消えた課題2

「おはようございます」


 推理は職員室へ鍵を取りに、綾と俺の二人で連れ立って先に準備室へと向かうと、朝早くとは思えない笑顔をこちらに向け、頭を下げる人物の姿があった。


「おはよう。葵木」


「お、おはようございます」


 まだ葵木と面識の無い綾は、少し緊張したような素振りを見せる。綾は緊張しいなのだろうか?


「こちらは先輩の橋渡綾さん」


「は、橋を渡す。と書いて橋渡、綾は綾取りの綾と書きます」


 綾は敬語を使い丁寧に頭を下げるが、葵木は後輩だ。そこまですることはないですよと教えると、苦笑いを浮かべ、ごめんなさいと謝った。


「こっちは葵木涼太」


 俺の紹介を受けて、葵木もおなじみの同じ挨拶をし、頭を下げた所で推理がやって来た。

 しかし、その表情が少し曇って見えた。


「どうかしたんですか?」


 声をかけると推理はそうなのよと頷いてから言葉を続けた。


「準備室の鍵が無いのよ。いつもある場所に。間違いなく昨日返したはずなんだけど……」


 そう言って、推理は何か考えるように準備室の扉とは正反対の窓の外へ、視線を移した。


「本当に返したの?鞄の中に入ってたり……しない?」


 心配そうな面持ちで、綾は勘違いではないかと問いかけるが、推理はそれを否定する。


「昨日は、この子達の入部届けを屋敷先生に届けたから、その時に返したわ。間違いなく。入部届け二枚と準備室の鍵を」


「……えっと、一つ良いでしょうか?」


 何が気になったのか、葵木が推理と綾の会話に割って入る。


「いいわよ。何かしら?」


 葵木はありがとうございますと告げてから続けてこんな質問をした。


「屋敷先生って、僕達の担任の屋敷先生でしょうか?」


 当たり前の事を聞くなと俺は思った。普通に考えたら、入部届けは担任教師に出すはずだろう。

 ただ変わりに推理が提出してくれただけの事だろうと。


 しかし、推理の反応は意外な物だった。


「あらそうなの、屋敷先生はあなた達二人の担任だったのね」


 顎に右手をあてがって、推理は考えるような素振りを見せ、そう言った。


「知らなかったんですか?」


 たまらずに俺も口を挟む。それならばなぜ、推理は屋敷先生に入部届けを提出したのか?


「ええ。知らなかったわ」


「だったらなぜ、入部届けを屋敷先生に渡したんですか?」


「えっ?なぜって……」


 推理は不思議な物を見るような目つきで俺を視界に収めつつ簡潔に述べた。


「屋敷先生は真理部の顧問だからよ」


「そうなんですか!?」


 確認の意味も込めて綾の方に向き直りそう質問をすると、驚いたのか、肩をぴくりと跳ねさせてから綾は答える。


「は、はいそうですけど……」

 

 綾もそう答えると言う事は、屋敷先生が真理部の顧問なのだというのは事実なのだろう。


「なーに阿部君。私の言葉だけじゃ信じられないって言うの?」


 俺の態度を不服に思ったのだろう推理はグイと顔を俺の眼前に突き出して見せた。


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 しかし、推理の反応は意外な物で_____


「とっても、素晴らしいわ!真理部部員としてあるべき姿よ。全てを疑っていきなさい。綾も葵木君も見習うように」


 眼前に突き出していた顔を満面の笑顔に変えてそう言い放ったのである。

 綾と葵木はと言えば、呆気に取られた感じではいと二つ返事をしていた。


「それにしても困ったわね。今日の朝の部活は中止にしましょうか」


 推理はすぐに切り替え、準備室の扉へと視線を向ける。

 昨日の帰り、間違いなく推理は鍵を閉めていた。それは俺も葵木も目撃していたから事実であり、証拠もある。


 それを知っているはずの葵木だったが、準備室の扉に歩み寄ると、おもむろに扉を引いた。


 すると___


 カラカラとレールが音を立てて扉が開いた。


「えっと、なんていうか、鍵開いてました」


 申し訳無さそうにそう申告する葵木だったが、それを気にする素振りも見せずに推理は、葵木を押しのけて準備室の中へと入っていた。


 それに続いて、俺、綾の順番に入室。

 推理は俺達を見据えると少し嬉しそうに宣言をした。


「周りの物には触らないで、侵入者の痕跡が残されているかもしれないわ」


「えー?侵入者?推理ちゃんの考え過ぎじゃない?ただ単に昨日、推理ちゃんが鍵を締め忘れたとかさ?」


「それはありませんよ。雨宮先輩は昨日の帰り、間違いなく鍵を締めていました。なあ葵木?」


 俺達の後から入ってきた葵木は俺の言葉に「そうだね」と頷く。


「ということは、推理ちゃんの言う通り……本当に侵入者がいるって事なの?」


 なにかに怯えるように綾は周囲を見回すが、準備室内には誰かが隠れられそうなスペースは存在しない。


 壁際に設置されているガラス張りの棚には、書類やらファイルやらが詰め込まれているようだし、準備室中央に複数並べられている長机には隠れられそうな場所はない。


 つまり、現在この部屋には推理、綾、葵木、俺の四人以外は存在していない。


「落ち着きなさい綾。見ての通り、誰も隠れてはいないわ」


 それは推理も理解しているようで、綾をなだめるように見回しながら言った。そして、続けざまにこうも言った。


「なにか盗まれている物があるかもしれない。綾、手分けして確認するのよ」


 言うや推理は動きだした。状況は飲み込めていないけど仕方なくと言った感じで綾も動きだした。


 推理も綾も棚の中の書類に目を通しているようだ。


「雨宮先輩。俺達も手伝いますよ」


 進んで綾の後に続こうとするが、推理に目で静止される。


「阿部君。葵木君私の事を呼ぶ時は名字じゃなくて推理でいいわ。もちろん綾も」


 距離感が近づいたような、嬉しい申し出だけに俺も葵木も二つ返事で「はい」と返事をする。


「でもね二人共、今は大人しくしていて貰えるかしら」


「えっ、どうしてです?二人で確認するより、四人で確認するほうが早いじゃないですか」


 推理はなにかに呆れたようにため息を一つ吐き出してから俺の質問に答えた。


「まず、第一に阿部君も葵木君も容疑者の可能性があるの」


「はい」


 納得はいかないが言いたい事はわかる。昨日今日入部してきた俺と葵木を信頼できないというのは理解はできる。


「そして第二に、あなた達が確認したところで、何がなくなっているか、わかるかしら?」


「あっ……」


 確かにそうだ。確認しようにも、この部屋の事を俺も葵木も知らなすぎる。なんせ昨日の放課後に入部して、ここに来るのはまだ二回目なのだから。


「わかったら二人はテーブルに座っていて」


 推理の指示に従って、俺も葵木も大人しくパイプ椅子に腰をおろし、推理と綾の動向を見守る事にした。


 ______見守る事五分。

 綾が唐突に声をあげた。


「あっ___推理ちゃん。ないよ。課題がない!」

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