残された課題2

 一時間目が終わった後、葵木が何か夢中になっている物を追いかけている時のように瞳に怪しい光を宿しながらこちらに振り返った。


「阿部君。思い出したよ!さっきの点と線の正体!」


 教科書に挟んで、ぼんやりと眺めていた課題を葵木の前に突きつけ


「これの事か?」


「ああ、それだよ。以前UMAやオカルトについて調べていた時に見たんだよ。あれは何だったっけかな、たしか幽霊からのメッセージみたいな記事だったかな?」


「幽霊からのメッセージとこの暗号文になんの関係があるんだよ」


 オカルトなんて俺は信じちゃいない。そもそも幽霊からのメッセージって、『あー』とか『うー』とかそんなレベルの話しだろうよ。


「それがあるんだ。こうさ」


 言った後に得意げな表情で葵木は俺の机をトントンと指先で叩いて見せた。


「ポルターガイストとかそう言った類の話か?」



「幽霊からのメッセージはたしかにポルターガイストとしての一面もあったけど、僕が今阿部君に伝えたいのは……」


 スマホを取り出し、何やら検索をはじめ、検索結果が出たのかそれを俺の眼前に突きつけて来た。


「近すぎて見えねーよ」


 葵木のスマホを少し離してから画面を覗き込んでみると、画面には少し興味深い物が表示されていた。


「モールス信号?」


 モールス信号と大見出しがつけられたそのホームページの下には、俺が今手に持っている点と線の文字列よような物が並んでいる。


「そうだよ。昔、インターネットが発達するずっと前。電子通信の走りとして使われていた技法なんだってさ。最初はアメリカで電報ってやつに使われていたらしいよ。ちなみにさっき僕が机を叩いて阿部君に伝えようとしたのはSOS。緊急信号さ」


 うんちくを語らせたら葵木の右に出るものは中々いないだろうな。


「で、これをどうやって解けば良いんだよ」


「それは簡単さ。現代技術を用いれば、ちょちょいのちょいだよ」


 ちょちょいのちょいっておっさんかよとツッコミたくもあったけど、今はそれよりもモールス信号の話を聞くほうが大事だろうと見逃した。


 葵木は俺から課題を奪い取ると、その文字列をスマホに打ち込んでいく。


「自動的に翻訳してくれるんだよ。ちょっと待ってね」


 葵木が打ち込むのを待っている間、ふと思った。本当にこれで良いのか。自分で解いたと言えるのかと。


「阿部君出たよ。なるほどね。────」


 葵木は画面に表示された文字列を読み上げようとしたが、俺はその口を右手で塞いだ。


「待ってくれ。俺は自分でこれを解きたい。答えが知りたい訳じゃないんだ」


「あー、そうだよね。ごめん。僕の配慮が足りなかったね」


 少し寂しそうに笑いながらそう言った。


「悪いな。で、これを翻訳するツールじゃなくて、表とかないのかな?」


「それもさっきのサイトにあったから、このサイトのURL送るよ」


 直後にメッセージアプリの着信を知らせるバイブが振動した。


「サンキュー」


「うん。早く解けるといいね。次は移動授業だし、そろそろ行こうか」


 葵木に言われて気がついたが、周囲には数人の生徒しか残っておらず、ほとんどの生徒が既に移動したようだった。


「ああ。そうだな」


 教科書、課題、スマホを持って、俺は席を立ち上がった。


 ──────────────────────



 放課後、みんなからは遅れて準備室へと向かった。嬉しいような、寂しいような気持ちを抱きながら。


 ついに俺は課題の謎を解く事に成功したのだ。


 しかも、それは偶然にも母さんが幼い俺に聞かせた文言によく似ていた。


 幼い頃の母さんの言葉と、この暗号の答えが全て同じなのかはわからないが、課題は卒業する母さんから在校生に向けた暗号文だと聞いているから、もしかしたら母さんの座右の銘だったのかもしれないな。


 みんなには教えないで、それぞれに解いてもらおうと決心をして、扉を開くと、いつもより騒がしい光景が広がっていた。


「ちょっと紡、ここの部長は私なのよ!今日の議題は私が決めるの!」


「いいだろー、復活一発目なんだから、私に譲れよー」


「推理ちゃも紡も喧嘩しないで」


 その傍らで微笑む葵木。


 昨日までの推理と紡の関係性ではないと一目で理解できた。言い合ってはいるがお互いに笑顔で、それを止めに入る綾も嬉しそう。



「あっ、真悟遅刻よ!?」


 俺に気がついた推理が遅刻を咎めようとこちらに近寄ってくる。


「すいません。ちょっと立て込んでまして」


「まあいいわ、今日は許してあげる。その前に紹介しないとね。紡。こっちに来なさい」


 推理に促されるまま、テトテトと紡は俺の方にやってきた。


 そして推理は紡の肩に手を乗せこう言った。


「紹介おくれてしまったけど、こちらは紡、真悟と葵木君の真理部の先輩よ」



「よ、よしくな」



 こんなメンバーなら母さんの言いつけを守れるかもしれないな。


 課題に記されていたモールス信号にはこう書かれていた。


『よく学び、よく遊び、────そして恋せよ』



 俺は紡に右手を差し出しながら言った。


「ようこそ。真理部へ」

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推理を1ミリも理解していない推理先輩は…… さいだー @tomoya1987

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