を殺せと指示出すプログラムだけ。
引き金が引かれた瞬間、銃口より音もなく飛び出したそれが出口近くの段ボールに穴を穿つ。
だが、出るべきものが出ないことがプログラムにエラーを走らせた。
ゾンビは穴の開いた段ボールをブーツで蹴り上げた。
靴先が接触した瞬間、中身のなさに罠だと気づくが遅かった。
すぐ隣の四段重ねの段ボールからサバイバーが飛び出してきた。
「ほっ、やっ!」
銃口向ける動作が遅れる。サバイバーは小柄さを活かして間合いを詰めれば、持っていた段ボールを頭に叩きつける形でかぶせてきた。
視界を塞がれたとシステムが判断した時、姿勢が傾かされる。
足首に走る衝撃から足払いをかけられた。
驚を突かれたゾンビは受け身をとる暇なく仰向けに倒される。
銃口を向けようと、段ボールにて視界を遮られ、ターゲッティングできない。
システムが遠ざかる靴音とドアが固く閉じられる音、そして達成に染まるサバイバーの歓喜を拾い上げた。
「あはっ! あははははっ! やったわ、やってやったわ!」
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