第40話 拳銃奪還⑩~応報~

 アレルは一人河川岸に倒れ伏していた。

 蠢く瞼が覚醒を近づけようと全身を鎖のように縛る倦怠感が目覚めを妨げていた。

「そうだ、レイン!」

 唐突にレインの顔が夢想されるなり倦怠の鎖は引きちぎられる。

「ここは、どこだっぐうっ!」

 目覚めると同時、左腕から背中にかけて殴打の激痛が走る。

 ジャケットの左袖から背面がズタボロに切り裂かれ、無数の金属片が突き刺さっていた。

 ただ素肌は赤い線と点のアザが無数に走るだけで破片一つ食い込んでいない。

「そういやすっかり忘れてたわ」

 アレルは全身を走る疼痛に呻きながら予選を思い出す。

 まとう衣服はゾンビの噛みつきなどに対して高い防刃性能を発揮する。

 一方で防弾性能はなく弾丸に弱い一面があった。

「爆発寸前で水に飛び込めたのも大きかったな」

 思い返そうと走るのは怖気だ。

 小舟の中に手榴弾を投げ込まれた。

 爆発にて飛び散る破片を間近で受けたなら、即死がマシと呪うほど苦痛に喘ぐことになる。

 アレルが五体満足で済んだのもジャケットの生地と間一髪で飛び込めた幸運が重なった結果だった。

「さてここどこだ? かなり下流に流されたぽいが」

 岸には弓矢だったものが破損した状態で流れ着いている。

 弦代わりのタイヤのチューブは無事だが他はがらくたに逆戻り。

 チューブは何かに使えそうなので回収しておいた。

「ビッショビョショだな」

 水に飛び込んだお陰で衣服が水を吸って重い。

 ブーツを脱いでは溜まった水を捨てる。

「やばいな」

 夕焼け色に染まりつつある太陽にアレルは表情を厳しくする。

 自分の拳銃を奪還するだけではクリアとならない。

 ジョーカーを見つけださねばサバイバー全員がゲームオーバー。

 第四ゲームは行われず、ジョーカーの一人勝ちだ。

「俺の拳銃とカードはここにある。レインの奴、無事にいてくれればいいんだが」

 手榴弾が爆発する寸前を思い返す。

 レインは各拳銃が入った袋を手に一足早く水面に飛び込んでいた。

 無事であるはずだが、生存と拳銃を確認するまで生きているとは言えない。

「まさかリーリが船にしがみついてくるとは」

 悪態つこうとすでに過ぎたことだと頭を切り替える。

 水を吸ったズタボロのジャケットを脱げば、ズボン共々絞って染み着いた水を落とす。

 衣服を着直してはズタボロのジャケットを左肩に担いで河原を歩く。

 このジャケットにはまだ役目つかいみちがあるはずだ。

 歩きながら脳内で整理した段取りを口に出して確認する。

「まずレインと合流する。俺より下流に流されたか、それとも上流――銃声!」

 上流から響く二回の銃声にアレルは足を止めた。

 拳銃のほとんどはアレルが確保しレインに託した。

 二つの銃声がなにを意味するのか、勘づけぬアレルではない。

 迷いなく銃声がした方角へ走り出す。

「レイン、無事でいろよ、お前にはまだ役立ってもらわないと困るんだからな!」

 口で言おうとアレルの顔は本気で心配する色で染まっていた。


 それはアレルが目覚めるほんの少し前。

 ついてないと悪態つく状況すら惜しい。

 レインが目覚めれば隣にリーリなる男がいた。

 先に目覚めてなければ今頃先手を取られていたはずだ。

「はぁはぁはぁっ!」

 びしょ濡れのレインは拳銃入ったズタ袋を両手で抱えて雑木林を走る。

 木々を通り抜けぬ風とは異なるものが迫っていると振り返らずとも素肌に走る怖気が教えてくれる。

「おい、待てや女!」

 背後から貫かんばかりに張り上げられる男の怒声。

 レインはこの程度の怒声で身を縮ませるどころか果敢に言い返していた。

「誰が待つか、お漏らし男!」

 足は男たるリーリのほうが速かろうと、雑木林がレインへ有利に働いていた。

 不規則に生える木々に足下を生い茂る草花、その草花に潜む違法投棄されたゴミ類と走行を妨げている。

 だが、レインは持ち前の身軽さで走行の妨げとなる木や草花に潜むゴミを避けていた。

「ほらっと!」

 当然、ただ走るだけでレインは終わらない。

 少し大きめのクッキー缶を後方に蹴り上げてリーリの走路妨害に活用する。

「クソがっ!」

 金属質の音が木々を突き抜けては、派手な転倒音がする。

 振り返れば木々の隙間より倒れ込むリーリの姿がのぞき見えた。

「しつこい男はモテないのよ!」

 距離が開いたのを好機にレインは離しにかかる。

