雄磨の本懐1
ツチノコ騒ぎから一週間立った日曜日。真理部の面々は、うちの店にやってきていた。他のお客さんの邪魔にならないように、一番奥のテーブル席に陣取らせて貰っている。
まあお客さんなんてそんなに来ないんだけど。
「それにしてもこの前のツチノコ騒ぎの推理劇、推理ちゃん大活躍だったね」
推理を褒め称える綾の眼差しには、尊敬の念が含まれていた。
「まあね。私にかかればざっとあんなものよ。まあパートナーの真悟も中々頑張ったとは思うけどね」
「それは、どうも」
お褒めの言葉を頂いたが、証拠を集めたのも、証言から推理をしたのも全て俺なのだ。
まあ、推理が気がつくように誘導したのは間違いないが。
「あの、
かしこまった様子で、葵木は神妙な面持ちでそう言った。
「いいわ。なんでも話してみなさい」
上機嫌な推理は、得意げな顔で話の続きを促した。
「雨宮先輩と阿部君は付合っているのでしょうか?」
真面目な声色で、冗談の気配もなく、葵木はそう言ってのけた。
あまりに唐突の質問に、推理は固まり、俺は飲み込もうとしていた激甘のコーヒを吹き出した。
綾はといえば
オロオロとした様子で俺と推理とを交互に見比べている。
「ほら、これ使いない」
茜さんはニヤニヤとした笑みを浮かべ、俺に布巾を手渡してきた。
噎せながら布巾を受け取り、吹き出してしまったコーヒーを吹いていると、追撃とばかりにわざとらしく声を荒らげ言ったのだ。
「で、実際の所はどうなのー?二人は付き合ってるのー?」
「付合っているはずがないでしょう!」
咳が収まるのを待って全力で否定した。あくまで俺と推理は探偵とパートナーの関係なのだ。
それをよく知るはずの葵木が、なぜそんな事を言い出したのかがわからないが。
「そうなの?だったらなんでお互いをパートナーと言っているんだい?」
葵木の声に重なって、来店を告げる、扉につけられた鐘がカランカランと鳴った。
茜はこれから面白くなりそうなのに残念みたいな顔をしてから、カウンターへと戻って行った。
「なんでって、推理先輩が探偵で、俺がそのパートナーなんだよ。この前もそうだったろ?」
俺の返答を聞いて、推理もそうよと頷いた。
しかし、葵木だけは少し難しい顔をして、少し考えるような素振りを見せる。
そして、少しの間があって、口を開く。
「それだったら、バディと言うのが正しいんじゃないかな?パートナーじゃ勘違いしてしまう人もいるかもしれないよ。僕みたいに」
バディ。確かに聞いたことがある。推理物のジャンルにバディ物ってカテゴリがあったはずだ。
推理が自信満々に言うもんだから、今までは受け入れていたが、誤解を招く恐れのある言い回しだったのか。これからは気をつけよう。
俺と推理はバディ。俺と推理はバディ。俺と推理はバディ。
二度と間違えない為に、心のなかで三度繰り返してから、推理の方へ顔を向けると、真っ赤な顔をしていた。
しかも独り言を言うようにブツブツと、「だったら、あの時も」とか「クッころ」とか「あーもう」とか言いながら自らの頭をポカポカと叩いていた。
これは再起動にしばらく時間がかかりそうだ。放っておこう。
ここで変に意識すると、またおかしな話になりそうだから、ここはあくまで平常心を装って、コーヒーカップに手を伸ばすと、カップとソーサーはカチャカチャと音を立てた。
「なんかおかしな事を聞いてしまったみたいですね。すいませんでした」
なぜか葵木が頭を下げ、推理は独り言、綾はオロオロ三人を交互に見続ける。そんな謎な状況が出来上がった。
俺は逃避をするために、テーブル席から視線を逸らし、カウンター席に目をやった。
先程来店してきたお客さんが座っている。
後ろ姿しかわからないが、かなりしっかりとした身なりの
「そうですか。先代は亡くなられたんですね」
会話を盗み聞きする気はなかったのだけど、狭い店内だ。自然と耳に届いてしまった。
どうやらこのお客さんは、おじいさんがやっていた頃のお客さんだったらしい。久々にやってきてくれたと言う事か。
「最近、このお店の事を思い出す機会がありましてね」
「そうなんですか。こうして、思い出した時にご来店頂けて、先代も喜んでいると思います」
いつもとは違う、接客スマイルを浮かべて茜はコーヒーカップを御仁の前に置いた。
御仁は受け取ったコーヒーに口をつけ、
「あの頃と同じ味だ」
そう言って深く、頷いた。そして続けて
「真理ちゃんみたいな事を言う子が現れましてね」
真理?それは母さんの事か。この御仁は昔の母さんを知る人物なのか!?
その瞬間、ある思考が頭を過る。
俺の知りたかった、あの言葉の続きを知っているのではないか?と
たくさん勉強して、たくさん遊んで、そしてたあーくさん────に続く言葉を。
俺は思わず立ち上がっていた。
「阿部君。どうしたの?」
不思議そうに、綾が俺の顔を見つめていた。
そして、綾は俺の視線の先を見て、こう言ったのだ。
「あれ、おじいちゃん?」と
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