UMAの本懐15

 俺がポケットから取り出したのは、低木の枝に付着していた布の切れ端だ。


 それを推理に手渡す。


「この布の切れ端、何かの色に似ていると思いませんか?」


 大きさ的には三センチ程の布の切れ端、触り心地は少しゴワゴワしていて、茶色みがかっている。


 その切れ端をツチノコの着ぐるみの尻尾の方へ持っていくと、一部破れて穴が開いていて、そこにピタりとハマる。触り心地的にも、この着ぐるみから取れた物だと断定できる。


 つまりこれが意味する所は、目撃情報があった場所で、この着ぐるみが木の枝に擦り付けられた事になる。


 先程の目撃証言の話と合わせて考えれば、同じ着ぐるみが目撃情報があった場所二箇所に存在していた事になる。


「誰かがそこに持って行ってイタズラをしただけかもしれないよ。それに綾がこの部屋にいる以上、中に入れる人間なんていないんだから」


 それでも燿はとぼけ続ける。

 果たして本当にそんな人物は居ないのか?綾と同じような体型の人物。


 推理は人差し指を立てて二、三度横に振って余裕の笑みを浮かべる。


「いるじゃないですか。もう一人。来ているんでしたよね。つむぎも。綾と双子である紡なら、難なく着れるはずです。そうよね綾?」


 綾は推理から壊れたカラクリ人形のような不器用さで視線を逸らした。


 それは既に自白をしたようなものだった。


 推理は綾から視線を逸らし、俺達が入ってきた方の襖に声をかけた。


「そこに居るんでしょ?紡」


 俺達が入ってきた時には、襖の向こうには誰もいなかったはずだ。

 しかし、今は誰かが存在しているようだった。ゆっくりと襖が開き、綾に瓜二つな少女が観念したように両手を頭の上に上げていた。


「久しぶね。紡。あなたに嵌められて以来かしら」


「べつに、あれは嵌めた訳じゃねーし」


 紡の声は綾とそっくりだった。だけど、声のトーン、大きさ、言葉遣いからして、別人だとすぐに判別できた。


「あの話を今するのは辞めておこう。また喧嘩になるだけだから────」


 推理がそう言うと、紡も頷き口を紡いだ。それを見て、推理は再度、燿の方へ視線を戻した。


ひかりさん。今回の事件、もはや決定的ではあるのだけれど、あなた達親子が引き起こした事件だと、もう一つ証拠を握っています」


 推理の言う証拠とは、地元新聞社の荒木渉あらきわたるの存在だ。

 なぜ新聞社の人が呼ばれたのか、それは燿が俺にヒントとして話してくれた話と統合して考えると答えが見えてくる。


 燿はあの時、ツチノコのイベントを開いた理由を語った。

 一つ、観光客を呼び込む事。

 二つ、キャンプ場のゴミ問題を広く周知すること。


 そのどちらもが、新聞社と言うフィルターを通して見れば、ツチノコ目撃騒ぎと結びつく。


「あなたは後輩である新聞社の荒木渉という人間をコネを使い、この町に呼び寄せましたよね?」


「あーあれは、開催の度に毎回来ているんだよ。彼が自主的に」


 燿が見せた初めての綻びだ。一つのほころびがあれば、きれいに編み込まれたセーターであっても、あっという間に瓦解していく。

 つまり一本の糸になるのだ。


「燿さん。嘘をつきましたね。私は彼に確認しました。毎回来ているのかと。すると彼は、こう答えました。『怖い先輩、橋渡燿に呼ばれてきたんだ。こここに来るのは初めてだよ』と」


 そう得意げに言い放つ推理だが、それを聞き出したのは俺なんだが。

 まあ推理することを放棄している以上、俺に文句を言う資格はないのだけれど。


「あー、渉にも口止めしとくべきだったかー」


 推理は決め台詞だと言わんばかりに、片目をつむり、落ち着いた声色でこう問い掛けた。


「つまり、それは自白と取ってよろしいですか?」


 燿なニコリと笑うと、両手を上げて降参のポーズを取った。


「うん。やるね。推理ちゃん。まるで真理ちゃんみたい」


 燿の敗北宣言を受けて、肩の荷が降りたのか綾は『ふー』と大きなため息をついた。


「これ、閉会式で暴露するつもりなんでしょ?あー父さんにこっぴどく叱られちゃうなー。綾に紡は私が巻き込んだだけだから、二人の事は怒らないであげてね」


 マイナスな事を言っているのに、燿はどこか嬉しそうにそう告げた。

 負けてなお清々しい、そんな風に見えた。


「いえ。公表するつもりはありませんよ」


 推理はすぐに否定する。


「えっ、じゃあ、なんでこんな事をしたの?」


 不可思議な物を、理解する事ができない物を見るような、そう、まるでUMAを見るような目つきで燿は推理を見つめていた。


「そこに謎があるからですよ。ね、ワトソン君」


 真っ直ぐな瞳で、無邪気な笑顔を浮かべて、推理は俺を見つめていた。

 普段からこうしてくれていれば、かなりかわいい先輩なのにな。

 それに俺がワトソン君?そこは否定したいね。ほぼほぼ推理を組み立てたのは俺なのだから。


 だけど、そんな野暮な事は言わない。だって、俺は、雨宮推理と言う探偵のパートナーなのだから。


「あっ、あそこにツ、ツチノコ!?」


 せっかくすべて解決し、和やかな雰囲気で大円団!な、感じで終われそうなのに、葵木が水を指すように庭を指さした。


 みんな目を向けるが、当然そこには何もいない。


「あれ、今間違いなく居たのに」


 葵木は立ち上がり庭の方へ近づいて行く。


 その後ろ姿にすかさず推理が声を掛けた。


「きっと、いいえ、必ずツチノコはこの町に存在しているのよ。だって、その方が、面白いじゃない」と

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