 体力とて有限。衣服は水を吸ってデッドウェイトと化しているが条件は追跡者も同じ。

 手術前以上に走れようとアレルほど走れる体力はない。

 遠くからリーリの悪態とゴミに当たり散らす音がしたのを契機に手頃な茂みに身を潜めた。

 追っ手は撒いただけで油断禁物だと周囲を見渡す。

 少し離れた先に洞穴があるのを発見した。

「いや入るのは危険か」

 行き止まりならば追いつめられてゲームオーバー。

 ただ相手に入らせればいいと内なる声が囁いてきた。

「まだ大丈夫よね」

 背後を警戒しながらレインは洞窟前で両足を何度も強く踏み込んでは地面に靴跡を刻む。

 洞穴内に入った偽装を施しては、その靴跡を消さぬよう後ろ歩きで靴跡を踏みながら茂みまで後退した。

 駆け音が枝葉の隙間から風と共に運ばれてきた。

 レインは息を殺しては身を潜める。

「どこいきやがったあのガキ!」

 リーリの顔は赤黒い憤怒に染まっている。

 その目は獲物狩る捕食者の目。見つかれば鬱憤晴らしと言わんばかり襲い来るはずだ。

 不思議と追われる身だが、レインの心臓は規則的な鼓動を刻んでいた。

「うん、大丈夫。行ける」

 静かに頷き返した時、リーリは洞穴前にある靴跡を見つけるなり、ほくそ笑んでいる。

 レインに誘い込まれたと気づくことなく中に飛び込んでいた。

「よし、今のうちに」

 洞穴内は水が流れているのか、水面を駆ける音が洞穴から反響してくる。

 音が遠ざかっていくのを好機として、場を離れ、アレルといかにして合流するか思案した時だ。

「うっ、うっわあああああっ!」

 洞穴ないからリーリの情けない悲鳴がしたと思えば、水面駆ける音が拡大していく。

 入ったと思った赤黒い顔したリーリが青白い顔で洞穴から外へ舞い戻ってきた。

「ひっ!」

 リーリは背後から飛んできた何かを寸前で避ける。

 風切り音あげるそれは枝葉を突き抜け、遠くの木の幹に突き刺さって停止した。

「おっさんまで死んでるなんて聞いてねえぞ! 殺されてたまるかっての!」

 リーリは洞穴から逃げるように遠ざかる。

 茂みかき分け、木々に呑み込まれる形でその姿を消していた。

「お、おっさんってまさか」

 該当する人物は一人しか浮かばない。

 第二ゲームの洋館にてレインを助けてくれたモータルだ。

 誰に、いやジョーカーに。

 ここで状況たる個の点と点が恐ろしい勢いでレインの中で繋がっていく。

「アレル曰く、メガネの人は殺されてた。おじさんも死んでいた。今生きているのは、いえ」

 レインは思索を振り切った。

 消去法だろうと、今までの状況を見返せば自ずと誰がジョーカーか気づけるはずだ。

「そんなことってありえるの」

 達した事実がレインの唇を震わせ、別なる影の接近を許してしまう。

「ほれ、見つけたぞ!」

 背後から突然、右

 身長差がある故、レインは釣り上げられる形となった。

「ぐうっ、あんたはっ!」

 レインの腕を掴むのは三人の命を奪い、命繋げる因果を起こしたクテスだ。

「あの坊主はどこいった! 一緒じゃないのか!」

「離せってのクソジジイ!」

 悪態つくレインは靴先をクテスのわき腹に突き入れた。

 だが老体と思えぬ身体に靴先は届かず、相手は表情一つ変えない。

 レインは知らない。クテスの肉体は高齢を裏切る筋肉質であることを。乙女の蹴り一つで動じぬ肉体を持つことを。

「ほれ、さっさといわんかってこやつ!」

 レインがもがき暴れたことでズタ袋の底が破れ、中から拳銃がこぼれ落ちる。

 草むらに落ちる拳銃の数にクテスの握力が一瞬だけ緩む。

「離せってのイ○ポジジイが!」

 レインの第二撃はクテスの男の男に放たれた。

 どうやら男の男は鍛えきれなかったからか、クテスは下腹部を押さえながら悶絶する。

「あんたが、あんたさえいなければ!」

 怒りがレインの思考を縛り上げる。落ちていた拳銃を掴んでは銃口をクテスに向ける。

 殺せと叫ぶ感情が引き金に指を添えさせる。

「なんで、わしを恨むのか、さっぱりわからん!」

 もだえるクテスは口を動かそうと疑問しか出さない。

「二年前、私の友達三人をひき殺しておいてどの口を! あんたは喫茶ノワールに車をバックで突っ込ませて中にいた友達三人を殺した! 忘れるはずない! 忘れられない! あんたは友達が下敷きとなった車を見てなんて言ったと思う! 仕事にならない! って人命救助すらしなかった!」

