第24話 爆破阻止⑤~仕掛け~
「ひぃいいいい、う、撃たないで、撃たないでください! に、人間ですううううううっ! 生きた人間です!」
眼鏡をかけた女性は両手を高く上げては必死の形相で懇願してくる。
一方で隣にいる老人は女性に対して合点行かぬ視線を向けているときた。
「同じサバイバーか」
同じ生きた人間に安堵したアレルは拳銃をホルスターに戻す。
安全装置をかけるのをしっかり忘れない。
「ふう~」
女性は安堵により腰が抜けたのか、力なく床上に座り込んだ。
老人は老人で声をかけて気遣うことなく、おのぼりさんよろしく室内を見渡しているときた。
(黒寄りの赤に、透明に近い白か)
女性を、老人を見たアレルの直感的な感想だった。
赤は怒りの色だが、情熱の面がある。
白は無垢や清廉の意味合いが強いが、透明すぎるのが、アレルの本能に怖気を走らせる。
「突っ立ってないで探索手伝ってもらうぞ。時間はないからな」
今は人の手が増えただけヨシだとアレルは言い聞かせる。
「あ、はい、え、えっと……」
「アレルだ。そっちは?」
「ど、ドーレです」
女性は丁寧な口調でドーレと名乗る。
図らずとも銃口を向けたせいか、若干、警戒されていた。
一方で老人は名乗らない。
いやもしかしたら話を振られていると気づいていないのかもしれない。
「ん? わしか?」
「じいさん以外に誰がいるっての」
掴みづらい相手だとしてもアレルは困惑を内に秘める。
室内の薄暗さと皺の多さで表情が読みづらい。
しばし間を置いてから、ジャケットの胸元を掴んでは刺繍されたネームを読み上げた。
「わしゃクテスじゃ」
それなりに高齢に見えるが声は弾み、背筋は真っ直ぐだ。薄暗かろうと相手をしっかり視認している視力、何よりこのデスゲームで第二ゲームまで残っている時点で、ただの老人ではないようだ。
「そ、それで探索ってなにをするんですか?」
「爆弾とパスワード探しに決まってんだろう?」
質問に質問で返すのはナンセンスだが、第二ゲームは爆破阻止。
洋館に隠された爆弾の爆破を阻止するゲームだ。
「どっちを探しますかね?」
「両方見つかれば儲けだが、手がかりがない現状、しらみ潰しに探すしかないぞ」
こんな風にとアレルはいくつもある本棚から本を一冊取り出せばページをめくってみせる。
「この通り、どの本も白紙だ」
「あるんですか?」
「あるかもしれない。ないかもしれない。だから確かめるためにも探すんだよ」
徒労か否かは行動次第。
見つかればヨシ、見つからなければ次とトライ&エラー。
「洋館の全貌がつかめぬ以上、慎重に進むしか、ってあれ、じいさんどこ行った?」
ドーレと一緒に説明を聞いていると思ったはずのクテスの姿がどこにも見えない。
一瞬にしてアレルの目尻は険しくなり、背筋に警戒と緊張の微電流が走る。
洋画ではほんの少し目を離した隙に、一人消えているのはザラ。
大抵は、背後から息を殺して現れた殺人鬼に連れ去られ、悲鳴を上げることなく殺されていたりする。
「え、ウソ、さっきまで隣にいたのに!」
ドーレも気づいたのか、声を縮こませようと身は縮ませていない。むしろいつでも動けるように足を軽く曲げる体勢を取っている。
本能か、意図かは別として、書斎に三人以外の誰かがいると想定していい。
「相手はゾンビだ。呼吸はしないし死んでるから熱もねえ。気配なんて感じられねえから、気づいたらいたで、殺されてたなんてザラだ」
ホルスターから拳銃を抜けるようにアレルは手を添える。
まるで刀に手を添える居合いかと皮肉ったのは単に映画やゲームの影響だ。
第一ゲームのゾンビ犬は集団で動いていたからこそ足音で接近を把握できた。
だが、今回のゲームに出てくるゾンビは三人。
群か個別かが分からない以上、当然の警戒だった。
「ひっ!」
室内に突如として水音が響く。
ドーレは突然の音に短い悲鳴を上げ、アレルは目尻を警戒で強める。
水音は未探索の部屋の端。
間を置かずして金属が軋む音がした。
「ふぃ~すっきりした」
抜けた声にアレルは腰砕けとなりかけた。
この声の色は間違いなくクテスだ。
周囲の警戒を怠ることなく声のする方に向かえば、小さな扉から出てきたクテスとはち合わせた。
「はぁっ!」
五体満足血一つないクテスにアレルの目と口は自ずと嫌がこもる。
視線はクテスの背後に向けられ、水洗式トイレがタンクに水を貯める音を響かせていた。
「と、トイレ、ですか」
ドーレから安堵と落胆が入り交じった声がした。
当然だろう。使用できるトイレがあったのは驚きだが、この老人、一言もなく勝手にトイレに行っては状況を乱した。
いつ誰が襲われ、死ぬか分からぬ状況でよくもまあトイレに行ける暢気な神経に賞賛と嫌悪を送りたい。
「じいさん、トイレ行くなら一言言ってくれ。突然いなくなったからゾンビに殺されたかと思ったぞ」
少しきつめの口調でアレルが言おうと、老人は合点行かぬ顔をするだけときた。
今回のゲームが家捜しである以上、人の数がクリアの鍵だ。
軽はずみな単独行動は止せと注意しているのだが、老人はそこが分かっていない。
見た目が見た目だ。ボケて来ているのかもしれない。
「さて、どこから探すかのう」
老人の発言にアレルは眉根を跳ね上げた。
曾祖父は確かに九九歳、一〇〇歳手前で亡くなったが、毎日チェンソー片手に林業を行うなど活動的だった。
相手が若かろうと小さかろうと声はしっかりと声を聞く。
昨晩、仕事仲間と飲んで別れた翌朝、布団の上で眠るように亡くなっていた。周囲の誰もが死や認知症とは無縁と思われていたほど亡くなったのがショックだった。
(けど、このじいさんの色に淀みがない。透き通っている)
アレルを困惑させるのは老人が持つ固有の色。
父と生前、ボランティアの一環で施設の手伝いをしたが、認知症の人間は必ず色の輪郭が歪んでいた。
この老人には一つの歪みがない。
(素、つまりは天然ボケの天然の気って訳か?)
