幕間2

第30話 個室であり密室

 アレルは一人ベッドに力なく横たわっていた。

 ここは運営が用意した一室。第三ゲームが始まるまでの休憩用の個室。バス・トイレ付きのビジネスホテルの内装に酷似しながら、出入りする扉はない密室。タブレット一つでルームサービスが瞬時に届けられるなど常識を逸脱していた。

 第二ゲームは終わりを迎え、一〇〇人のサバイバーのち生き残ったのはたったの七名。

 デッドエンドミッションにより多くのサバイバーが命を散らしゲームオーバーとなった。

「……んっ」

 アレルはうとうとと睡眠と覚醒を繰り返す。

 備え付けのイスには脱ぎ捨てたジャケットがかけられ、ブーツは左右並べられることなくベッドの下に転がっている。

 父親は帰宅すればしっかりとスーツをハンガーにかけるのを心がけている。

 結婚直後、帰宅後にハンガーではなくイスにかけたら新妻に怒られたのが原因だった。

 もし両親が健在なら、だらしないと叱りだろう。

「――そんな光景ありえない」

 ありえない光景が脳裏を過ぎるなり覚醒が睡眠を押しつぶす。

 喉が焼けるように乾く。テーブルに備えられたタブレットに手を伸ばせば、ボトル入り水を注文する。

 注文ボタンを押した直後、テーブルの上にミネラルウォーターのボトルが最初から置いてあったかのように置かれていた。

「ふう~」

 ボトルを掴めば封を切り、一気に中身を飲み干した。

 嚥下する度、焼けるような乾きは消え失せる。

 乾きが癒えたことで思考に余裕が生まれ、第二ゲームを思い返していた、

「レインの奴、えらい不機嫌だったな」

 第二ゲーム終了直後のレインの顔は鮮烈に覚えている。

 空となったボトルはいつの間にか消えていた。

 自動で処分まで行うとは至れり尽くせりである。

 ドーレなるサバイバーの話ではクテスなる老人となんらかの因縁があるようだ。

「あのじいさんとなんかあったのは確かだが」

 聞こうと第二ゲーム終了後、話をすることなく部屋に飛ばされた。

 ナビゲーターから、第三ゲームの準備が整うまで休憩するようにとのお達しである。

 部屋から出て情報を共有したくとも出入りするための扉はない。

 密室であり、休憩という名の監禁である。

 タブレット端末があろうとルームサービス専用。

 自由に利用できなければストレスでたちまち自滅していただろう。

「っか、あのじいさん、自由奔放気まますぎるだろう」

 悪い人間には見えないが、かといって世の中には純粋すぎる悪がいるのをアレルは知っている。

 ボケの毛がないため今後の動向には注意を払うべきだ。

 結果として第二ゲームは良い方向に運んだとしても、裏を返せば地雷となる意味で。

「エリンもなんとか無事だったし、あれがある意味、一番脅威かもな」

 傷一つないエリンの姿に安堵してしまう自分にアレルは困惑した。

 これはデスゲームだ。共闘裏切りのはずだが、小さき子故、庇護欲を刺激されてしまう。

 別の意味で恐ろしい。

「ドーレはよ~わからん」

 狭い通路を共に進んだ仲だが、善なる一般人に近い。

 近いが、アイドルオタク、いわゆるドルオタのようだ。

 マシンガンのように推しについて語る口にはドン引きである。

「おっさんもわからんな」

 サバイバーネームは知らない。

 危機管理が強い色彩なのはゲーム開始前に掴んでいるが人となりは掴めていない。

 第二ゲーム終了直後、レインと一緒にいたことから、上手く使って危機を回避したのだろう。

「後はサングラスの男か」

 この男もまたサバイバーネームを知らない。

 クテスとは別の意味で警戒せねばならない。

 アレルはズボンのポケットから入れたままの白いカードを取り出した。

 第一ゲームのシークレットミッションで手に入れた使用用途不明のカードであった。

「ルールじゃアイテムは次ゲームに持ち込めない。だが――」

 アレルはサングラスをかけたまま転送される男の姿を目撃した。

 ならば考えられる要素は一つ。

「シークレットミッションで得たアイテムは次ゲームに持ち込める」

 辻褄が合う。サングラスの効果は不明だが、ゲームを有利に攻略できるアイテムのはずだ。

「ならこのカードは何なんだ?」

 指で挟んだカードを見ながらアレルは自問する。

 運営に問い合わせたくとも連絡法がない。

 かといってナビゲーター・カレラに尋ねようと下手すれば他のサバイバーにシークレットミッションの存在が明るみとなる。

 もちろん他のサバイバーもまた知っているだけで存在を閉口している可能性もある。

 ゲームを生き残るためにも攻略の鍵となる情報の主導権は握っていたほうが有利となるからだ。

「結局、聞くに聞けないってわけか」

 カード一枚であるためポケット一つに隠し通せる。

 ただ懸念もあった。

「サングラスの男が暴露すれば意味なしか」

 目尻をつり上げ、警戒を露わとする。

 シークレットミッションの存在を知れば、誰もが我先に有利アイテムを得ようと動くはずだ。

「例えば……一番最初にサバイバーを銃以外で殺すとか」

 当てずっぽで言おうと、それはないと苦笑する。

 だが違和感は今なお拭い切れていない。

「本当に、銃以外で殺したらどうなるんだ?」

 試す価値が十分にありすぎる甘美な疑問。

 これはデスゲーム。殺し殺されるデスゲーム。

 第一ゲームでは直に手を下さずとも、囮や切り捨てにて間接的にサバイバーをゾンビに殺させた者がいるのは事実だ。

「レインの奴が一番危険かもな」

 客観的視点による情報の総括により至る確率。

 アレル個人からすればレインには生き残り続けてもらわねばならない。

 絶対に忘れないという絶対記憶力。

 ゲーム生存率をあげるにも記憶力は強い手札となる。

「まあだから身体張るんだけどな」

 利用しあうが華。持ちつ持たれつである。

 切り捨てはしない。レインは万感の信頼を勝手に抱いてくれているから都合がいい。

「別に昔の女に色香が似ているとかじゃないからな」

 利用しているだけ、利用しているんだとアレルはカードを握りしめ、強く自分自身に言い聞かせた。

 己の願いを叶えるために、何度も言い聞かせることで自身を非情に落とそうとした。

『少しお時間よろしいでしょうか?』

 前触れもなくタブレットが勝手に起動すれば、ナビゲーターの顔が映し出される。

『大変恐縮ですが、あなたに一つ、お願いがあるのです』

 カレラはアレルの反応を待つことなく一方的に申し上げた。

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