「あ~あの喫茶店か、しかしのう」

 思い出したように語るクテスだがその顔は他人事の色が強い。

「ちぃとぶつけただけじゃろうて。それに人を殺しておいたら、わしは仕事を続けることができんて。勘違いもほどほどにせんと怒るぞ?」

「それはあんた不起訴処分になったからよ!」

 自己完結するクテスの身勝手さがレインにマグマの如く怒りを肺胞に溜めていく。

 この男は罪の意識すら持とうとしない。いや持つ記憶力すらない。

 確かに忘却は救いとある。覚えていないなら罪悪感を抱くこともない。

 記憶力がある故、忘れることができず、友達の無念を引きずり生きるレインとは対照的すぎた。

「あんたなんて死ねばいいのよ!」

 今ここで友達三人の仇を穫る。

 引き金を引きかけたレインだが走る記憶が怒りにブレーキをかけた。

 殺すなと、殺しても、この男は殺された記憶すら都合よく忘れるだろうと。

 内なる声が叫び、止めてくる。

「なんだ、別に殺す必要なんてなかったんだ」

 レインは震える手で拳銃を下げた。

 引くのは、殺すのは簡単だ。

 だが死など一瞬。

 この男には絶対に忘却できぬ生き地獄に落とすべきだ。

「今持つ拳銃はリーリっての。だけど、今拾ったのは」

 レインは持ち返るように落ちていた拳銃を一つ拾い上げる。

 拾った拳銃に打刻された名前はクテス。

 他人の拳銃を拾う行為にクテスは疑問を走らせるしかない。

「なっ、お前さん、拳銃で撃つなら入れ替えても無駄だろうに!」

「ルールじゃ使用できる弾丸は六発。あんたの拳銃にある弾は……ふむ二つか。これがなにを意味するか、薄々気づいているはずでしょ?」

 クテスが勘づき阻止に動こうと、未だ回復せぬ下半身が立ち上がらせない。

 空に銃口を向けたレインは安全装置を外すなり、立て続けに弾を放つ。

 耳をつんざく銃声は雑木林に広がり、眼前のクテスは愕然と顎がはずれんばかりに口を開けていた。

「なっななな、なんてことを!」

 絶句するクテスの輪郭が光の粒子に包まれた。


<サバイバー・クテス。残弾ゼロにつき失格!>

 

 響く電子音声は無慈悲な判決を下す審判だ。

「い、いやじゃ、ここで失格など! わ、若返って、それでばあさんと一緒に、一緒にいいいいい!」

 クテスは身体包む光の粒子を払いのけ、もがこうと浸食を止められるはずがない。

 年甲斐もなく泣き叫びながら光となって消えていた。

「ゲームオーバーにならないだけ慈悲だと思いなさい……」

 仇は穫った。友達三人の命を奪った男に対して死よりも辛い地獄に落とした。

 達成による虚無感がレインを力なく地べたに膝をつかせる。

「失格者は生きて戻れるけど、願いに反したペナルティが課せられる。因果応報よ。若返るのが願いだったみたいけど、私の友達はね、老いることすらできずあんたに殺された。だからさ、あんたは老いながらも生きて生き抜いて、最後は独りで――死になさい」

 人は一人で生きられぬとも死ぬ時は独りだ。

 以後、クテスにどんなペナルティーが下り、残る人生をどう送るか知る必要もない。

 弾丸のない拳銃はゴミだとレインは放り捨てる。

 仇をとろうと涙一つ浮かばない。

「まだゲームは終わっていないわ」

 レインは散らばった拳銃を拾うことなくゆっくりと立ち上がれば、悲しい目で呼びかけた。

「そろそろ出てきてもいいわよジョーカー……いいえエリンちゃん」

 運営も心がない。

 いや願い一つをエサにして参加させる時点で心自体ない。

 レインの呼びかけに反応はない。

 ただ悲しかった。ただ虚しかった。


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