摘みづらく厄介極まりないと本能が警告する。
だがこの状況、わがままなどいえない。
出された手札で勝負するしかない。
老人の行動に注意を向けつつ、アレルは探索を開始する。
老人一人に時間を無駄にできないからだ。
「爆弾とパスワード、どこにあるんでしょうね」
ドーレは本棚から本を出してはめくって戻してを繰り返している。
この部屋にあれば儲けだが、あの運営が何かを仕掛けている可能性が脳裏をよぎる。
「よっと!」
アレルはなにを思ったのか、本棚に足をかけては梯子のように上へと登っていく。
「ちょ、なにやってんですか!」
「探索だが?」
マナー違反なのは重々承知だがルール違犯ではない。
この手の探索は本棚の上に何かあるのがお約束である。
ただ本棚の上にあったのは、うっすらとつもった埃だけであった。
「ん~隠し扉の類はなしか」
天井に手を伸ばしてはノックする。
音はどれも同じ。木材特有の音が室内に木霊した。
「あれ?」
本棚からアレルが降りてきた時、ドーレが疑問を口に出した。
「なんか静かすぎません?」
「そう、いえば……」
ゾンビに発見されぬよう静かに探索を行っていると思っていた。
だがゲームの特性上、一〇〇人のサバイバーが家捜しを行っている。
一人か二人、いや一グループぐらい物を倒すなどして派手に家捜しをしていてもおかしくない。
洋館は見た目赤煉瓦作りだが、内装は木造作り。
先のノックを踏まえても安アパートの如く音は響く。
響くはずが、他の部屋から一切の音が響かない。
「まさか」
第六感がアレルに寒気を走らせる。
本棚探索を中断してはそのまま廊下に通じるであろうドアに向かう。
息を殺してドアに耳を当てる。迂闊に開けてゾンビと遭遇はお断り。音を拾おうとしたが、床板軋む音一つしていない。
「本当に静かすぎる」
銃声一つしてもいいはずがまったくしない。
いや物音や喧噪一つないのが不気味さと皮膚の産毛を際立たせている。
「へくしゅん!」
確かなのは老人のくしゃみは鼓膜に響くまででかいということだ。
「外、見てみるか」
出るのではなく見る。
中身を見るまで物事は判明されない。
ならば危険を承知だろうと確かめねばならない。
ドーレに老人の見守りを任せたアレルはゆっくりとドアノブを回す。
「あれ、開かない」
何度も回すがドアノブが回らない。
鍵がかかっているからだと手を伸ばすも、指先が触れたのは出っ張りではなくくぼみだった。
「鍵穴、ですね」
本来なら外側にあるべき鍵穴が内側にとりつけられていた。
「くっそ、そういうことかよ」
悪態つこうと意味はない。ただの気休めだ。
「ってことは私たち、この部屋から出られないと」
「出たければ鍵を見つけろって意味だろうよ」
いっそ拳銃で撃ち抜くかとアレルは腰元のホルスターに手を添えていた。
だが、貴重な弾丸をドアの開閉のために使うのは稚拙ではないか。
部屋の全数が不明なため最初はよかろうと必ず息詰まる。
「ぬ、抜けんぞ、この本、ぬんんんんんっ!」
改めて探索を再開しようした途端、老人の力む声に次いで開閉音がする。
トイレとは正反対の位置にある本棚を調べていた老人。
本を本棚から抜かんと足までかけている。
だが本は本棚から抜ける気配はない。
「アレルさん、トイレ!」
「はぁ?」
見れば、トイレ隣の壁が外側に開いている。
先の開閉音がこれであった。
「隠し扉、やっぱりあったか!」
アレルが驚嘆したのも束の間、隠し扉は音を鳴らしてただの壁に戻っていた。
「ふぃ~なんじゃこの本、手を離したら勝手に戻りおった」
「あ~くそ、そっちはそっちで、そういう仕掛けかよ」
隠し扉解放の鍵は本棚から抜けぬ本。
ただ手を離せば本は自動で戻り、連動して隠し扉は閉じられる。
「ってことはもしかして、誰か一人がここに残らなきゃならないんじゃ?」
ドーレの指摘にアレルはやれやれとため息をついた。
持っている限り扉が開かれるなら、誰かが残らなければならない。
進んで名乗り出るサバイバーはいないだろう。
老人ひとり担がせて本を持たせたまま、隠し扉をくぐるのは容容易くも良心が止めてくる。
「さて、どうするかな」
困ったように腕を組むアレルは使える物がないか周囲を見渡すのであった。
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